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レッド・ポイント  作者: satoh ame
19/38

credit 19 夜想学


 良嘉ヨシカは、西棟の粋なキッチンで医療スタッフ用の食事作りに勤しんでいた。

 南のシェルターへ向かった厨房係の穴埋めを募集していたので、暇潰しに立候補してしまった。欠員は、ユイが保護した骨折少年の家族だろう。30分ほど前に彼女が返してきた、『敵に見つかったらゲームオーバー』の投げ遣り感に優等生とは真逆の性格が滲んでいたけれど、確実に敵を斃していて任務への取り組みは秀逸だ。

 静けさが耳に障り、壁に取りつけられている音楽チャンネルのボタンを押した。やがて、知らない誰かの歌が沁み入るように響いてくる。事の経緯はわからないが、愛されたいという切実な願いが報われてほしいと思った。儚い声で永遠を祈り合った恋の秘密は美しい。幻想界に託された純情の魔法だ。

 冷凍と真空の食材が豊富にあったので、缶詰、調味料を加えて、ペペロンチーノ、海鮮パエリア、チキンの煮物、ジャーマンポテトを仕上げる。加熱した野菜のスープを保温容器に移し替えたところで闖入者が現れた。心境を詮索される前に音楽を停止する。

「カイラのアロゥ見ませんでした?」

 笑えるほど、何度顔を合わせても親しみを抱かせない人物だ。少し長めの金髪に冷めた色の瞳が相乗し、ユニフォームを視界に入れなければ狡猾な手品師のようでもあり、猟奇犯に成りすました傀儡師にも思える。嫌味な態度を隠そうとしない潔さは高く評価した。

「本人が仲間と連絡を取りたいと言ってるんですけど」

「俺が探しに行くから代わりに配膳しろ」

 瀕死のカイラを運ぶことに必死で、端末の在処ありかにまで気が回らなかった。

「急いでないですよ。また眠ってしまったので。重傷ですから、くれぐれも刺激しないでくださいね」スクラブ男はフライパンに載っていたヘラを手に取り、ソースの残骸を舐めた。「不行跡な学生さんが作ったとは思えない出来栄えですね」

「気に入らないなら床にぶち撒けろ」

 男は演技じみた仕草で首を傾げた。困っているのではなく挑発だ。「学生さんが秩序を乱しているとヌエに報告しても構いませんが……。次は診療を放棄しますよ。深手を負うほど、修復に時間がかかって苦しむようですね」

「その通りだ。脅されても言いなりにはならない。二度と俺に触るな」


 記憶を辿って断崖までのルートを引き返した。草木の匂いを溶かした夜風が、Tシャツの内側をすすいで海の方へ駆けていく。

 派手なステッカーが貼られたカイラのアロゥは、洞窟内にあるサーフボード石の近くに落ちていた。厚意で譲られたスエットを穿いてきたけれど、拾った端末をポケットに突っ込もうとしたとき、人のものを私物のように扱った自分を否定する。

 帰路の半ばでふと思い立ち、丘の上からメディカルセンターの方角を眺めてみた。

 遠くで瞬く閃光のせいか、右クリックが楽しく敵を破壊している様子が浮かんでぞっとする。軍事科の学生が問題を起こしがちだという話は事実だが、急襲する場合は好戦的で頼りになる。

 振り返って海を見ると、タイミングを計ったように夜空が翳り、水面が黒いインクみたいに不吉な色をしていた。息苦しい環境の変化に疲れたので、少し休んで出直したい。


 西棟の建物に入った直後、右クリックからモールスが届いた。誤って覚えているらしい符号を正すと『捜索中だった男の子、人違いじゃないよね?』で合っているはずだ。

 意味不明な内容に惟が『患者用リストバンドc-04-7128 確認して』と発信してきた。趣味でナンバーを暗記していたようだ。

 数十秒後に、『担当の研修医が「ノア君の番号です」って言ってる』とミシェル。

『屋上のアルジラ兵は肉片に変身したけど、ホテルの中に残ってた奴が降伏しろって合図送ってくるんだよね 人質は初等部3年生くらいの男の子 制服着てる』

『それ、ノア君の友だちかも』と惟が碌でもない可能性を示唆してくる。

『面倒なことになったね 無傷で救出できるかな』

 人質登場の報せには驚いたが、子どもに万が一のことがあれば惟の単位も絶命する。

 責任を感じているのか、あるいは独自の戦略を試したいのか、『銃撃は止んだから私に任せて』とミシェルが強攻の意思を伝えてきた。見かけの印象より発砲の精度が高いので、彼女に委ねることに異議はない。高層階から侵伐犯を射殺するつもりだろうが、そいつが男なら姿を晒して適当に篭絡する方法もある。気合いの入ったドレスでパーティに出かけていく割に、いつも救護科らしい清潔な爪をしていて、ミシェルが手を汚さずに生きる道を選ばなかった理由を想像できない。

 自分の戦力が全く必要とされていないことを確かめて通信を切った。

 今のところ西のエリアは無風状態だ。考え事に嵌るのが怖くて、不謹慎ながら南の騒動が羨ましくなる。敵を討つという目的に集中しているあいだは、精神がくだらない悩みを掬い上げようとしない。

 カイラのベッドに端末を添い寝させて調理場の階に戻り、閉じた空間に音楽を流す。

 自分に向けられたものではないのに、感傷を飼育する痛みや、日常の倦怠についての独白めいた歌詞を追っていくと、よき理解者に出会えたような錯覚に陥るのはなぜだろう。

 これまでに何度も他人を遠ざけて、深く繋がることを拒んできた。疑ってもきりがないのに、『信じて? 味方だよ?』と声を発する仮面を見つけようとしてしまう。喜びを掴んだ誰かの笑顔に銃弾を浴びせる世の中で、寛容と柔順は飛び降りの練習と変わらない。

 暗闇からの招待なのか、血の通った楽曲に卑屈なもつれをほどかれ、培うべき素直さを示されているようにも思えた。

 寮の仲間とは、今の関係で上手くやっていけたらいい。ひとりになりきれていない自分も、胸のどこかで愛されることに憧れているとしたら、それは一時のまやかしだ。

 学園の内外に敵が増えていく現象には慣れてしまい、嫌う価値すらない命を緩やかに蔑んでいる。

 人間として、透明な寂しさを抱えきれないほど感じる夢に溺れてみたかった。

「誰だよサイレン鳴らした奴……」アルジラ兵が西の区域に侵攻してきたらしい。

 戦場は、漆黒の瓦礫が迷い込むモノクロの嵐だ。



                                 credit 19 end.

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