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レッド・ポイント  作者: satoh ame
34/38

credit 34 観葉学


 ミシェルは右クリックとふたりで西棟への帰路を歩いていた。

 偶然通りかかった捕吏ほりの車両に、仲間2名と保護した瑛奈エナ、リッを乗せて貰い、彼らを見送ったばかりだ。死なないはずだけれど、劇毒で血まみれになっていたユイを心配している。彼女を犠牲にしてしまったことが申し訳ない。

 ふと休みたくなり、『VALEtヴァレ』の店外に置かれたベンチに座る。シティ・ハロルにもあり、深夜早朝の営業努力が素晴らしいストアだが、すでに照明が落ちていた。

「ありがとう」右クリックが、べベール様で購入した無糖の果実水を渡してきたので、華奢なボトルを受け取る。「嬉しい。おしゃれなラベルね。限定品かしら」

「かもね。ミシェル先にいいよ」と気を遣ってきたけれど、彼にホットなバニラミルクを飲ませてから自分のボトルを傾けた。懐かしく清々しい甘酸っぱさだ。

 キャップに感謝し、中身を半分残してマウンテンパーカのポケットに入れた。

 並んで座っている状態から、予告なしで抱きついてきた右クリックを受け止める。

「眠くて頑張れない」

「さっき厨房の階で寝たでしょ?」こちらの肩に額をのせて顔をうずめるのは、泣きたい気持ちを上手く言葉にできないときだ。無駄に面積のある、けれどスポーツより図書館の似合う薄い背中を抱き寄せた。身体が頼りなく冷たい。

「人間になんて生まれたくなかった。辛くて千切れそう。……何回も自殺しようかな」

「あなたのこと大切にしたいからやめてちょうだい。大丈夫よ。安心して」


 再び西の拠点へ向かう道すがら、遠くに宮殿のような建築物を見つけた。透き通った壁の内側が光った気がして、右クリックにそのことを伝える。

「何だろう、きれいな建物だね。行ってみる?」

 急ぐ用事もないので頷いた。西棟の職員に預けた猫は幸せに過ごしているはずだ。

 夜の酸素に緑の味が混ざっている。ルートは右クリックに任せた。

 看板には『レザール島立植物園』と書かれていて、現場の宮殿までは500mほどだ。

 正規の進路である煉瓦の小道を避け、芝生から木立に入った。銃とナイフを確認し、別行動中の仲間に経緯を送信する。惟はしばらく無理そうだが、良嘉ヨシカは救援要請に応えてくれるだろう。

「手繋いで。いなくなったら捜すの大変でしょ? ……冗談だよ。見捨てるよね」

 彼の凍えた手を柔く握った。「置いて行ったりしないわよ。信じて」

 辿り着いた透明な建築物は、東側の正門に対し、各方角に扉があるようだ。

 右クリックが南のドアを押すと音もなく動いた。有り難い反面、奇妙にも思う。この植物園の管理者は、無施錠のまま避難したのだろうか。他の店などは完全に消灯し、シャッターが下りていたりするのだけれど。アルジラ兵に先乗りされている危険はあるが、侵入の痕跡を探して一周するには建物が大きすぎる。

「不気味で怖いね」右クリックが声を潜めて言う。体勢がステルスモードだ。

 生々しい土の匂いと湿度の重み。緑の風情だけは寮のエントランスに似ている。

 背丈を越す植物のせいで遠くが見えにくい。高らかな天井までクリアな造りだ。割れやすい壁の性質上、敵はナイフ系の武器で隠密に斃すしかない。それを話題にしたところ、彼はひと頻り笑ってから、「ゲームより面白いよ絶対」と好戦的に唇の端を上げた。

 しかし付近に人影や光源はない。「ごめんなさい、私の空目だったかもしれないわ」

「せっかくだからお花とか見ようよ。触ってもいいのかな。全然かわいくないけどね」

 右クリックが変な薔薇に『延命剤って言葉知ってる?』と問いかけているのを側で眺めていたが、迫りくる会話に戦慄して身を屈めた。裏手の西扉だ。

 案の定、ドアが開いて武装者たちが現れる。面倒な奥部に嵌ってしまった。

 枝葉の隙間から、3人の男がアルジラ兵であることを確かめる。「タイミング最悪ね」

 聞こえてくる遣り取りに絡む、中央司令部、焼却、破壊、殲滅、ハビ隊長という単語。今はまだ計画の段階らしいが、気迫に満ちた奇襲プランだ。アロゥを取り出し、仲間とヌエに急報を発した。夜明け前に決着をつけてハロルに帰りたい。

 雰囲気から察すると、兵士は新人なのだろう。「チュートリアル用の敵みたいだわ」

「降伏させる?」念のため訊いた、という仕草で右クリックがこちらに目線を合わせ、すぐに逸らした。「どうせ裏切るよ、他人なんて。最初から嫌ってくるし」

 ほぼ同じことを考えていた。ステルス戦に使える投擲物は、先刻『VALEtヴァレ』のベンチで貰った果実水がある。「これで攪乱するわ」

「OK。5秒後によろしく。また寮でゲームしよう」彼は陽気に言い置いて場を離れた。

 時間を数え、遠くに放ったはずのボトルが新人の頭に直撃してしまったけれど、右クリックがナイフで仕留めてくれたようだ。冷酷な鉄槌を想像させる、地面に向けた3発の追撃。彼の殺し方を見ると、本当は人の悪意が怖くて狂おしいのだろうと思う。

 硝子の内側に生存している『人間らしきもの』は自分たちだけになった。

 長い袖でピースを隠した右クリックが戻ってくる。「地獄に堕ちそう。困ったね」

「残念だけど私たち、地獄にすら行けないわよ。中央司令部の警備に加わりましょう」

 彼ひとりだったら、安全のために敵を二度殺したりはしなかっただろう。この島に来たことも、何か光ったなどと口にしたことも後悔している。

 労りのつもりで右クリックの頬をあたためてみたけれど、変な薔薇の視線に気づいて恥ずかしくなってしまった。その想いも一瞬で過去に呑み込まれる。

 斃すことができない、時を司る幾億の歯車。命は皆、死を見据えた気高い敗者だ。

「ミシェル、いつもやさしいよね。僕たちのこと好きだよね?」

 肯定の笑顔で頷いた。右クリックはとても嬉しそうだ。なのに、なぜか空しい。

 本人の代わりにパジャマの第2ボタンを留めた後、意味もなく外した。

「寒いからもう1回閉じてほしいな。……どうしたの? 泣いてるの?」

「そんなはずないでしょ」

 草花の沈む青白い夜が、心を削いだやすりの影を目覚めさせる。求められているのは、悲しい瘢痕からにじみ出す愛ではなく、もっと綺麗で明るいもの。

「『ミシェルがいなくても生きていける』って言ってみて……」

 瀕死の声で、強がりな嘘だと叫ぶように。



                                 credit 34 end.

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