光を燻しタルタロス④
スピカは目を開ける。
一面に広がる花畑は、全てアネモネのようだ。色とりどりの美しい景色の中に、スピカは立っている。
とはいえ、この景色が幻想であることは理解している。風に靡く自分の髪は金色であったし、真っ白な肌は透き通るように美しく、本来の自分の肌ではない。
遠くから男性が歩いてくる。彼はアネモネの花束を抱え、それをスピカに差し出した。
「僕にはこんなものしか用意できない。ごめん」
赤毛の彼は柔らかな声でそう言う。スピカの体は勝手に動き、アネモネの花束を両手で受け取ると顔を近付けた。
「あら。香らないのね」
口から言葉がこぼれる。
「よく嗅いでみて。爽やかな香りがしない?」
再度鼻を近づける。確かに、ほんの微かだが、シトラスのような爽やかさが鼻を抜ける。
「ブーケにどうかな」
「花言葉を知らないのね」
「え?」
「まあいいわ。あなたが選んでくれた花だもの。赤い花なんて、すごく綺麗」
幻影を見るのは二回目だ。スピカは慣れてしまったようで、まるで映画でも見るかのように落ち着いていた。
おそらくこれはエウレカの記憶なのだろう。そして、この締め付けられるような感情は、スピカもよく知っている。エウレカは、彼に恋をしている。
「竜に見初められるなんて栄誉なことだよ」
赤毛の彼は寂しげに目を伏せる。エウレカもまた、顔を伏せた。目は赤いアネモネをじっと見つめる。
「でも、私の心はあなたのものよ」
赤いアネモネを一本引き抜き、赤毛の彼に差し出した。
「あなたが持っていて。これが私の気持ちだから」
ぐるりと視界がひっくり返る。色が反転し、混ぜられ、マーブル模様から全て混ざり合った黒色に変化する。まるで投げ出されたかのように、スピカの意識は再び泥濘に沈む。
『見ないで。これは大切な思い出なの』
エウレカの冷たい言葉を聞きながら、スピカは再び眠りにつく。




