バイオシグナチャーを信じて①
エウレカは舌打ちをした。
時々頭をもたげてくるスピカの意識が煩わしい。「ずっと眠っていればいいものを」思わずそう呟いた。
乙女の宮の食堂で、数人の使用人がバタバタと駆けずり回っている。その中にはアルデバランの姿もあり、それが視界に入る度に不愉快になる。
「アルデバラン、落ち着きなさいよ」
エウレカはそう言い、ホットコーヒーを一口啜る。口に入れるには熱すぎたようで、舌を火傷してしまい顔を顰める。
「だが、リブレ家から電話が先程も」
「仕方ないじゃない。堕ちちゃったんだから。そう言っちゃえば?」
「言えるわけないだろう」
アルデバランは苛立ちに任せて食卓を片手で叩く。クロワッサンを乗せた食器は音を立てクラクラ揺れた。
「タルタロスに堕ちたと知られれば、責任を追求される。そうなれば、君の悲願への道のりがまた遠のく」
「千年待ったんだから、そのくらい誤差よ。待てるわ」
「私が待てないんだ」
アルデバランはエウレカを振り向いてそう言った。エウレカにすっかり心酔している彼は、エウレカの願いが全てなのだ。
エウレカはくすりと笑う。自分を慕うこの男が可愛くて仕方ないのだ。
「もう帰らせたって言ってるんでしょ? その後に起こったことへの責任は負えない。そうでしょ?」
「しかし」
「リブレ夫妻が何か言ったところで、証拠がないなら追求はできない。知らぬ存ぜぬで通しちゃいなさい」
我ながらみすぼらしい策だとエウレカは笑う。しかしアルデバランは一旦納得したようで、エウレカの言葉に頷いた。
「ところで、お披露目はいつなの? しなきゃいけないんでしょ?」
「今日の即位の儀のことか。君は本当にこの世界に興味がないのだな」
「憎しみはあっても興味はないわ。まあ突っ立ってればいいんでしょ?」
エウレカはクロワッサンをちぎって口に運ぶ。濃厚なバターの香りが口いっぱいに広がる。
「本当は欠席したいところだけど」
エウレカは言葉をこぼす。アルデバランがため息をつくと、エウレカは冗談めかして肩をすくめた。
「冗談。後で行くわよ」
エウレカはクロワッサンを食べ終わると椅子から降りて服を叩く。スカートに落ちたパンくずを床に落とし、手についたものも払って落とした。
「怒らないのね」
「何がだ?」
エウレカに問われ、アルデバランは問い返す。
「ううん、なんでもないの」
スピカなら行儀の悪さを怒られたのだろうか。そもそも彼女なら行儀良く食べるのだろうか。そんなことを考えて、エウレカはくすりと笑う。そもそも自分はエウレカであり、考えるだけ無駄なのだと。
「時間がきたらさっさとやっちゃいましょ。スコーピウスを呼んで」
「君は本当に気まぐれだな」
アルデバランの呟きを、エウレカはカラカラと笑い飛ばした。




