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レッド・ポイント  作者: satoh ame
15/38

credit 15 探索学


「何かしら、あれ」

 フードの紐を弄んでいたミシェルは、ヒルデと須磨スマを伴って目的地へ向かう途中、不自然に徐行している車を見つけた。時間が溶けているようで奇妙な動きだ。

 同じくそれに気づいたヒルデが、「顔見知りの捕吏ほりが乗ってる」と言うので合図をして呼び止めた。

 深緑色のスロウな車体が歩道沿いに停まり、普通の速度で助手席側の窓が下がる。乗員は、捕吏の制服を着た2名。運転していた男性がヒルデに弱い会釈をした。どちらも、シェルターに避難しているはずの非戦闘員が歩いていたことを怪訝に思っている様子だ。

「あなたはこの島の方ではありませんね?」と助手席から低い声が問いかけてくる。

「旅行中の士官学生です。失礼ですが、なぜゆっくり走っているのですか?」

「実は先ほど、東の区域にワイヤ爆弾が仕掛けられていたと報告がありまして……。以降、警戒体制で巡行しています」

 事情は理解できたので、風に舞う後れ毛を押さえて依頼を告げた。「私は残りますが、ヒルデさんと須磨さんを安全な場所まで送り届けていただけませんか?」

「ええ、構いませんよ」運転席の捕吏が後部のドアロックを外す。「乗ってください」

 白衣の研修医が一歩下がって固辞した。

 隣のヒルデは酷く戸惑っている。生死不明の配偶者のこともあって疲弊していたのだろう。同じ立場なら、ユイは絶対に彼女を置いて行くと言う。

「避難してください。私は大丈夫です」後部座席のドアを開け、ヒルデの腕に抱かれたままの小さなタヌキごと、強く促すように中へ導いた。

「ミシェルちゃんも行かない? その綺麗な顔に怪我をしたらたくさんの人が傷つくでしょ。可愛らしく生まれたのに、命を大切にしないなんて……」

 心配してくれている彼女の気持ちは痛いほど伝わってきたけれど、流されて頷くわけにはいかない。「ありがとうございます。でも私は鑑賞用の人形ではなく、ひとりの戦員としてレザールへの協力を申し出ました。なので応援していただけると嬉しいです。……ヒルデさん、どうかご無事で。また会いましょう」


 車両を見送った後、3分ほど走ると件のメディカルセンターに辿り着いた。

 手の甲で首回りの汗を拭う。「後悔するかもしれませんよ。本当にいいんですか?」

「はい」須磨は社会的な仮面を脱ぎ去るように俯いた。「この仕事を始めてからずっと、患者さんを死なせたりする前に殉職できたら幸せだと思っていました。最低ですね」

 それでも彼を犠牲にする理由はない。「『治してあげる』、『救ってあげたい』とか言っている人たちより謙虚で素敵ですよ。向いていらっしゃるのでは?」

 改めて見上げると、建物は6階まであり、島の雰囲気とは相容れない都会的な外観だ。この先は何が起こるかわからないので、メンバーには『今後モールス希望』と連絡しておいた。アロゥを振動に切り替え、腕時計のベルトを駆使して肘と手首の間に巻く。

 すぐに返事があった右クリックと惟は元気そうだが、良嘉ヨシカからの応答がなくて気がかりだ。反抗心溢れる卑屈な態度で非行をちらつかせているけれど、仲間同士でランプの熱を分け合うように生きるのもありだと、寮の調理場で伝えたかった。

 須磨からの提案で、目立たない位置にある医療従事者専用の扉から館内に入った。

 足元の常夜灯は儚げで、暗闇の閉塞が奇怪な死を予感させる。「まずは中庭ですね」

 壁際に並んでいた長椅子に、罪人が毀損した改悪映像作品を持ち上げるTV誌が置かれていたので丸めてゴミ箱に捨てた。群盗たちが策動していて理不尽な結末ばかりだ。

 本人の意思に反して避難を勧めてしまったけれど、須磨の慣れた足取りを頼もしく感じた。マップの難易度のせいか、ひとりではきっと迷子になって到達できない。


 準備不足の自省を込めて武器の相談をしたところ、救急エリアで滅菌済みの医療アイテムを渡された。ケースに入ったメスは上着のポケットに仕舞い、長く尖ったハサミを袖口に潜める。どちらも遠距離戦には不向きなので、捕吏から銃を借りておくべきだった。

 再び通路を進み、やがて立ち止まった須磨が硝子扉を押し開ける。「ここです」

 僅かな灯りを保っていた中庭は、見晴らしのよい広場といった様相をしていて、男の子がいないことはすぐに確認できた。

「病室にいてくれるといいんですが……」須磨は深刻そうに続けた。「名前はノア君です。ミシェルさんより濃い茶色の髪で、細身の体型です」

 患者の情報を明かす必要に迫られ、躊躇いと葛藤があったようだ。

「任務以外では喋りません。不真面目なファッションの方向音痴は信用できませんか?」とからかってみる。「冗談ですよ。これでも一応、守秘学の試験は受かりました」

 階段を上り、須磨の案内でノアの病室を訪ねる。しかし、さほど面積のない空間には、乱れかけたベッドと消毒液の匂いしか残っていなかった。骨折で速く歩けない状態であれば、警報の鳴っていた屋外に出るとは考えにくい。

 いつの間にか姿を消していた須磨が、閃光めいたライトを手にして駆け寄ってきた。

「だめ!」咄嗟に彼の腕を掴み、光源を下に向ける。

 刹那、カーテンの開いた窓が破裂するように飛散した。反射的に身を伏せる。

 須磨から奪い取ったライトを乱暴に投げ捨てた。「部屋を出て! 早く!」

 何が起きたのか理解できていない研修医を引っ張って破片まみれの廊下に戻る。

 規則的な間隔で殺害される病室の窓。華々しい銃声と硝子の悲鳴に追い詰められていく。

「須磨さん、無事ですか?」太い柱を盾にして安全な移動ルートを探したが左右とも危険だ。「おそらくライフルです。まだ動かないでください」

 彼の白衣の袖に血が染みているけれど、数分で死ぬほどの重傷ではないと思いたい。

「ぼくのせいですみませんでした……。ノア君はあなたの患者ではありません。アルジラ兵も子どもを撃ったりはしないはずです。遠慮せずに逃げてください」

「せっかくですからこのゲームを攻略しましょう」挑発的な台詞で外見の印象を歪めてはいけないと思い、敵部隊への報復企画を口にするのは控えた。「私は戦います」

 もう、赤やピンクの花びらが降り注ぐ日々に辟易してしまった。平和の生贄にはなれないけれど、誰かのために立ち上がれたなら、顔に怪我をしても最高にロマンティック。



                                 credit 15 end.

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