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その出会いは血に濡れて

――――幼い頃、絵本で読んだお姫様は魔法が使える美しい女の子だった。

 そのお姫様はケガをした動物達を魔法で治す、優しい心の持ち主だった。

 そこに通りがかった王子様が、その慈愛に満ちた可憐な姿に一目惚れする。

 後に二人は結ばれて、ハッピーエンドを迎える。


 でもそれは絵本という遠い世界の話であって、魔力を持たない私には縁のない物語。

 お姫様と違って、魔力をもたない私が誰かと結ばれる権利なんてないからだ。

 だからお姫様を守れる人間になろうと思った。


 目指すはお姫様を守る騎士。

 だから私は、今日も剣を振るい生きていく――――



  

 ここは魔術大国シヴェルナの辺境にあるオールナードの森。

 私、ロゼ・アルバートはこの地の領主から、遊宴会の間森を荒らす魔物の討伐を命じられていた。


 この日は私の他に、雇われ狩猟者が二人。

 一人は主に斧を使う、体長二メートル程の巨体な髭男。

 もう一人は魔法使いのキツネ目男だ。 

 そして私は身の丈程の長剣を背負い、三人で森の中を捜索していた。



「なぁ、今日はこれぐらいでひきあげようぜ」



 太陽はまだ頭上にあるというのに、ひょろりとしたキツネ目男は大木の根に腰を降ろし、情けない声を上げた。



「ダメよ、遊宴会はまだ続いてるんだから止めるわけにはいかないでしょ」



 すると私達の話を聞いていた髭男も、担いでいた斧を下ろして大きく溜息をついた。 



「どうせ貴族らは俺達平民が命かけて戦ってるのも知らずに楽しんでんだから、止めたってバレやしねぇよ」


「だからって魔物が広場まで出てきたらどうするのよ!」


「言っとくが魔法を使うってのは体力も消耗するんだよ! 魔法も使えない『魔力なし(セロ)』が魔法使い様に口応えするんじゃねぇ!」

 


 魔法使いなんて肩書程度の胡散臭いキツネ目男は、その目を更に細く歪めてフフンとふんぞり返る。 

 そして水を飲んでいた髭男も、蔑みの目でガハハと高笑いした。


 私達シヴェルナの民は、多かれ少なかれ魔力を持って生まれる。

 けれど稀に、魔力をもたずに生まれる者もいる。

 この国ではそれを『魔力なし(セロ)』と呼び、私もその一人だった。


 昔は魔力を持たない人間の方が多かったらしいけど、今では魔力を持つ人間が殆どだ。 

 だからセロは『進化しそびれた落ちこぼれ』として差別を受けるのだった。


 魔法が普及したことで、実際の生活でも不自由することも多いから劣ってるように見えるんだろう。


 とは言え、決して腹が立たない訳では無い。

 私は背中に担いだ長剣の柄に手を伸ばしかけて、フルフルと小さく首を振った。


 私の剣は暴力を振るう為のものじゃない。

 己を、誰かを守るためのものなんだ。

 なのでここは無視しよう。



「け、すました顔しやがって。 俺が本気だしゃお前なんか……」



 そう話すキツネ目男の顔から、サァっと血の気が引いた。



「あ、あぁ……」



 そして髭男も巨体をガクガクと震わせ後退りする。

 異変に気付き、私は殺気のする方へと剣を構えた。

 藪から現れたのは、血色に染めた瞳をギラつかせた熊並みに大きい犬型の魔物。



刀剣狼(スパイニーウルフ)……!!」



 鉤爪の様に発達した大きな足爪もだけど、何より恐ろしいのは鋭い刃の様なその身体。

 まさに全身から剣が生えているような風貌で、危険種の中でもランクはかなり上位だ。

 しかもこの刀剣狼、既に殺気立っている。

 これはかなりマズイ。


 

「早く魔法で動きを止めて!」


「ヒィィィッッ!!」



 振り向いた時には、キツネ目男は既に手の届かない所まで走って逃げていた。

 隣りにいた髭男は腰が抜けたらしく、地を這いながら逃げるところだった。



「お、俺は騎士団を呼んでくる!」


「待って! 先にヤツを止めないと!!」


「適うわけねぇだろっ……、死にたくねぇんだ!」


「そんな……っ」


 すると刀剣狼がこちらに向かって一直線に駆け出した。 



 ――――ギャリンッ!!



 髭男に飛びかかった所で、私の剣と刀剣狼の頭刃が激しくぶつかりあい、耳を劈くような音が響く。

 攻撃の圧力で踏み締めた地面が軽く抉れた。


「ヒィィ!!」


「早く逃げて!」


 刀剣狼は私の剣を振り払おうと力を込めるけど、こっちだってやられる訳にはいかない。

 私は持てる力を振り絞り、刀剣狼の攻撃を弾いた。

 剣のような体毛は肉体が進化したもの。

 だから顔や首元は胴体部分に比べると硬度は劣る。

 そこを目掛けて勢いよく薙ぎ払った。



「ハァッッ!!」



 長剣は上手く首筋に直撃し、刀剣狼の刃がパキン!と欠けた。

 身体の一部を斬られ、刀剣狼は悲鳴を上げる。

 その隙に急いで大木の裏へと逃げ込み身を隠した。

 呼吸を整えつつチラと周りの様子を伺うと、髭男の姿は何処にもない。

 あのままうまく逃げたならいいけど。


 ふと手に視線を落とすと、先程の攻撃の反動で手には血が滲み、腕がビリビリと痺れてる。

 皮膚が柔らかい箇所とは言え、鋼を殴ったみたいだった。

 致命傷を与えるつもりだったけど、やはり長剣の重さだけでは倒せない。


 完全に私の力不足だ。



「グルルル……」



 いきり立った息遣いから、直ぐ側を彷徨いているのが分かる。

 ドッドッドッと心音が耳の奥で鳴り響く。

 それでもギリリッと歯を食いしばり、震える手に力を込めた。


 パキン。


 乾いた音に驚いて身を屈めると、バキバキィッッッ!!と轟音がなった。

 刀剣狼が棍棒の様な尻尾で、直ぐ側の大木を叩き割ったのだ。

 攻撃に備えて剣を身構えるも、刀剣狼の刃が腕を掠め弾かれてしまう。


 もう駄目だ。

 赤い瞳を滾らせジリジリと迫りくる刀剣狼を前に成す術もなく、私は目を閉じ死を覚悟した。


 すると突如湧き出た、ただならぬ殺気にゾッと背筋が凍えた。



「民を傷つける者には制裁だ」



 どこからか男の声が聞こえた。

 次の瞬間、パシャッと温かいものが私の頬にかかる。

 そしてほぼ同時に、目の前にいた刀剣狼の首がズルリと身体から外れ、砂埃を上げて地に崩れ落ちた。


 シン、と森の中が静まり返る。


 悍ましい殺気はあっさりと消えて無くなり、私はその場でガクリと膝から崩れ落ちた。

 タラリと何かが頬を伝う。

 恐る恐る頬を撫でると指先が赤く色づいた。

 どうやら二つに分断された刀剣狼の返り血だ。



「まさかそんな華奢な身体で戦っていたとは驚いた」



 すると静けさの中でキン、と剣を鞘に納める音が響く。

 死体の背後に立っていたのは、氷の様に冷ややかな紺青の瞳をもつ美丈夫だった。

 全身漆黒の軍装に、金の竜が描かれた胸元の紋章。

 この人が、あの丸太のような刀剣狼の首を一撃で?

 


「あの首の傷は君がやったのか?」


「はっ、はい!」


「へぇ……なかなかやるじゃないか」



 褒め言葉なのか知らないけど、抑揚のない低い声。

 男は私の側まで来ると、膝をつきジィッと私の様子を伺う。

 深淵の青。

 全身を絡め取られそうな眼差しに思わずコクンと息を呑んだ。


 男は取り出した白布で私の腕を止血し、大きなその手を私に差し出した。



「我々の治療場に案内しよう。 立てるか?」


「け、結構です。 この程度なら自分で出来ますから」


「放っておけば今後に響くぞ」



 断ったにも関わらず、男は躊躇なく私を横向きに抱き上げた。


「だ、だ、大丈夫ですって!」


「そうは見えないな。 悪いようにはしないから大人しくしていろ」



 それからは私が幾ら言っても、男は知らん顔でズンズンと森の中を進んでいく。

 男性に免疫のない私には、刀剣狼にやられた傷よりお姫様抱っこの方が致命傷になりそうだ。

 

 そうして羞恥心が膨らんでいく内に、見えてきたのは王章の入った天幕。


 まさかここって……!






 

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