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レッド・ポイント  作者: satoh ame
32/38

credit 32 迷夢学


 ユイはミシェルとともに、棟から疾走5分ほどの『Cosme = Escalation!』に辿り着いた。避難勧告を躱し、店内に残存している中等部生の男女を保護しなければならない。

 先刻、西の哨戒塔に『不気味な音がする。助けて』と当事者のアロゥから連絡があり、捕吏ほりが人員の配備に頭を悩ませていたので自分たちが名乗り出た。

 仲間と不料簡ふりょうけんの罪を分け合い、警報を無視してパエリアを囲んだことは秘密だ。疲弊していた良嘉ヨシカと右クリックは厨房横の長椅子で休ませている。

 郊外らしい巨大なコスメショップに近づいてみたが、周りの路面店と同じく消灯済みで、人影などは見当たらない。広々としたメインストリートは往来もなく沈黙している。

 侵入の痕跡がないことを確かめ、洋館っぽい店の裏手に回り込む。教えられていた中等部生のアロゥにかけてみると、女の子の弱い声で『はい』と応答があった。

「スタッフ用のドアから出て。西の哨」

「ユイ!」ミシェルが鋭く会話を遮る。「足音が……! 捕吏の靴じゃないわ」

 彼女の目を見て頷き、『隠れていて』と訂正のため口を開いた刹那、慎重な解錠音に続いてドアノブが動いた。このまま生身の島民を連れて、路上や草原を進行するのはリスクが高すぎる。敵を殲滅してから救うことも考えたが、自分とミシェルが著しく負傷した場合、中等部生の命が危ない。咄嗟の判断で彼女と建物に入り、素早く施錠した。

 段ボール箱が雑多に積まれたスタッフルームで、ふたりの制服がこちらを観察している。夜目が利くまで少し待つと顔が見えた。「わたしは惟。彼女がミシェル。士官学生」

瑛奈エナと、つき合ってるリッくんです。中等部の2年です。本当にすみません」

 暗がりでもわかるほど華やかなメイクをした、緩い三つ編みの女子&淡い長髪にクマ耳のカチューシャを着けた男子。彼の名前はリッでいいのだろうか。

「謝らないで。流れに抗うのは悪いことじゃないわ」ミシェルはふたりに物音を立てないよう助言し、最上の3階までの順路をフロアマップで確認している。

 店内を統率する大人びた香り。お洒落な可愛さは評価できるが、窓が多すぎて無防備な印象の建物だ。不測の事態に備え、ミシェルの同意を得て仲間に協力要請を発信した。

 休眠中のエスカレータを上り、奥まったコスメカウンターの裏に身を潜める。非常階段の先は屋上だ。任務に関しては、中等部生の死傷を防ぐことを最優先事項とする。

 ふと隣を見ると、瑛奈の様子がおかしい。「どうかした?」

「ネックレス失くしたみたいで……。さっきまであったのに。探してきます!」

 走り出した彼女をリッが追いかける。「瑛奈! 待って!」

 エスカレータの直前で、彼が瑛奈の腕を捕まえてくれたことに安堵したものの、それを振り払った彼女がよろけ、停止した段差を踏み外して大きな音がした。ブレザーのポケットから零れたコンパクトが、元気に弾みながら2階まで落ちていく。

「エナちゃん、ケガはない?」駆け寄ったミシェルが彼女を助け起こした。

 リッも瑛奈に手を差し伸べる。「ごめん……。別れるって言わないで」

 吹き抜け部分から、1階を照らす複数の光線を捉えた。敵はおそらく店の外だ。危機の急迫が他の3人にも伝播した。

「見つかったら容赦なく殺される。ネックレスは後で探して。わたしも手伝うから」

「……これ、お詫びに貰ってください」瑛奈が泣きそうな顔で、こちらに2本のリップスティックを渡してきた。「昼にここで買った新品です。あたしより似合うと思います」

 立場上断るべきだが、好意の返戻で悲しませたくない。「ありがとう。大切にする」

 不穏な中、同様に礼を言って受け取ったミシェルが、「急いでさっきの場所に隠れて。私とユイが死にかけても冷静に」と口早に告げ、不安げなクマ耳に瑛奈を託した。

 光の数とイコールであれば、敵は4体。この階に近づけないよう下で始末すべきか。

 銃を握ったミシェルの表情が険しい。「非常階段で下りましょう」

「OK」きびすを返したタイミングで発砲音が轟き、正面のガラスドアが吹き飛んだ。しかし何秒待っても敵が突入してこない。

 缶が転がる軽快なノイズ。脅威の速さで紫色の煙が拡がっていく。確実に窮地だ。

「逃げて! たぶん『HOMICIDEホミサイド撃壌ゲキジョウ』!」

「え?」ミシェルは、ほぼ間違いなく毒殺学の講義に出席していない。「劇場?」

「早く、あのふたりも屋上に! 絶対に吸わないで!」


 瑛奈とリッを連れて柵のない屋上へ。とにかく隣の建物の状況を知りたい。先回りされていたらまずいことになる。この場に佇んでいても死ぬけれど。

 不意打ちで響く銃声に息を呑んだ。連射の速度で4発。すべて一撃で仕留めたのか。

「右クリックね。あまり食べなかったから心配してたけど、持ち直してよかったわ」ミシェルは今後も仲間として、彼に清潔な愛情を注ぐつもりらしい。

 毒が長く残るので下の階には戻れない。設備の凹凸を避け、細い余白で助走をつけて1.5mほど跳躍すれば、カフェの屋上に移ることができる。

「落ちそう」、「嫌です」と中等部生ふたりに拒否されて困っていたところ、赤地に白のペイントが絶望的に派手な、お揃いの『sakebou midnight』たちが対岸に現れた。

「こっちは大丈夫だ! 早くしろ!」良嘉が瑛奈とリッを受け止めてくれるようだ。

 右クリックが含みのあるピースで微笑んでいる。「敵の死体は見ない方がいいよ」

 扉の隙間から忍び寄る毒霧の鉤爪。「お願い、生き延びてほしいから先に行って」

 リッ、瑛奈の順で強引に跳び移らせ、ミシェルを送り出す。煙が靴に触れた直後に熱っぽい眩暈が凍り、鼻と口から伝う血を手の平で抑えきれない。「最悪……」

「何やってんだよ!」

 軽く助走をつけてこちらに跳んだ良嘉が、躊躇いなく自分の身体を抱え上げたような気がした。視界が色を失くし、梯子に似た無数の四角で乱れていく。

 それでも今、仲間のあたたかい胸か肩に頬を押し当てていることはわかった。

 怖くなって良嘉の服を掴んでしまったかもしれないけれど、彼もすぐに忘れるだろう。

「置いて行けばいいのに……」どうせ死なないのだから。

「しっかりしろ。見捨てたりしねえよ」

 貰いもののリップカラーがもたらす『ときめきの魔法』を意思の力で封じ込めた。

 恋も愛も、いつかは滅びゆく支えだ。



                                 credit 32 end.

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