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レッド・ポイント  作者: satoh ame
5/33

credit 05 制服学


 街に騒音級の警報が炸裂している。

 ユイは交差点で足を止めた。車の往来もなく、夕暮れを過ぎた曇り空が不気味だ。

「無人……? 島民の行き先は?」仲間が答えを知っていたら確実に諜報員だ。

「放っておけ」と冷めた態度の良嘉ヨシカ。「深入りするな。つけ込まれるぞ」

「防災シェルターとかに集まってたら一撃で殺られるね」歩道の縁を平均台代わりにしている右クリックの、第2ボタンの欠けたパジャマが破れそうで頼りない。

 不穏な潮風が強まる中、案内板を標に役所を目指した。未来が怖くても、夜の切ない涼しさに心を乱されてはいけない。

 信号を無視して道路を渡り終えた頃、最寄りのショッピングビルの向こうで何かが燃えていることに気がついた。距離はあるが、濃度の高い煙がこちらにも流れてきている。

 ミシェルが絶望した面持ちで現場の惨状を視察する。「もしかして、あれが役所?」

 彼女と目が合ったので頷いた。「50tearzティアーズ賭けてもいい」

 近づいてみると、やはり炎に包まれているのは役所だった。2F建ての造りで、円い敷地に珍しい草花が散りばめられている。中枢を砕くため、優先して狙われたのだろう。生存者がいるはずはないと諦めたくなる燃え方で、救助の努力は必要ないと判断できた。

「駆けつけるの遅かったね。僕らの責任だ」

 眩いほどの橙色に攻められて死んだ建物。その周囲に敵の姿はなかった。どこに潜んでいるのかは知らないが、捕らえ次第、手心を加えず膺懲ようちょうすべきだ。


 火の粉と煙を避ける目的で先ほどのショッピングビルに戻った。捕吏ほりに会えなかったことに関しては、学園に連絡しても無駄だろう。正面の大きなガラスドアは施錠されておらず、灯りの消え果てた店内は、真新しい廃墟さながらの様相を呈している。

「隣にレストランもあったけど……」とメンバーの反応を窺った。

「断然こっちだね。悲しいことは一旦忘れよう。このままだと戦闘モードになれない」

 右クリックは任務を保留し、ウィンドウショッピングを楽しむつもりのようだ。

「『sakebou』入ってる! お揃いの服選ぼうよ。ちょっと暗いけど」

 正式名称は『sakebou midnight』で、アウトドア系にしては高価なアイテムを扱っている。気まぐれに展示品のランタンを点けてみた。今にも失われそうな儚い光が内密で綺麗だ。視覚的な情報は、少ないくらいが心地いい。

 眠くなってしまったのか、良嘉は通路で自動販売機のべベール様に凭れていた。呼び寄せて手短に状況を伝える。「わたしが来る前からこういう感じだったの?」

 彼は返事の代わりに若干隙のある笑い方をした後、右クリックに「おまえと同じのにする」と言って店に背を向けた。「怠い。寝かせてくれ」

「やっぱ全員赤だよね。……これは? 良嘉も見て」右クリックが掲げたマウンテンパーカに視線が集まる。白いペイントがあまりにも大胆でステージ衣装みたいだ。

 不意に苦い記憶が胸をよぎる。「前に住んでた寮の部屋から、男子が早朝にダンスの練習してるの眺めてたんだけど、でも、もし人数減ってたらわたしが死なせたせいかもって不安で、あれ以来見てない……」

 遠くて顔も名前もわからなかったが、動きが鋭く乱暴な割に、男っぽい勇ましさが誘い出す芸術的な色気が美しかった。誰も欠けていないことを祈るしかない。

「大丈夫よ。ユイもサイズ選んで」ミシェルが袖を通すと、布地の赤が本当に華やかだ。

「派手な服……」抗う気力を削がれ、持っていたナイフで4名分のプライスタグを切り落とす。遊びに使うわけではないけれど、さすがに1着17万tearzはまずいのではないか。

「惟、似合ってるよ!」背丈は平均を遥かに超えているが、緩いサイズ感を可愛さに転換した右クリックが親しみを繋ぐように腕を握ってくる。「頑張って戦おう」

 同意のニュアンスで浅く頷いた。いつかはこの上着が彼らとの思い出になるかもしれない。今なら皆の、酸素と血の環る身体を、拘束すれば口の中にも、目隠しで暗闇の心界にさえ触れられるのに、死と喪失を絶えず意識しろと言われたらバスタブに沈みたくなる。

 非常事態であっても窃盗は許されないので、請求先を記したメモをキャッシャーに挟んでおいた。無事に終えられたら、謝罪の品を持って支払いに来るべきだと思う。


 全員で街の巡回へ行こうと意見を纏めた直後、奇妙な物音が聴こえた。

「誰か残ってたのかしら」ミシェルが奥の『STAFF ONLY』に足を向ける。

「わたしが見てくる」一瞬ひとりになりたかったので離脱し、単独行動を開始する。

 耳を澄ませると、在庫がひしめく陰気なバックヤードに複数の話し声が反響していた。非戦闘員だろう。シェルターは地下だったのか。

 位置を探るまでもなく、正方形に押し上げられた床の穴から次々と男女が現れた。命の危険が差し迫っている気配は感じられず、むしろ安堵しているようだ。十名ほどの大人が梯子を上ってくるのを物陰から観察した。こちらには気づいていない。

 最後に登場した男の双眸を無意識に捉えていた。徽章をつけたミリタリージャケット。さりげなく威厳があるので、あれが捕吏ではないか。銀髪と研究者風のメガネも相俟って、使えない部下&出来の悪い士官学生を切り捨てそうな尺度が透けて見える。

「あなたは?」と真っ直ぐに訊かれ、小さく頭を下げた。

「デルニエ士官傭兵学園、指揮科の惟です」

「学長から、加戦してくださるとのご連絡をいただきました。ありがとうございます。……誅殺班責任者のヌエと申します。役所から地下経由で避難してきました。念のためふた手に分かれましたが、建物にいた職員と班員は無事です」

 濃い緑色をした捕吏の制服が、理想的な堅実さを持つデザインで羨ましくなる。

「武器庫に案内してください。アルジラの兵はこちらの判断で始末しても構いませんよね」

 鵺が引いた笑みを浮かべている。「神秘的な佇まいとは裏腹に、随分と激しいのですね」

 雑談を装って挑発しているのだろうか。初対面の他人が投げかけてくる気障りな言葉が、そしてそれを受け流せない過敏さが鬱陶しくて、自分を黒い布で覆いたくなる。

「よく言われます。非力そう、暗い、優等生ぶってる、口答えをするな、孤立は異端、ノリが悪い、考えすぎ、死を怖れろ、まともな人間になれ、心を開きなさい。……この世界に愛のないわたしが、敵の血で穢れていくのは可笑しいですか?」



                                 credit 05 end.

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