credit 22 輪禍学
右クリックは、待ち合わせていた西の正門脇に良嘉を見つけた。彼は気難しさの表れにも、心理的防御にもとれる腕の組み方をして、やさぐれた薄い背中をフェンスに預けている。Tシャツの他に、スエットの下とスニーカーも貸し出して貰えたようだ。
「ごめん、待った?」元気なピースで再会の喜びを表現してみる。
良嘉は慣れた仕草で躱し、怪しい紙袋を押しつけてきた。補佐の血で滅茶苦茶になったと思われるマウンテンパーカから柔軟剤の香りが漂っていたので、棟の職員が洗濯の魔法で甦らせたのだろう。彼の不良感を気に入ってくれた故の親切かもしれない。
「プレゼント? 爆弾じゃないよね?」冗談めかして中を覗くと、分厚いクラブサンドが整列していた。「えっ、ありがとう! お腹空いてた! ……良嘉は? 食べた?」
「全部おまえのだ。俺はいい」醒めやすいのか、完成品には興味がないようだ。
「ふたり分あるじゃん。食べなよ」強引に渡した熱いサンドを、良嘉が渋々といった感じで受け取った。「ベーコンと卵のやつだよね。嬉しいな」
フェンスに凭れ、焼いたパンと具をいただく。水の調達は後で構わない。
「良嘉、僕の口拭いて。ソースついてる」指でそれっぽい部分を示す。「ここだと思う」
彼は露骨に蔑みを浮かべて「自分でやれよ」と吐き捨てながらも、同じ赤色の袖で雑に拭ってくれた。友愛は、少し味気ないくらいの方が面白い。
「ありがと。ねえ、バイク借りてみない? 加勢するつもりで連絡したのは嘘じゃないけど、本当はミシェルが泣いてるとこ見たくなくて逃げてきちゃった」
警邏用バイクのレンタル交渉に成功し、敵影があったという海沿いの製菓スクールへ出発する。運転は良嘉に任せた。走行音で会話ができないので、予め無線接続したアロゥにイヤホンを挿している。
「最後は仲間に看取られたいよね。暇だから演技でやってみない?」
彼の白い身体に強く腕を回すと、何か言いたげに一瞥された。命を大切にしていない同士の不毛な遣り取り。この先も大人にはなれないし、ならないと決めている。
久しぶりに、パジャマの内側を大胆に吹き遊ぶ風の涼しさと笑い合った。
「もっとスピード出してよ!」舗装されてはいるが、道の左右が延々と森の景色だ。
「島民轢いたら危ないだろ」人間より動物を撥ねる確率の方が高そうだけれど、良嘉は密かに惟の落第因子を取り除きたいようだった。彼女が進級したら寂しくなる。
山間を下っていくと広めの車道に辿り着いた。細い街灯の、慎み深いオレンジが夢の素晴らしさを説いてくる。「どうしよう。眠くなってきちゃった」
「起きろ! アルジラ兵だ!」
慌てて前方を確認すると、自分たちの進路と交差する道で、武装した不審者が街灯の軸に何かを巻きつけていた。設置に戸惑っているのか、動きがぎこちない。
「作業遅すぎ……。邪魔だから殺すね! まっすぐ走って!」
ハンドガンで敵の手元にある爆弾本体に狙いを定め、すれ違った1.5秒後に発砲する。命中したことが感覚でわかったので、振り返らずに音だけを楽しんだ。
「今の最高だったね! 単位貰えるかな!」
「知らねえよ」
言葉はぞんざいだが、良嘉も上機嫌だ。こういうとき、いつか自分だけが置き去りにされる切なさが胸を過るのはなぜだろう。幸せの裏側がとても怖い。
感傷に浸っているうちに、畑ばかりの区域に移動していた。崖下の黒く荒れる海。
「方角合ってるよね?」と問いかけてみたところ、彼は即座に「こっちだ」と言った。
「捕吏の人たちは? 静かすぎない?」重い夜風の渦が焦燥をかき立てる。
良嘉が車道をUターンし、標識を見上げながら呟く。「まさか全滅したのか……?」
現場に近づいているはずなのに、不自然なほど交戦の気配がない。
「とりあえず行ってみようよ。他にすることもないし」
彼は頷き、再び畑に挟まれた道を走り始める。
やがて向かいに、レザールのものと思われるトラック型の車両が現れた。捕吏を呼び止めて状況を訊ねたかったが、明らかに様子がおかしい。「運転酷いよね?」
良嘉も同じことを感じたのか、路肩にバイクを寄せた瞬間、自分たちを貫くように加速した車体が迫った。眩しさの限界で意識が途絶する。
暗闇から復帰すると夜空が見えた。派手に撥ね飛ばされたらしい。初体験の交通事故が、愛読漫画と完全に一致していて複雑だ。すぐ側から湿った土の匂いがする。
視線を移すと、アスファルトの上に奇妙な血痕が艶めいていた。頭くらいの大きさで、たぶん5つ。恐怖を伴う熾烈な痛みで起き上がることができない。他人に甘えたがっていた身体がもう、酸素さえ必要としていない気がして不安になる。しばらく戦闘は無理だ。
「……おい、大丈夫か?」凍死間際のような声の掠れで、良嘉も負傷していることがわかった。運が悪いのか、怪我が多くて可哀想なので、愛情を持て余した誰かが彼の不機嫌な黒髪を撫でているところを想像した。それでも本人は頑なに心を開かない。
こちらを轢き殺しかけた後、畑に突っ込んで横転したのだろう。夜の畦道に軋みを響かせ、車両のドアが真上に蠢く。予感はしていたけれど、登場したのはアルジラ兵だ。
武器を探す指がホルスターの縁に触れる。幸い銃が収まっていた。
敵は、額に手を遣ったまま蹲る良嘉を、マシンガンのレーザポインタで挑発し始めた。
ダメージのせいか、重なった2枚の絵が左右に離れていくように視界が乱れたが、発作的に首を狙ってトリガーを引き絞る。ここで仲間を破壊されるわけにはいかない。
停止したアルジラ兵は、こちらを睥睨しながら声もなく頽れた。
「良嘉生きてる……?」死の査証を灰にしたのに、人間らしくて愚かな質問だ。
「自分の心配しろよ。パジャマ破れてるぞ」彼は立ち上がって歩き出し、俯せていた兵士を豪快に蹴りつけた。「侵略犯、運転に気をつけろ! 轢き返してやるから何か言え!」
表層は冷淡だが、良嘉は捻くれすぎていて怒りの加減が下手だ。叶うなら傷んだ自分を抱き起こして、『ひとりで死ぬな』と胸の辺りに縋りついてほしかった。
散々殺してきたけれど、暴力のない世界に癒しを求めて墨色の空へ視線を戻す。
涙に似た可愛い星の煌めきが、閉じていく夏の歌みたいだ。
credit 22 end.




