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平穏に過ごしていたいのに

  久しぶりに果物以外を口にしたおかげで、今朝もスッキリと起きることが出来た。

 改めて食事の重要性を感じる。


 私は鏡に向かって制服の襟を正すと、閣下から貰ったりんごを一つ鞄に入れて演習場へと向かった。


 一応は入隊初日なんだし、平穏な一日であってほしい。

 私は祈るような思いで演習場にむかった。





「この時間は魔法演習だ。 各々得意な中距離魔法を使っての実技になる。 十分後に始めるので各自練習をしておけ」


 今日の午前は魔法演習だ。

 当然セロの私は参加出来ない。

 どうしようかと考えていると、昨日とは違う眼鏡をかけた男性教官がこちらに歩いてきた。



「君がセロのロゼ・アルバートだね」


「はい」


「上層部から話は聞いた。 しかし魔法も使えないセロが何故魔法演習を受けに来る?」



 教官の言葉に周りがざわついた。


 

「折角ですので見学させてもらおうと思っていたんですが、駄目でしたか?」


「駄目だ」


「……そうですか」



 聞き耳を立てていた人の中から、徐々に嘲笑う声が聞こえてくる。



「但し」


 その者達の声を遮るような強い口調で教官は続けた。



「今からあの的を全て破壊してみろ。 出来たら今後の参加を認めよう」



 教官が指さした先にあるのは、今日使う予定の五つの的。

 五メートルは離れてるかもしれない。



「君の場合は魔法が使えないので、剣以外なら使用を許可しよう」



 眼鏡越しだけど、卑下する目で見てるのが分かった。


 きっと昨日の話を聞いての対処だ。

 教官がセロに飛ばされたと聞いて、周囲の調和が乱れるのを防ぐつもりなんだろう。

 剣がなければねじ伏せられる。

 それを周囲に知らしめるつもりかもしれない。

 教官は眼鏡をクイと持ち上げ、口の端を上げた。



「申し訳ないが、魔法が使えないからと言って君を特別扱いするわけにはいかないんだ。 分かってくれるかな?」


「わかりました。 因みにあの的は木製ですよね?」


「あぁ。 それがどうした」

 


 私は片手に軽く収まる程度の石を探した。



「……君、本当にやるつもりなのか?」


「勿論です。 魔法が使えないからこそ勉強したいので」


「……ハ、ハハ! えらく熱心だな! ぜひ見せてもらおう!」



 そう言って顔を引き攣らせながら、教官は的の方へと向かった。



「あの、そっちは危ないかと……」


「何をいうか! 君の石投げがどれほどなのか、近くで見せてもらうよ!」



 ……まぁ一応忠告はしたし、本人がいいならいいか。

 


「さぁ来い、セロ!!」


 こっちは平穏に過ごそうと思ってるのに、わざわざ大声で言わないで欲しい。

 人権侵害だって上層部(閣下)に訴えてやろうかな。



「では、行きますよ!!」



 私は的目掛けて腕を大きく振りかぶった。

 

 その結果。


 どれも矢の如く的を貫いた。


 小さな魔物は長剣では不利なので、こうして石や木を使って倒していたのだ。


 一投目は力加減が出来てなかったみたいで、当たった勢いで砕けた木片が教官の顔を掠めていったのが見えた。

 一応ごめんなさい。

 

 これで見学取り消しになったらどうしよう。



「教官、これで良いんですよね? ……って、教官?」



 木片の勢いに驚いたのか、呆然としてる。

 そして周りも、まるで私を魔物扱いするかの様に引いてる。

 

 私は平穏に過ごす事を諦めた。


 


 ◇




 演習後、私は庭園で昼食代わりのりんごを頬張った。

 ここは演習場からも遠く、昼間は利用する人が少ないみたいだ。

 私にとっては好都合だった。

 

 魔法演習に関しては、約束通り受けられる事になった。

 取り敢えず騎士になる道は、これまで通り確保出来たみたいだ。


 とはいえ油断は禁物だ。

 今回みたいに難題をふっかけられて、揚げ足を取られるかもしれない。

 気を緩めず着実に経験値を上げなきゃだ。

 

 そうして大きなりんごを食べ終え、ごろりと芝生に横たえようかと思った時だった。



「返して! 貴女達には関係ないって言ってるじゃない!」


「そんな事言って、昨日も親しくしてたじゃない。 抜け駆けは許さなくてよ?」



 聞き覚えのある声に気づき、恐る恐る現場の方へと向かった。

 すると又しても、フェリス様が昨日の三人に囲まれていた。


 でも今回はリリアナ様は小さな紙袋を持っていて、フェリス様はそれを取り返そうとしているみたいだ。



「ちょっと好かれてるからって見せつけるような真似しないで下さる?  ファンの一人として放ってはおけませんわ」


「だからそんなんじゃないって言ってるじゃない!  何度言ったら分かるのよ!」



 あれ、二人って恋人同士じゃなかったんだ。

 もしかしてアルフレッド様の一方通行な好意が誤解を招いて、フェリス様がそれに巻き込まれてるのか。


 困った話だな。



「キャッ!」



 フェリス様は取り巻きの一人に突き飛ばされた。

 それを見てリリアナ様は、ニヤリと笑い紙袋の中に手を入れた。

 そして取り出したのは、 赤いリボンで包装されたパウンドケーキだった。



「あら、美味しそうなじゃない。 でもアルフレッド様は甘いものはあまりお好きじゃないわよ。 そんな事も知らなかったの?」


 そう言ってリリアナ様は持っていたケーキをそのまま地面に投げ捨て、足で踏みつけた。



「止めて!!」



 フェリス様が止めに行こうとしても、後の二人が笑いながらそれを阻害する。


 まるで自分の心を踏みつけられているような光景に、私はギュッと唇を噛んだ。

 泣いても叫んでも、相手の嗜虐心を煽るだけで誰も助けてはくれない。

 ここは堪えるしかない。

 支配されていた頃の自分と重なった。



 ううん、今は違う筈だ。




「止めてください!!」



 フェリスさんを拘束していた二人は驚いて手を離したけど、リリアナ様は動じず赤い唇を弓形に撓らせた。

 


 




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