おかあさん
子供達とは違う足音が聞こえて来て、私はお墓を磨く手を止めた。
「住職さまかな?……でも……」
足音が止まってしまったので私は少し不安になる。
いくら暑いからと言って少しラフな格好が過ぎたかな?
どこかみっともなくなってるのかしら?
そこへツトトトト!と可愛い足音が駆け寄って来て短パンとタンクトップの隙間からびしゃびしゃになった手をズボン!と背中に挿し入れられたので、私はギャッ!と叫んでしまった。
「孝太っ!!!」
「キャハハハ!!」と言う笑い声を残して孝太は津島家のお墓の方へ逃げ去って行く。
私は立ち上がって遠ざかって行く孝太の背中を見やり、思わず声が大きくなる
「お墓には悪戯しちゃダメよ~!」
親子そろってこの体たらくだからバツが悪く、私はニコニコ顔の住職さまに頭を下げる。
「本当に親子そろってお行儀が悪くて申し訳ございません」
「いやいや、孝太くんもあかりちゃんも偉いね! この暑いのにお墓掃除のお手伝いなんて」
ここからも孝太とあかりが手桶の水を引っ掛け合っているのが見えて、私はますます恐縮してしまう。
「お手伝いと言うより水遊びになってしまって……」
私の言葉に住職さまは「ハ!ハ!ハ!」と笑い、おっしゃって下さる。
「遊びでいいんだよ! そう!加奈ちゃんとスグルもここでよく遊んでいたなあ」
「加奈姉さんや英さんも?」
「ああ、今日子さんがお墓参りに来る時はいつもくっ付いて来ていたよ。加奈ちゃんはずいぶんと『お姉さん気取り』だったけどな」
「ふふ、それ分かります!」
「二人とも可愛かったよ! そして……今日子さんも冴ちゃんも……母親と言うのはかくも慈愛に溢れた者なのかと改めて感じる」
「今日子お母様と並び立つなんてとんでもない事です!! 私なぞあまりにも未熟過ぎて……毎日が手探りで右往左往しています。 とてもとても皆様のようにキチンとできません」
「冴ちゃんが『手探りで右往左往』しているのなら今日子さんもきっとそうだったんだよ。さっき遠目から見た冴ちゃんは今日子さんそのものだったから。今日子さんと瓜二つの冴ちゃんがここに初めて来た時も驚いたけど、今はそれ以上の何かを感じる」
「住職さま!私は昔、顔に大けがをしてしまって……今の私の顔は“作られた”ものなんです。そんな過去を持つ女が今日子お母様と同じであるわけはございません。ただ、それを“他人の空似”だけにとどまらないで居させてくれる縁が私はとても嬉しいのです!! だから住職さまのお言葉に……涙を流さずにはいられません! でもいけませんよね! こんなラフな格好でお墓参りなんて!お母様やおばあちゃまに叱られてしまいますね」
「冴ちゃんはまだ覚えているかな? 冴ちゃんが『ここにお墓を建てたい』と申し出た時の私の言葉を」
「はい! 住職さまはおっしゃいました『ここは潮と硫黄に晒される街です。お墓だけではなく、家や車や自転車や服や…それこそ生活のすべてに手を掛けなければいけません。そしてこの街の人々はお互い助け合いながらそれを連綿と行っているのです』と」
住職さまは頷いてこのように教えてくれた。
「墓前に手を合わせる前に身だしなみを整えるのは勿論良い事です。でもそれ以上に大切なのは向き合う時の心です。その心こそが、お互い助け合いながら日々の暮らしを大切にしてゆく事に繋がっていくのです。その想いを……冴ちゃんはキチンと受け継いでいるね」
住職さまの言葉に私は思わず目頭を押さえてしまう。
いつから見ていたのだろう??あかりと孝太がこちらへ飛んで来た。
「さえママ!じゅうしょくさまにしかられたの?」
「さえママ!! ないちゃだめだようっ!!」
二人の言葉に私はますます涙が止まらなくなるけれど、あかりがほっぺをふくらませて住職さまににじり寄ったので、慌てて取り押さえる。
「あかり!違うの!住職さまに褒められたの!! だから嬉しくて泣いたの!!」
途端にあかりのほっぺはパチンと弾けて満面の笑みになる。
「じゅうしょくさま! さえママをほめてくれてありがとう」
「じゅうしょくさま!グッジョブ!!」
「孝太!! 住職さまになんて事言うの!! 加奈ママだったらゲンコだよ!!」
まったく!!どこで覚えて来たのだろう!!
私の涙は吹っ飛んでしまって住職さまに平謝りだ。
「ワハハハ! 一甫堂の子供達は昔も今もやんちゃだな」
この住職さまの言葉に孝太の目がキラリと光る。
「ねえ! さえママもやんちゃなの??」
「えっ?! それはその……」
まあ、私は間違いなく“やんちゃ”の域を超えていたから、常日頃『嘘はついてはいけません!!』など偉そうな事を言っている立場上、ゴニョニョ言い淀んでしまう……
こんな言葉達を孝太は確実に捉まえるのだ!
さすが賢兄と加奈姉の子供!!聡い!!
でも今は困る!!
「さえママやんちゃ!さえママやんちゃ!」とはやし立てるので止む無く実力行使する。
「大人をからかうとさえママだってゲンコしちゃうよ!!」
「さえママ コウタにゲンコダメ! あかりにゲンコして! そしたらあかりがコウタにゲンコする!」
あかりの言葉に私の目からまた涙が……
ああ!! ホント私ってダメだ!! 英さんや加奈姉や賢兄が居ないととても親なんて務まらない!!
かつて……『誰かにタネだけもらって独りであかりを産み育てよう』と考えていたけれど……とんでもない!! ダメダメ過ぎて恥ずかしい……
私がシュンとするとあかり孝太まで黙り込んでしまって、私はますます落ち込んでしまう。
こんなんじゃ住職さまにも気を遣わせてしまうなあ……
「冴ちゃん!」
って住職さまから声を掛けられる。
「ハイ」
「いつだったか、話していた事……あかりちゃんが冴ちゃんを通じで戻って来たっていう……」
「ハイ……」
「同じ様に、浄土にいらっしゃる今日子さんと冴ちゃんは縁で結ばれていて……今日子さんは冴ちゃんを通じて子供達に触れているんじゃないだろうか? 孝太くんやあかりちゃんだけでなく、スグルや加奈ちゃんの事も」
そんな事!!
思いもよらなかった!!
でももしそれが本当なら……
「こんな私の体がお役立てできて……私もその“幸せ”にご一緒できるのなら!!
こんな嬉しい事はございません!!
どうかどうかいらしてください!!」
前橋家のお墓の前で三人並んで手を合わせ
私は、おかあさんへ思いが届くよう、一心に祈っていた。
おしまい
代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後』に昨日今日とお客様にお越しいただき、嬉しくて冴ちゃんのイラストを描いたら、大人っぽく描けました。
それに合うお話を書いてみました。
本編はこちら
https://ncode.syosetu.com/n4895hg/
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