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レッド・ポイント  作者: satoh ame
23/38

credit 23 落果学


 ユイは、音声通話を終えたアロゥを握って立ち尽くした。南のシェルター内にある休憩スペースは仄暗く、壁際に置かれたべベール様の筐体が眩しい。

 番号はヌエに訊いたのだろう。先ほど西の医療ステーションから着信があった。良嘉ヨシカと右クリックがバイクの事故で怪我をしているという。努めて冷静に情報を処理したけれど、『あなたの仲間の口が悪い学生さんと、パジャマを着た茶色い髪の方ですが、いろいろな意味で対応に苦慮しております。島は不良の遊び場ではありませんので弁えてください』の言葉で青褪めた。男子が問題を起こしすぎている。ミシェルも患者になった今、無事なのは自分だけだ。休息の白いベッドが少し羨ましくなる。


 南の捕吏ほりに事情を話したところ、車で西のパティシエ養成所付近まで送り届けてくれた。屋上で渡しそびれた銃がポケットに入ったままだ。

 よく見ると一帯のアスファルトに過激な血の跡があり、あのふたりが微妙な混ざりものだったことに安堵した。背景は違っていても、それぞれ皆、死という避難路を失くした痛手を深刻に受け止めているはずだ。端末越しに聞いた仲間の、明け方に自殺することを隠しているような暗い声が、胸に破れた付箋を残している。

 ほんの数分でそれっぽいスクールに辿り着いた。出荷する子どもを育てているのか、無駄に大きい洋風建築の他に、倉庫&学生寮らしき屋舎が並んでいる。灯りは消えていて、敵も捕吏も見当たらない。窓から狙われることを警戒し、敷地を囲う果樹園に回り込む。土の匂いと戯れながら、葉の茂りとフルーツのあいだに身を潜めた。

 しばらく本館の様子を窺っていたが、みはりはいないらしい。侵入経路を探しに行く意志を固めた直後、11時の方角から電動シャッター特有の金属音が響いた。建物の構造的に、製菓材料の搬入口だろう。距離は30mくらいある。

 敵が大量に湧いてきた場合の勝算はほぼゼロだ。敗北もやるせないが、変に張り切りすぎて、単位のためなら人倫をアンインストールする奴だと囁かれるのも辛い。

 やがて奥の暗がりから複数の兵士が現れた。銃で脅され、手首を粘着テープで縛られた男たちが、捕吏の制服を着ていてぞっとする。人質は4名。アルジラ兵は6名か。レザールに不都合な要求をするつもりなのは確実だ。殺害される前に救出しなければ。

 予測した通り、島の捕吏が次々と樹に括りつけられている。奪還には狡知と技量が必要だ。単独行動による窮境が自業自得だとしても、ここで指揮科の矜持を捨ててはいけない。

 打開策を求めて周辺を観察している最中さなか、巻き上げられたシャッターの向こうに小麦袋のタワーを見つけた。撃てば粉が舞い散るだろう。軍事科の専門域だが、自分の下手な銃操作でも、爆発させて敵を攪乱することは不可能ではない。

「たぶん大丈夫……」火薬樽はないけれど、隣にフォークリフトがある。エンジン式であれば車体後方にガソリンが入っているはずだ。やるしかない。

 倍速の刻みを意識し、高く積み上げられた小麦の袋を連続で4度撃つ。白く煙るのを見越して、狙いをつけておいた燃料タンクへすぐさま発砲する。

 失敗したかと冷たい汗が滲みかけた瞬間、地鳴りに似た爆音とともに炎が炸裂した。

 走って熱風の渦へ飛び込み、転倒した敵の背をナイフで貫く。急いで最寄りの樹に縛られている捕吏を解放した。白煤の中でふたりめの兵士を仕留める。

 夜風のせいか、視界の回復が速い。敵の銃口が自分の右目を狙っている。けられない、と唇を噛んだ刹那、アルジラ兵の額に点状の穴があいた。「伏せろ!」と渋い男の指示。ナイフを掴んだまま反射的に屈んだ。助けた捕吏が、敵のマシンガンを拾って援護してくれているらしい。3秒も経たないうちに辺りが虚ろな静寂に包まれた。銃声の残響で現実が歪み、傍らの死体が遠く感じる。

 立ち上がって人質のロープをほどいた。誰も致命傷は負っていないようだ。

 射撃の男は周囲を警戒しつつ、こちらを向いて言った。

「協力に感謝する。気をつけて帰りなさい」

「そうします。さようなら」西の班に加わることは初めから望んでいない。戦力と見做されなかった一抹の悔しさは、自戒を込めて篋底きょうていに秘すべきだ。


 捕吏たちと別れて畑の道へ戻る途中、果樹園から梨をひとついただいた。落ちていた葉を紙幣で挟み、スクールのポストに入れる。笑顔を作る洋菓子ではなく、戦場の血飛沫を選んだ自分は、きっと何も間違えていない。なのにときどき癒しの蜜がほしくなる。花畑に絆された者は惨い死に方をするとわかっているけれど。

 命の裏を知りすぎても、知らなすぎても、果物の載ったケーキは運ばれてこない。皿に置かれていたのは、殺傷沙汰に魅せられたナイフと、濡れた衣服に体温を奪われていくような絶望だけだ。

 疲れ果てたとき、誰かが着せてくれたカーディガンで、健気な犠牲者を装えたら幸せだった。労わりを持って他者を庇護できる人になりなさい、という教示かもしれない。

 暗い細道を歩きながら、梨をいでしまったことを後悔し始めていた。だから、自分には似つかわしくない果報の象徴を握り潰して、咎のはざまに堕ちようか迷っている。叱ってくれる人のいない不道徳は、孤立を深めるための試練だ。

 梨は見舞いの品にして、医療ステーションに謝罪した後、良嘉と右クリックが眠っているところを眺めに行こうと思った。自分がされたら怒るかもしれないけれど、人が消えるのを待ってから、男子の素っ気ない目元に楽しく触れてみたり、無防備な襟の隙間に指を差し挿れて、肩の輪郭をくすぐってみたりするのも悪くない。

 倦怠と屈折に憂えているのは皆同じだ。持て余した自省の棘のいくつかを、血の通ったやさしさに換えられたらいい。穢れた両腕にできることは限られていたとしても。

 清く透んだ酸素が不意に、青春の恋物語を回想させる。哀れな衝動で人を貶める奴らが、自分の中にある貸切のシアターをわらってくれたら最高だ。偶然出会えた作品に、美しい痛みを見つけたときの胸の熱さを、衆敵たちと語り合うつもりはない。

 複雑化する精神と、出口の見えない感情の迷路。治ったはずの怪我から薬のPTPが零れ落ちていく。傷だらけになって死んでいけるならまだましだ。

 心を開かなくても、「明日終わる。永遠じゃない」と慰めてくれる嘘つきの命を、風説の雨から庇うように強く抱き締めたい。



                                 credit 23 end.

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