その力、いかほどに
「この時間は剣技演習だ。 二人一組になれ!」
教官の指示を受け、いよいよ午後の演習が始まる。
騎士見習いはここで剣技の基礎や魔法を学び、個々の能力を伸ばしていく。
そして優秀な成績を収めた者から、街の警備や魔物討伐に参加出来る騎士へと昇格できるのだ。
今日の演習ではそれぞれ攻撃側と防御側と分かれ、剣を打ち合っていく。
剣技にも人それぞれ個性があって参考にもなるし、何より面白くてワクワクする。
「おや、君は見ない顔だが……」
すると前で教鞭をとっていた教官が私に気づき、近づいてきた。
「今日から見習いとして配属されましたロゼ・アルバートです」
「私はリーヴェスだ。 主に剣技演習を担当している。 よろしく」
服を着ていても、鎧をような立派な筋肉が浮き立って見える。
でも優しそうな人で良かった。
するとリーヴェス教官の視線が私の頭頂から足先までゆっくり移っていく。
「華奢な体型だが、剣を持った経験は?」
「あります」
「そうか、では折角だし参加してみるかい?」
「良いんですか?!」
「あぁ、どうぞ」
そういってリーヴェス教官は私に木製の剣を手渡した。
「どうだい? 木製とは言え通常の剣と同じ重量だ。 君には重すぎるかな?」
「えぇ、まぁ……」
どうしよう、想像以上に軽い。
これまで私は父が使っていた長剣で魔物を討伐していた。
長剣は剣の中でも重量級でかなり大きい。
しかも腰から下げられない位に刀身が長いので、常に背負ってオールナードを歩き回ってたのだ。
だからこう見えても握力はあるし、体力も腕力もそこそこある。
しかも昨日の回復魔法と人間らしい生活のお陰で、体調は抜群にいい。
さてどうしたものか。
万全になった今の自分が、どれ位の力を発揮できるか試してなかった。
もしかしたら今の私、色んな意味で危険かもしれない。
「よしよし、それが持てるのなら、今から私に打ち込んでくるといい」
「え」
「なぁに、怯えることはない。 ちゃんと手加減してあげるから遠慮せずにおいで」
「いえ、やっぱり明日からで……」
「そんな事では騎士にはなれないぞ。 こないなら私からいこうか?」
そういってリーヴェス教官が木剣を構えた。
優しかった雰囲気から一変して、獲物を狙う獣の様な顔つきになった。
「おい、リーヴェス教官が剣を構えたぞ!」
「本当だ! 『獅子殺しのリーヴェス』の技が見れるんじゃないか?!」
「あの子、大丈夫か? 吹き飛ばされるぞ!」
周りで打ち合ってた人達が手を止めて集まってきてしまった。
マズイ。
どう振る舞うのが一番いいのかな。
ここは負けるべきなのか。
少し手こずる感じが良いのか。
人間相手じゃ考えが上手くまとまらない!
「では行くぞ!!」
どしりとした脚をバネに、リーヴェス教官が正面から踏み込んでくる。
まるで刀剣狼の様な気迫と俊敏さ。
『獅子殺し』の異名はここから来てるんだ。
カァァン!!
木々が激しくぶつかり合い、澄んだ衝突音が響いた。
「な……?!」
リーヴェス教官が動揺した声を上げた。
この一撃で決めるつもりだったのかはわからないけど、私が受け止めたのが予想外だったらしい。
私は急いで剣を弾き返し、距離を取った。
リーヴェス教官は弾かれた反動で体勢を崩しつつも、直ぐ様私に剣先を向けた。
「その華奢な身体で私の剣を受け止めるとはなかなか面白い! だがこれは避けきれまい!!」
『フンッ!!』と掛け声と共にリーヴェス教官の筋肉が一瞬膨れ上がった!
思わず身を引くと、リーヴェス教官が振り被った一刀はズドン!と地面を揺らし、私がいた所が抉れてビキビキと深い亀裂が入る。
何この破壊力!
筋肉って侮れない!
こんな技出されたら迷ってる暇はない。
私はグッと身体を屈め地を蹴った。
「なっ…?!」
リーヴェス教官が声を上げた時には既に私は背後に回っていた。
しかも私は身を屈めたままだから二メートル超えの身体では死角に入る。
「このぉッ!!」
さすがリーヴェス教官。
咄嗟に身体を捻り、背後の私を狙う。
でも勘任せの剣は速度も鋭さも落ちるもの。
リーヴェス教官の剣が振り下ろされる前に、私は斜め下から思いっきり振り上げた。
「申し訳ありません!!」
謝罪と共に私の剣はリーヴェス教官の臀部に入って、スパァァン!と弾けた様な音をたてた。
「が……はぁ……っ」
木剣なら斬れないから大丈夫。
その代わり巨体は高く高く弧を描き、数メートル離れた所まで吹き飛んでいった。
駄目だ、もっと力を抑えなきゃいけなかったな……。
フェリス様もリリアナ様も、周りにいた人達も、その光景に呆然としてる。
これは早々にやってしまった……。
これ以降、誰も私に寄り付かなくなったのはいうまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇
夕食の時間も過ぎ、食堂へと続く通路は薄暗くシンと静まり返っている。
私は昼間のショックを抱えたまま、重い足を引きずって向かった。
「ロゼさん、こっちですよ」
オレンジ色のランプ一つで照らされた食堂の入口にはユーリ様、そして両脇に猪を抱えていそうな風格の男性が仁王立ちしていた。
「どうしました? だいぶお疲れの様ですが……」
「いえ、己の不甲斐なさを反省している所なのでお気になさらず」
そして私は改めて、隣りに立つ見事な髭を貯えた男性に頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありません。 ロゼ・アルバートと申します」
「俺が総料理長を務めるバッカスだ。 さっさと中に入れ」
バッカス様はフン、と鼻を鳴らし、その立派な腕っぷしで食堂の扉を開けるとパチン、と指を鳴らした。
すると食堂中のランプ全てに明かりが灯され、誰もいない食堂内を明るく照らす。
「本当は部外者はいれたくねぇんだが、魔力入りが食べられねぇなら仕方ねぇ。 だが調理するなら俺達の仕事が終わってからだ。 邪魔はしないでくれ」
「わかりました」
「じゃあこっちに来い」
市民を脅かす魔物の討伐や街の巡回にあたる騎士達は、狩猟者以上に体力、魔力の消耗が激しい。
そんな彼らの英気と魔力を補うのが、国に仕える魔術師達が作る魔力入りの料理だ。
魔力入りの料理とは、火を起こすなどの調理過程で使った魔力が料理へ溶け込んだものをいう。
それを食べる事で魔力も回復できるというのだ。
因みにバッカス様は、何百食もの料理を何時間にもわたって作り続ける事ができる、膨大な魔力量を誇る強者だ。
「で、あんたが使えるコンロはこれだ」
バッカス様が指さしたのは、手元に緑色の石が埋め込まれたコンロだ。
「もしかしてこの石って……」
「魔晶石だ。 あんた知ってるのか?」
「はい、アルバート家にもこれに似た形のコンロがありましたから。 それに……」
私はずっと首から下げていたネックレスを取り出した。
「両親から貰ったこれも、魔晶石だと言ってました」
魔晶石とは魔力が結晶化した天然石の一種。
これを使えば魔法を使わなくても火を起こしたり、明かりをつけたり出来る代物だ。
しかもこの石の魔力は自然物なので、料理への影響も殆どない。
「他の方より魔法の効きが悪いと思ったらそういう事でしたか……」
「何がですか?」
「魔晶石の中には魔力を放出するだけでなく、吸収出来るものもあるんです。 ロゼさんが持っているのはきっと後者ですね。 後日鑑定させて頂けますか?」
「はいっ」
確かに叔父がいつも『お前は魔法の効きが悪い』ってぼやいてた。
いつもこれに守られてたって事なのか。
「高価なものだってのに……あんた一体何者だ?」
「ロゼさんは元子爵令嬢です。 訳ありなのでこの事はご内密に」
ユーリ様の口ぶりから何かを察したのか、バッカス様は私の顔をジッと見るとそれ以上追求することはなかった。
「なら説明はいらんな。で、材料だが……」
今度は向こうの調理台の上に置いてある茶色のかごを指さした。
「使って良い食材はそのカゴに入れておく。 足りないからって勝手によそから取るんじゃないぞ」
中には野菜を切り落とした後の芯やくずがボウル一杯、小ぶりのじゃがいもと細長い人参が一つずつ。
そしてベーコン一枚と卵が一つ入っていた。
「言っとくがこんな形でもどれも一級品の品だ。 ありがたく使え」
「すごい……こんなに沢山の食材が使えるなんて! しかも一級品だなんて贅沢過ぎます!」
野菜はパリッと瑞々しくてそのまま食べられそうだ。
そして肉厚のベーコンはぜひステーキにして食べてみたい。
色々なメニューを頭に描きながらかごに頬ずりすると、ユーリ様とバッカス様は顔を引き攣らせた。
「借り物なのにすみません! 嬉しくてつい……」
「いや、それは構わねぇんだが……。 あんた、それで不満はねぇのか」
「だってゴミ箱からじゃなくてこのカゴの中から使っていいんですよね?」
「「ゴミ箱ぉ?!」」
ユーリ様とバッカス様の声が見事に重なった。
「こんなにキレイで新鮮なものが食べられるなんて嬉しいです! 本当にありがとうございます!」
まずは手始めに野菜炒めでも作ろうか。
そして卵は目玉焼き、そこに焼いたベーコンも添えよう。
いやいややっぱり贅沢すぎるので、ベーコンはカリカリに焼いてトッピング用に保存しておこうかな。
想像だけで涎がでてしまう。
あれ? ユーリ様が珍しく険しい顔つきになった。
私は思わず口元を拭った。
「……バッカス殿、明日からはこれの倍以上の野菜と、牛、鶏、豚のいずれかを二百グラム追加しておいて下さい」
「明日と言わず今すぐ出してやる!!」
バッカス様は突然保冷庫に走り、大きなザルに次々と肉や野菜、卵を乗せて私の目の前にドン!と置いた。
「バッカス様、これは……?」
「騎士になりたきゃとにかく食べろ! そして様はいらん!」
「え、えぇ……?」
勢いに押されて受け取ってしまったけど、いきなりこんなにも食べられない。
どうしようかとユーリ様に助けを求めたら、ユーリ様も私の両肩に手を置いて迫ってきた。
「パン用の小麦粉やらも手配しておきますから、暫くは肉、肉、肉位にしっかり食べて下さい!」
「はぁ……」
何だかユーリ様まで熱弁だ。
確かにお二人の言う通り、騎士になるならしっかり食べて身体をつくらなきゃならない。
ある程度は保存食にでも加工して、いつでも食べられるようにしておこうか。
「そもそもあんたは料理出来るのか?」
「母から倣いました。 レシピノートもあるので大概はいけます」
アルバート家で暮らしていた頃は、使用人ではなくいつも母が作ってくれた。
母も魔法が使えたので、料理から完全に魔力を除去する事は出来なかった。
それでも母の手料理だと思うと凄く嬉しかった。
素材そのものの味と、魔力独特の苦み。
それが私が覚えている母の味だった。
「あの、お腹空いたので今から作ってもいいですか?」
「勿論だ! 道具も自由に使え!」
「ありがとうございます!」
手渡されたエプロンを付けて、髪を結い上げた時だ。
「なんだ、今から始めるのか?」
驚いて振り返ると、予告してた通りに閣下が様子を見に来ていたのだ。
しかも心做しか笑っているようにも見える。
何だか不穏な予感が……。
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