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胃袋を掴んだら

 今夜はいよいよ果物以外の食べ物が食べられる。

 でも明日から本格的に演習が始まるんだし、胃を壊さないようにしなきゃいけない。

 なので、今夜はベーコンと野菜を細かく刻んだスープと目玉焼きに決めた。


 小さく切ったベーコンを鍋で炒め、刻んだ野菜も順に入れていく。

 食材に火が回ったら水を入れて煮えるのを待つだけだ。

 

 ……なんだけど、実は三人分の視線が気になって、調理に全然集中出来ていなかった。

 

 セロが作る料理が珍しいのは分かる。

 だからといって背後から熱心に見られていたら、手元も狂いそうになる。



「匂いはいいが、調味料とかは使わねぇのか?」



 中でも一番熱い視線を送っていたバッカスさんが、鍋の中を覗き込み尋ねてきた。



「調味料にも魔力が入ってると聞きますので、今回は野菜とベーコンの旨味だけでいきます」


「ならこれを使え」



  目の前に差し出されたのは、氷の様な固まりが入ってるミルだ。

 ランプの光に照らされたその塊は、キラキラとまるで小さな星のように輝いてる。



「中身はラカス塩湖の水で作ってる自然塩だ。 勿論百パーセント魔力は入ってない」


「そんな凄い塩があるんですか?!」


「王立騎士団の厨房だからこそ手に入る代物だ。 特別にやろう」


「でも……」


「いいから使え」


「ありがとうございます!」



 魔力なしの自然塩にワクワクしながら、慎重に鍋の上でミルを回した。

 ガリ、ガリという音と共に白い粉がパラパラと湯気のたつ鍋へと落ちていく。

 期待で思わずゴクリと喉を鳴らした。



「いい匂いがするな。 いつになったら食べられるんだ?」



 少しお疲れ顔のキアノス閣下も、興味深げに鍋の中を覗きこんだ。



「お腹が空いてるのでしたら、早くご自分のお屋敷に戻って食べてください」


「何だ、これは食べられないのか?」


「駄目です!」


「何故?」


「……(セロ)の料理には、魔力が入ってませんから……」



 そう、それが『セロは役立たず』と言われる大きな理由の一つだ。


 魔法が使えないから作る過程にも時間がかかる。

 しかもそこに魔力が入っていない。

 便利なものに慣れすぎた人達からしたら、セロの作る料理に価値なんかないのだ。


 

「お疲れでしょうけど、閣下はちゃんと屋敷に戻って身体を休めて下さい」


「何だ、俺だけ仲間はずれか?」


「そういう訳じゃないですけど……」



 私がスープを隠すように鍋の前で立っていたら、閣下はムッと顔を顰めた。



「魔力の有無ではなく、君の作ったそれが食べたいんだ」



 予想外の台詞に頭が真っ白になった。

 そうしている間に、閣下は自ら食器とスプーンを持ち出してスープをよそう。

 そして『いただきます』と手を合わせると、迷うことなく口に入れてしまった。



「閣下! 毒見も無しで食べてはいけません!!」


 ガクガクとユーリ様に揺すられながらもゴクンとスープを飲み込んだ閣下は、大きく目を開いて私の顔を見た。



「何だこれは、こんな美味いのは初めてだ!」



 閣下の目が、まるで宝を発見したかの様にイキイキしている。

 魔力を得られないセロの料理なんて無価値なはずなのに。

 美味しいだなんて、きっと疲労の溜まり過ぎで舌がおかしくなってるんだ。



「お世辞は結構です! セロの料理が閣下の口に合う訳ないじゃないですか!」



 閣下はキョトンとこちらを見てるけど、私はフイッと目を反らした。

 それでも閣下は言葉を続ける。



「それは他人に植え付けられた固定観念だろ。 バッカスの料理も美味いが、君のは毒気を抜かれる様な優しい味がする。 今の俺にはこれが丁度いい」



 そういって閣下は残りのスープもグイッと飲み干し、満足気に息をついたのだ。



「よし、閣下がそこまでいうなら俺もいただこう」


「そうですね。 従者である私が、閣下と同じものを食べずにいるのはおかしいですからね」



 まさか、と思ってる間に、ユーリ様もバッカスさんも閣下同様食器をもって私の前に立ちはだかった。



「全工程見ていたとはいえ、やはり毒見は必要だと思うんです」


「閣下に『美味い』と言わしめたんだからさぞ美味いんだろう。 参考にさせてもらいたい」


「え、えぇ……?」



 私は結局押しに負けて、三人の食器にスープをよそった。

 因みに閣下は二杯目だ。




「確かに初めて味わう味です。 魔力が入ってないからなのか、それともロゼさんの腕が良いのか。 とても気になりますね」


「うむ……悔しいが閣下の舌は正常だ。 ユーリ殿の言う通り、検証の価値があるな」 



 空になった容器を見つめてブツブツと呟く二人の隣から、ククッと小さな笑い声が聞こえた。



「閣下、何が可笑しいんです?」


「いや、胃袋を掴まれたなと思って」


「胃痛ですか? でしたら早くユーリ様に診てもらいましょう」


「まて違う、そうではなくて……」


 

 魔力をもつ人がセロの料理を食べても大丈夫なのかは、正直私にはわからない。

 でも閣下の表情は心做しか和らいでる気がするから、きっと大丈夫なんだろう。


 食べてしまったものはしょうがない。

 気を取り直して目玉焼きも作ってしまおう。

 私は温めたフライパンに玉子を割り入れた。 


 

「ごちそうさま」



 ふと心地いい低音が耳を掠めた。

 

 食器を持った閣下がすぐ側まで来てた。

 それに気付けなかった恥ずかしさと、初めて感謝の言葉をかけられたのとで身体の熱がグッと上がった。



「そ、それはありがとうございます……」


「まだ作るのか?」


「はい、明日の朝とお昼の分を作っておこうかと」


「そうか。 ロゼはすごいな」


「え……?」



 思いがけない言葉に思わず閣下の方を振り向くと、以前の様に目を細めて私を見ていた。



「逞しいだけかと思ったら、こんな風に美味いものが作れる。 なかなか出来ることじゃないだろ」


「私は必要に迫られてるからしてるだけで……」


「俺にはこんな美味しいものは作れない」


「それは閣下の仕事じゃないから良いんです! 閣下は私達の目標でいてくれたら良いんです!」


「……目標?」


「はい、私は閣下がいるから頑張れるんです!」


「……そうか」

 


 閣下は何故か、寂しげに呟いた。

 見てるこっちが胸を締め付けられるようだった。



「閣下……」


「何だ?」


「……いえ、何でもありません」



 きっと部下が踏み込んでいいことじゃない。

 だから私は言葉を飲み込んだ。

 閣下は不思議そうに私を見つめると、ぽん、と私の頭に手を置いた。



「邪魔をしたな。 しっかり食べて明日からも訓練に励んでくれ」


「は、はい……」


「あと、力加減は気をつけるように」


「!!」



 今日の事はやっぱり耳に入ってたらしい。 

 思い出したら私の方が胃が痛くなってきた。



「まぁ、無理はするな」


「……はい」


 優しい言葉にまた胸がギュッと締め付けられる。


 さっきのは、きっと見間違いだ。

 今はそう思おう。


 私は目玉焼きを焼いていたフライパンの火を止めた。

 久しぶりに作ったからか、少し焦げてしまった。

 しかも塩をかけ忘れてるし。


 シンプルで少し苦い味の目玉焼きと野菜スープでお腹を満たされたけど、心の中は少し満ち足りない。

 

 こんな状態で作ってもきっと美味しくできない。

 明日のご飯は、また明日作ることにしよう。

 



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