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レッド・ポイント  作者: satoh ame
6/33

credit 06 巡察学


「ゆいさん、落ち着いてください」

 何が気に障ったのか、実のところよくわからないといった面持ちで捕吏ほりが宥めようとしてくる。島民たちの見守りもきつい。

 狭量で申し訳ないが、ときおり心理的な反撃の一環で、他人の精神性を断崖まで追い詰めてやりたくなる。低層回路のいびつさが異常そのものだ。

 いろいろと面倒になり、ユイは横髪に触りながら素っ気なく俯いた。しかし、たとえば数分後に戦場で絶命するとして、鮮明に残っている記憶の多くが、自彊じきょう&忍耐を鼓舞して純正品を演じたことだとしたら空しくなる。

「忘れてください。真意を知りたかっただけです」

 彼は安堵の滲む表情で頷いた。こちらも反目は望んでいない。

「学長からは、全部で4名とお聞きしましたが……」

「会いますか?」

 おそらく気重な学生を引き受けたことを後悔しているヌエが「ぜひ」と言った。


 エントランスへ戻ると、暇を持て余していたパラダイス員たちが、マウンテンパーカの袖を捲るかそのままにするかを真剣に議論していた。3人が一斉にこちらを向く。

 鵺はミシェルを二度見した後、職務への忠誠を漂わせて律儀に挨拶をした。

 それに対しメンバーは、硬派な制服姿の男を警戒しているらしく、呼び名だけを伝えて進行を窺っている。どちらも深く関わり合う気はなさそうだ。

「島に4つある哨戒塔に誅殺班の捕吏を5名ずつ振り分けました。それぞれが地下で繋がっていて、避難用のシェルターを兼ねています。複雑に入り組んでいるので詳しい者に先導させてください。衛生班には負傷者の救護に当たるよう指示を出しました。……残念ですが、船で人質の奪還に向かった警邏班が戻らないので、皆さんには島の巡回をお願いできたらと思います。要請があった場合は塔の守備に力を貸していただけますか」

 厳かな姿勢を崩さない彼の、どこか遠慮がちな物言いを気に入ったのか、ミシェルが不意に笑顔を見せる。「試験はすべて赤点ですけど、少しはお役に立てると思います」

 彼女の台詞で場が和らいだ。自分にはない華やかな甘さが苺のパフェによく似ている。

 アロゥの無線コードを教え合った後に鵺が声を潜め、手帳に何かを書きつけてこちらへ開示した。「これは口外しないでいただきたいのですが」

 メモの余白にトランプの絵。スペードの6だ。

「疑わしい人物を見かけたら、カードの組と数字を訊ねてください。この島の捕吏であればすぐに答えます」彼は破り取った紙を優美な所作で燃やした。これから島民を連れて中央司令室へ移動すると告げ、バックヤードへ引き返そうとしている。「シティ・ハロルの皆さん、よろしくお願いします。どうかご無事で」


 与えられた任務を遂行するため、ショッピングビルを離れて居住区を目指す。まずは避難の遅れた非戦闘員を捜索し、以後、1名ずつ東西南北の哨戒塔へ。

 途中の観光スポットで全員分の島内マップを入手した。月のない黒い空。昼は賑わっていたはずの市街地はすでにサイレンも切られ、物憂げな夜風が蟠っている。

「ねえ、誰か走ってない?」右クリックが拾った小石をフェンスに投げる。「怖いね」

 なぜ笑っているのかはわからないが、冗談で言ったのではなさそうだ。

 耳を澄ますと確かに、微かな振動を伴う靴音が聴こえる。

「2人だ。たぶん」良嘉ヨシカが交差点の中央まで歩いて左を向いた。橙色の街灯に包囲され、濃度の違ういくつかの影がアスファルトに横たわっている。

 突如、少女と男の言い争う声が響いた。「待て!」、「行かせてください!」の遣り取りから、アルジラ兵と島民ではないことが推測できる。

 間もなく良嘉の捉えていた方角に件のふたりが現れた。チアリーダーの衣装を着た少女が、ジャージにホイッスルを提げた男に追われている。

 右クリックが渋く唇を曲げた。「あれ、まさか聖職者じゃないよね。買春犯だよね」

 前者にべベール様のドリンクを1本賭けようと思ったが、ミシェルが「助けましょう」と無駄に士気を上げてきたので、失言を回避した自分に粗茶を贈りたい。

「おい、誰だ?」鋭い視線で男を射貫いた良嘉が語気を荒げる。「止まれッ!」

 彼は怯えながら駆けてきた少女を背後に庇い、こちらに身柄の保護を求めてきた。

 速度を落とした男が激しい呼吸を繰り返しつつ、ゆっくりとにじり寄ってくる。

「おまえら島の者じゃないな。失せろ! 頭悪そうな格好しやがって!」

 良嘉は獲物の余命を削るように首を傾げた。「クズ。生き延びたいなら事情を説明しろ」

 このままでは単位が危ない。

「良嘉。島民殺したらまずいよ。僕が代わるね」

 泣いている少女の肩に腕を回していた右クリックが、その役目をミシェルに譲った。

 男はパジャマ姿の仲間を奇人と断定したらしく、報復を怖れるように顔を強張らせた。

「こっちに来るな! 療養中の家族が心配だから帰ると騒いで、そいつが避難先のシェルターを飛び出したんだ! 規律を乱した奴は罰を受ける。それがクラブの決まりだ!」

「処罰されるのはあなたの方では? まずは指導者が己に厳しくあるべきです。島の有事に、幼い子どもを追いかけ回して折檻ですか? 細胞の隅々までいかれてますね。彼女は僕が送り届けます」右クリックが殴りかかろうとする男の腕を振り払い、嘲るように赤いフードの紐を引いた。「次はやり返しますよ」

 メンバーのあり得ない発言に唖然としたこの瞬間。下される人物評価が笑えるほど酷くても、競い事ばかりの車両を降りて、薄味に生きていくのも面白いと思えた。悪戯な抜け道はいつも胸の中にある。

 雑事はそろそろ終わりだ。「降伏するのなら見逃します。街灯に縛られたいですか?」

 男が抵抗を諦めた。仲間の勝ち誇った表情に、連帯感由来の歓喜を呼び覚まされそうになる。けれど、絆されたり、寄りかかったりしてはいけない。親密な関係は避けるべきだ。

 遠い雷鳴のせいか、『部隊襲撃の仇を見つけ次第、血族ごと気が済むまで拷問してから自殺する。止めないで』と頼んだら、パラダイス員が黙認するか否かを知りたくなった。

 嘘でも協力すると言ってくれるのなら、彼らの慈悲に跪き、白と青の花冠を手向けたい。



                                 credit 06 end.

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