貴女は私が守ります
「あら、セロじゃない。 セロ如きが出しゃばらないで頂戴。 全く、躾がなってないわね」
「話し合いをされてる雰囲気ではなかったから来たんです 。 で、こんなところでコソコソ何やってるんです?」
「別に、セロには関係ないでしょ」
そう言ってリリアナ様は腕を組み、私の前に立ちはだかり威圧してくる。
「いい? ここはセロなんかが来る所じゃないの。 分かったらさっさと視界から消えて頂戴」
「そういう訳にはいきません。 私にはやるべき事があるますから」
「セロごときが偉そうに。 由緒あるマーシャル家に従わないと、後で困るわよ?」
「何故です?」
「私の一言であなたの家を没落させる事だって出来るのよ? それでも良いの?」
「はぁ……」
「何よその冷めた返事。 意味がわかってるの?!」
「……一応は」
だってアルバート家の爵位は現在停止中だから、平民と変わらない。
脅しが通用しないと分かったリリアナ様は、額に手を当て溜息をついた。
「全く、キアノス様ったら何で平民のセロなんかを入団させたのかしら。 こんなのを入れるぐらいなら、さっさと私達訓練生を騎士に昇格して下さればいいのに。 やっぱりあの冷血漢よりアルフレッド様の方が余程聡明よ」
……聞き捨てならないな。
閣下を貶めるような発言に私は顔を顰めた。
そりゃアルフレッド様も凄いんだろうけど、閣下は間違いなく人の上に立てるだけの実力を持ってるんだから!
冷静でいた私の中で、フツフツと怒りが込み上げてきた。
「そんなに騎士になりたいなら、こんな事せずにもっと鍛錬を積んだらいいのでは? これ以上閣下を侮辱するようなら許しません!」
そう口を挟むと、リリアナ様はギッと切れ長の瞳でこちらを睨む。
「セロの分際で私に楯突くなんて生意気ね。 でも、今ので言質とったわ」
フフッと含み笑いをしたリリアナ様はビシッ!と私を指差して声高らかに宣言する。
「ロゼ・アルバート! このリリアナ・マーシャルに歯向かった罰として、私の犬になりなさい!」
え?
今私を指差してるから、私が犬になるって事?
とうとう人間でもなくなったか。
いやいやそうじゃない、しっかりしろ私。
「待って下さい。 何故そんな理由で私が犬にならなきゃいけないんですか?」
「あなたがセロだからよ。 セロが魔法使いに偉そうな口を聞かないで頂戴」
へぇ……、セロなら何をしても許されるのか。
市民を守る騎士でも、セロには容赦なく侮蔑するのか。
まぁ現実はこんなものだ。
するとフェリス様が、私を庇うようにリリアナ様の前に立った。
「いい加減にしなさいよ! 関係ないロゼまで蔑ろにするなんて、騎士を目指す人間がする事じゃないわ!」
「何いい子ぶってるのよ。 セロを配下に置くなんて皆やってる事じゃない。 役立たずのセロを有効活用してあげるんだから、寧ろ感謝してもらわなきゃ」
なんだか聞き覚えのある台詞だな。
おかげでより怒りが増してくる。
人が大人しくしてればどんどんつけあがり、更には食べ物を粗末にする。
こっちはついこの前までまともに食べられなかったのに許せない!
今度は私がフェリス様を庇うようにして前に立った。
そしてギッ!と睨み返すと、三人はたじろぎ、ようやくフェリス様から離れた。
「人を馬鹿にするのは止めて下さい! そんなんじゃアルフレッド様だって振り向きませんよ!」
「どうかしら。 結局貴族社会は地位のある者が優位に立つの。 奪う方法だっていくらでもあるしね」
「他人を不幸にしてまで得た幸せには何も残りません。 それは相手の心だって同じです!」
「何ですって?!」
リリアナ様は顔を真っ赤にして私に掴みかかろうとしたけど、後の二人に抑えられて何とか踏みとどまった。
けど怒りは収まらないらしく、ギリッと唇を噛み私に指さした。
「セロ、この後の演習で私と勝負しなさい!」
「え?」
「あなたが私に勝ったら、二度とフェリスさんには手は出さないと誓うわ。 どうかしら?」
不敵な笑みを崩さない所を見ると、彼女には勝機があるんだろう。
「ちょっと待って! 訓練生の間で勝負事は禁止の筈よ!」
「分かってるわ。 だからどちらかが先に剣を落とした方が負け。 これでどう?」
指摘したフェリス様もぐぬぬと反論出来ない、際どいラインだ。
確かに端から見ても勝負中とは判断しにくい。
これ以上目立ちたくないからやりたくないんだけど、フェリス様は私を庇ってくれた。
ならやってやろうじゃない。
「では私が勝ったらフェリス様への謝罪と、食べ物を粗末に扱わない事を約束して下さいね」
「え、食べ物?」
「はい。 粗末にするのは許しません」
「……よくわからないけどいいわ。 で、私が勝ったら大人しく私の犬になりなさい」
「わかりました」
「フッ……、後で首輪をつけてあげるから、せいぜい首を洗って待ってなさい」
そう言ってリリアナ様は高笑いしながら、側についてた二人を引き連れ演習場に向かっていった。
三人の背中が見えなくなって、ようやく肩の力が抜けた。
「ごめんなさい!」
声に驚いて振り返ると、フェリス様が私に向かって頭を下げていた。
「やめてください! フェリス様が頭を下げる事なんて一つも……」
「ううん、自分さえ我慢すればいいのにロゼまで巻き込んじゃって……」
「こっちが勝手にしたことです! 寧ろ……セロが断りもなく伯爵家の貴女に近づいてしまい、申し訳ありません」
そう、昨日は自分がセロだということも言わずに一緒に居たんだ。
するとフェリス様はフルフルと小さく頭を振った。
「そんなの関係ないよ。 ロゼが助けに来てくれて嬉しかったんだから。 本当にありがとう」
そして大きな水色の瞳を潤ませながら微笑んだ。
それは見惚れて言葉を失う程に綺麗な笑顔だった。
「このケーキね、ロゼにお礼がしたくて買ってきたの」
そう言ってフェリス様は跡形もなく崩れてしまったケーキの包みをそっと拾い上げた。
「私に……?」
「アルフレッド様との事も、こんな小さな事で迷惑かけたくないからずっと耐えてきたの。 私が黙ってれば耳に入らないでしょ? だからと言って、ヘーレン家の人間が尻尾巻いて逃げ出すわけにもいかないし」
「そう、ですか……」
「一人で頑張るしかなかったから、本当は寂しかった。 だから助けてくれたロゼにお礼がしたかったの。 昨日のロゼも、今のロゼも王子様みたいでカッコよかったよ」
フェリス様の言葉にギュッと胸が締め付けられた。
フェリス様も一人で戦ってたんだ。
そんな彼女を少しでも救えたなら光栄だ。
私は踏み潰されたパウンドケーキに目をやると、その一欠片を手にとって口に入れた。
うん、苦いけど一口だけならいける。
「そんなの汚いから食べちゃ駄目!!」
「でもせっかく私の為に買ってもらったから……」
「じゃあ明日買ってくるからこれは駄目!」
フェリス様は急いでケーキの包みを隠し、上目遣いで頬を膨らます。
うん、これはアルフレッド様じゃなくてもたじろいてしまう。
これが無意識ならすごく罪作りな人だな。
「それはそうと、あんな話に乗っても大丈夫なの? リリアナは剣術も魔法も騎士見習いの中ではずっとトップなんだよ? それなのに……」
「犬になる事でしたら全然平気ですよ。 慣れてますから」
「え?」
七年も奴隷の様な生活をしてたんだから、犬位なら問題ない。
寧ろ待遇が良いかも知れない。
まぁそこは置いといて。
セロが魔法使いに勝てる訳が無い。
それが一般的な常識だ。
だからといってフェリス様を、閣下を侮辱されて黙っていられない。
絶対に負けるわけにはいかない。
「フェリス様」
「ん? なぁに?」
返事を聞くと、私はフェリス様の前で膝を付き、胸に手を当て騎士の礼をした。
「私、フェリス様がまた悲しい思いをしないよう必ずリリアナ様に勝ってみせます」
「え? ……は、はい! あの、よろしく、お願いします……?」
顔を上げるとフェリス様の頬がみるみる内にりんごの様に赤くなっていく。
そして両手で顔を隠して俯いてしまった。
「……フェリス様、大丈夫ですか?」
「大丈夫! でも今は恥ずかしいから来ちゃ駄目!!」
う、拒否されてしまった。
仕方ない、今はそっとしておこう。
とりあえず今はリリアナ様がどんな手を打ってくるのか考えておかなきゃだ。
女性だし、きっとリーヴェス教官みたいな力技では来ないはず。
逆に言えば苦手なタイプかも。
だからといって負ける気もない。
フェリス様と閣下を侮辱した事、後悔してもらうんだから
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