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レッド・ポイント  作者: satoh ame
9/33

credit 09 偶像学


 西棟の正門横に佇んでいた青年が、こちらに気づいて顔を上げた。彼がヌエの言っていた補佐だろう。頼んだ弓と矢も用意してくれたらしい。

 良嘉ヨシカは若干の警戒心を抱きながら距離を詰めた。

 目が合うと青年は、人好きのする笑みを浮かべてカジュアルに一礼する。制服代わりと思われる抹茶色のジャケットに硬派な腕章をつけていて、敵のなりすましではなさそうだ。

「初めまして。衛生班見習いのカイラです」

 走りすぎて息が切れていたので、名乗らずに学生証を差し出す。「待たせて悪かった」

「いいえ、全然ですよ。良嘉さんって珍しい名前ですね。オレのことは知ってますか?」

 不可思議な問いかけに触発され、無遠慮かつ濃厚に観察してみる。補佐は1.8mに届きそうな身丈の割に、小さく引き締まった幼い顔をしていた。記憶に掠りもしない人物だ。

「少し前までシティ・タークでアイドルやってたんですけど、4人グループの『libellusリベルス』、ご存じないですか? 音楽の他に映画とかCMにも出てました」

「その系統はハロルのことすらよくわからない」

「あっ、……ですよね」申し訳なさげに眉を下げ、カイラが手の平を横に振った。「気にしないでください。隣のシティまで活動を広げられなかったのはオレたちの責任です」

「自省病なのか? 死ぬなよ」弓と矢を受け取り、どちらからともなく走り出した。

「子どもの頃、一時期この島の寮にいたことがあって、地理は頭に入ってます。それプラス体力的な要素で補佐に指名されました。『丸一日食べなくても20曲以上踊れます』って無駄な情報晒したので……。狙撃ポイントまで案内します。ついてきてください」

 カイラは木立の隙間を器用に駆けていく。プライベートでは素朴な状態にしているのか、ココナッツブラウンに似た赤みのある直毛を、物憂い潮風に淡くそよがせていた。

「本当にアイドルだったのか?」

「はい。……暴行に関わったのは3名ですが、偉い人を殴ったことが問題になってしまって、全員で別のエリアに逃げました。その男、高熱で倒れた仲間を病原体扱いして蹴ったんです。許せなかったので襲撃した後、警察に事情を説明しました。後悔はしてません」

 そいつは偉い人ではなく、偉そうにしているだけのくだらない犯罪者だと思うが、その点については口を噤んだ。「大変だったな」

「そうですね。それ以外にもいろいろあって……。やめたかったわけではありませんが、オレの本音も、仲間の想いも、仮面みたいな分厚いファンデーションに塗り潰されていきました。日頃から素の心を伏せなければならない複雑な仕事です」

 カイラは双眼鏡で列車の進行を確認し、まだ余裕があると言って獣道を横に逸れた。

 彼が紹介してきた洞窟は大きく、平均的なトンネルくらいの幅と高さがある。不気味で足を踏み入れるのも躊躇われるが、有事の際の避難経路に使えるらしい。

「左から4つめの、サーフボード型の薄い岩が動かせます。裏に繋がってるので憶えておいてください。そこから草叢くさむらを抜けて水路の縁に降りると西棟の地下シェルターに辿り着けます」

 こちらが頷くのを見届け、カイラは再び走り始めた。

「ついでに竜巻の話もしたいです。女性ファンの人たちのことなんですけど」

「喋るの好きなのか? 俺と真逆だな」

「慣れてるだけです。すみません、ご迷惑でしたか?」

「いや、別に。続けろよ」聞き役に回ると安らかだ。彼の言う女の群れは何となく想像できた。「にやけた口元手で隠しながら奇声上げて取り囲んでくる奴らだろ」

「その程度なら竜巻なんて呼びませんよ。無言で体当たりしてきたり、公共の場で服剥ぎ取ろうとしたり。後ろから突然ネックレス引き千切られたこともありました。だけど、あいつらが悪戯で流す事実無根の噂が一番きつかったですね。日々戦いですよ」

 表面上は疎ましげな口ぶりだが、竜巻に忘れられるのを怖れている心裡が伝わってきて切ない。応援と攻撃。受容と防御。どうせ永遠に平行線だ。

「事務所とは契約してないんです。自分たちでマネージャーとスタッフを雇って、受ける仕事はみんなで相談して決めてました。でも、ライバルグループには負けたくないというプライドが過密スケジュールの原因に……。死ぬほど眠くても楽しそうにする。泣きたいくらい疲れてても遠征ライブ。常にマックスパワーのその先を求められる職業です」


 坂を上っている途中、「素敵なTシャツですね」と話を振られ、短く返事をした。

「オレはツアーのやつです。洗濯怠けてたら着れそうなのがなくなったので下ろしました」

「プリント意味深でやばいな」彼らのことは何も知らないが、時にはアイドル生命を懸けて多彩な戦場に身を置いてきたのだろう。

「ここで待機しましょう」

 樹木の密度が甘く、断崖の上から線路を一望できる。優秀な選定だ。

 車両はまだ目視できる距離に迫っていない。ターミナル内で爆破することも不可能ではなかったが、周辺のショップや駅前広場なども瓦礫化する怖れがあり、予想被害が大きすぎた。この島と共生していた列車に罪はないけれど、港と船の守護を最優先とし、炸裂した弾薬ごと荒ぶる波間に散らすしかない。

「事態が落ち着いたらタークに戻ってまたアイドルやるのか?」

 木に寄りかかっていたカイラが不意を衝かれたようにこちらを見た。

「叶うならそうしたいですね。重く考えても仕方がないので今は頑張って勉強してます。活動を再開するまで仲間が無事だといいんですが……」

 やがて標的の接近を察知したのか、彼も木を離れて草叢に屈み、真剣な面持ちで線路を覗き始めた。整った横顔の、すでにステージで光り輝く準備ができているような華やかさ。

「森を通過したのであと1分くらいです。あの街灯の位置が最適だと思います」

 狙撃ポイントを示した彼の、人差し指の付け根に残る自戒的な瘢痕から目を背けた。

「カイラ。負傷する前に離脱しろ。協力に感謝する」

「大丈夫ですよ。しばらくレッスンも撮影も入ってないので」

 清潔な笑顔の裏で静かに傷んでいる彼らが、それでも尚、煌めく強さを捨てないことを美しいと思った。命と精神を守られる立場など、きっとどこにも存在しない。

 卑屈な自分は外に出るたび、死地へようこそ、と嘲笑わらわれている気がした。



                                 credit 09 end.

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