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レッド・ポイント  作者: satoh ame
13/38

credit 13 配達学


 哨戒塔上層の窓からも、海岸沿いの爆炎を眺めることができた。

「すごいじゃん」右クリックは、仲間の几帳面な仕事に感心しながら螺旋階段を下りる。

 しかし約20分後、輸血の在庫が足りないので届けてほしいと西の医療ステーションから要請があった。補佐が銃撃され、同行していた良嘉ヨシカも負傷したようだ。

「僕行きますよ! パジャマのままでよければ」

 優等生ぶって挙手した結果、男性事務員の運転で現場へ向かうことになった。真人間から吸い上げた博愛精神120%の血液を積んで、地下フロアから迷彩柄の車に乗り込む。

「右クリック君、でしたよね? ドラマの主題歌2曲分くらいで着くはずです」

 堅苦しくネクタイを締めた男性が、助手席に視線を遣って微笑みかけてくる。胸ポケットからIDカードが薄く透けていたけれど、彼の名前は読み取れなかった。

 車両は滑らかに走り出し、舗装されたアスファルトの上を進んでいく。深い夜の色だ。

 途中、清々しいほど貸切の直線道路で、ゴールテープのように張られた不審なワイヤを発見した。電柱に括られた爆薬にぞっとする。

「停まってください! 停めて!」

 急ブレーキの圧で一瞬息が詰まった。

「どうしたんですかっ?」

「ワイヤ爆弾です」と赤いランプが明滅する小箱を指で示した。「ひとつだけとは思えません。他のエリアにも注意を呼びかけてください」

 男性が通信している隙に検討し、この先の車移動は危険と判断した。

「あの、僕がここから全力疾走した場合、目的地までどれくらいかかりますか?」

 彼は伝達を終えたアロゥを口元から離す。「長編映画のエンドロール程度ですね」

「わかりました。僕ひとりで行きます。しばらく経っても到着の報せがなければ追加の血をお願いします。……運転してくださってありがとうございました。ご無事で!」

 後部座席から取り出した医療用バッグを肩にかけ、戸惑いの面持ちで車を動かし始めた男性を見送る。悪戯な好奇心で件の爆弾に近づいてみた。「何これ。初級のやつじゃん」

 予めドライバーを借りておいてよかった。仮死状態にしてワイヤごと回収する。

 目視で西の塔の先端を確認しつつ、狙撃されないよう林のルートを選んだ。


 焦りを抱えて鬱蒼とした道を急進している最中、背後に追跡の気配を察知した。若干の距離はあるが、靴底で枝を踏む乾いた音が聴こえる。暗闇に浮かぶ輸送バッグの水色が目印にされているのだろう。耳を傾けると、敵同士で交わす無線の内容が把握できた。

 このまま走れば振り切れる可能性が高い。しかし後方からの襲撃で戦闘不能に陥った場合、補佐を救える希望が途絶する。託されたものを確実に届けることを優先すべきだ。

 迷った末、回収したばかりのワイヤ爆弾を樹の間に仕掛け直した。追跡者はきっと同じ道を通る。

 再び西の方角へ駆け、半ば無意識に振り返ったとき、飛散する肉体の悲鳴を封じるように爆破の威力が林を揺らした。かつて、音を立てずに消えていく命を悼んでいた自分が、殺人の感傷に浸るための微々たる聖性すら放り投げたことに失笑を抑えられない。観光より死闘。最高の夜だ。


 正門から仄暗い西の施設に入り、若葉の徽章をつけた女性の案内で医療階へ。

 待機していた術着のナースに輸送バッグごと善人たちの血を渡す。受付の職員に良嘉はどうしているか訊ねてみたところ、謎めいたルームナンバーを告げられた。

 立ち去りかけていた捕吏ほりの女性を呼び止め、東宛の到着連絡を依頼する。

 教えられた番号を訪ねると、良嘉は淡いグレーの病室で気怠く自分の指を見つめていた。眠るつもりはないようで、ダウンライトを点けたままベッドの背を起こしている。

「大丈夫? 届けもののついでに来たよ。列車のあれ、引き受けてくれてありがとね」

 側へ行ってよく見ると、彼は出所不明の真新しいTシャツを着ていた。薄い肩には大きすぎて襟元が弛んでいる。殺伐としたガーゼの凹凸。毛布からはみ出した右足も派手に負傷したらしい。卑屈な病癖が暴走して、きっと今夜も自分を大切にできていない。

「撃たれたんでしょ、胸のそれ。痛い?」

「いや、指摘されるまで気づかなかった。足は痛い。『罠の会』、この島にも来てたのか」

 自虐っぽく笑いながら、良嘉は不安をはぐらかすみたいに服の襟を弄んでいる。僅かに開き、怯えるように閉じた唇を見て、補佐の詳しい容態を知りたかったのだろうと思った。

「良嘉のせいじゃないよ。……身体辛いなら諦めて寝たら?」

「適当なこと言うな」余りある反発心だが、そろそろ限界のようで声が波立っている。

「夢怖いの? 手、握ってあげてもいいよ。さっきひとり爆死させて穢れてるけど」

 包帯から出ている指先を冗談めかして摘んだ瞬間、脅威の速さで振り払われた。

「献身的な接触は求めてない。おまえに直接言ったはずだ。忘れたのか?」

 台詞とは裏腹に、発した本人は切れ長の目の奥で自らを蔑んでいる。いつもそうだ。

「穏やかに眠りたいならミシェルに何か歌って貰えば? ユイも呼ぶ? 忙しくないか訊いてみるね」

 操作中のアロゥを掴んで止められた。だがその刹那、生温なまぬるい手が滑り落ちる感触に驚いて良嘉を見ると、彼は氷の聖堂で力尽きた学士のように睫毛を伏せていた。

 悪夢と引き換えの身体修復。やがて透き通った滴が頬と首を伝い、鎖骨の窪みの微弱な脈動に誘われて腕の方へ堕ちていった。濡れて煌めく線を、爪でそっとなぞってみる。

「触られるの嫌? 涙って流れ星の味するよね」

 愛情不足で錆びそうな良嘉の身体を寝具で包み、ミシェルがしてくれるのと同じように黒い髪を指でいた。

 朝までここで怠けるのもありだが、戦員として貢献しなければ惟の成績が危ない。

「東に帰るね。僕たちは留年確定だけど」

 仲間になってしまったらもう二度と、元の他人同士には戻れない。必然的な共鳴と絆。

「さっきの話、憶えてるよ。初めて喋った日に寮の廊下で、『俺に構わないでくれ。馴れ合う気はない』って。過去の受傷歴はお互い秘密にしよう。……良嘉、口悪いけどみんなのこと好きでしょ? 作る料理に愛があるよね!」



                                 credit 13 end.

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