煌めく銀原と夢見の羊⑦
窓から差し込む光が、レグルスの顔を照らす。その眩しさに顔を顰め、ゆっくりと瞼を開いた。
窓の外はすっかり静か。聞こえるのは家鳴りだけ。暖炉の火はすっかり消えており、煤になった薪がくしゃりと潰れていた。
レグルスは起き上がり、隣のベッドを見る。ファミラナの姿はない。既に目を覚まし、屋敷内を見て回っているのだろう。そう考え、レグルスは彼女を探すべくベッドから降りた。
部屋は冷えており、スウェット姿のレグルスは身を震わせた。体験したことのない、キンと突き刺すような寒さ。驚いて再び布団に潜り込む。
前日は暖炉のおかげで部屋が暖められていたのだと思い出す。布団を体に巻き付けたまま、暖炉に近付いた。
適当な太さの薪を三本、暖炉の中に放り込む。マッチを一本擦って、火がついたそれを薪の上に置いた。
「んん?」
燃え上がる様子はない。それどころか、薪を焦がしただけの火は燻って消えた。再度試すが、状況は変わらない。
レグルスは、火のつけ方を知らないのだ。
「つかねえじゃん」
独りごちる。どうしたものかと考えあぐね、仕方なく布団から出て着替えることにした。
前日着ていた服は、全てシェラタン専属の使用人が、洗濯のために回収してしまった。部屋にあるのは、裏起毛のスウェットと、厚手のガウン。どちらも借り物だ。それらを着て、寒さに身を縮こませながら部屋を出る。
洋館は広い。とはいえ、宮殿の広さには敵わない。冷気が這う床を踏みたくなくて、跳ねるように足を動かしファミラナを探す。螺旋階段を降りて玄関ホールに向かうと、探し人はそこにいた。
ふらりと、覚束無い足取りで廊下から出てきた彼女は、レグルスの姿を目にするとパッと顔を輝かせた。
「おはよう、レグルス君」
「はよ。早いな」
ファミラナは普段と同じジャージ姿で、かじかむ手を擦り合わせ息を吹きかけている。
「こんな寒いのに、服借りなかったのか?」
レグルスはガウンを脱いでファミラナに羽織らせる。
「可愛すぎて着れなくて……」
へらりと笑いながら答えるファミラナに、レグルスは首を傾げる。
「フリフリのやつ?」
「うん、フリルやレースがいっぱいの。着れないというか、私はそういうのより、マニッシュなのが好きで……」
「まにっしゅ?」
「ボーイッシュを、フォーマルっぽくしたような」
レグルスには伝わらず、首を傾げる。ファミラナは「忘れて」と苦笑いしながら、ひらひら手を振った。
ふと玄関を見る。扉の向こうは雪世界と聞いた。ここに来た時には吹雪いていたため辺りが見えていなかった。屋敷からの景色を知らない二人は、少しの高揚感を覚える。
レグルスが扉に近付く。ノブを握り、捻る。扉は軋みながら開かれる。それと同時に、冷えた外気が屋内に流れ込んできた。
レグルスは顔を外に出し、足元に目を向ける。
屋根付きの玄関ポーチは床が木造で、そこには少しばかり雪が入り込んでいた。視線を上げると、目に映るのは。
「ああ、銀原だ」
思わず言葉が漏れた。
野原のように広大な開けた土地。そこには草木の緑はなく、あるのは一面の雪と、丸裸の枯れ木。陽光を反射する銀原は、眩しいくらいに輝いている。
そこへ、一匹の栗鼠がやって来た。栗鼠はヒトの存在に怯えることなく、何かを強請るようにレグルスの顔を見上げている。
「あ、おはよう」
少女の声を聞き、レグルスは辺りを見回す。
玄関ポーチの最も奥、柵に囲まれた行き止まりの場所で、キャンディがバードフィーダーを仕掛けていた。彼女はモコモコとした厚手のファー付きコートに身を包み、手袋をした手でナッツ類をバードフィーダーに盛り付ける。
「ファミラナちゃんも、おはよう」
「おはよう。キャンディちゃん、それは?」
レグルスの後ろから顔を出したファミラナが、キャンディに問いかける。キャンディは栗鼠にナッツを差し出し、栗鼠はそれを受け取って雪の中へと消えていく。
「シェラタンさんがね、白山は年中雪に覆われてるから、ヒトが手助けをしないと動物が生きていけないって。
だから、少しだけ木の実をここに用意するの。そうしたら、栗鼠や小鳥がそれを食べて生き長らえ、それを食べる狐や熊が生き長らえる」
レグルスは顔を顰める。
「野生動物に餌やりは御法度だろ」
「うん、普通の環境ならね。ただ、ここではあまり木の実が育たないから、手助けもやむ無しって」
「ふーん」
レグルスは銀原に視線を戻す。
ややあって、屋敷の裏手からマーブラとシェラタン、使用人がやって来た。手には大量の薪が抱えられている。
マーブラは、キャンディと親しげに話すレグルスを睨み付ける。薪を地面にバラバラと落とすと、レグルスに向かって雪玉を投げつけた。
レグルスはそれを顔面で受け止める。土混じりのそれは僅かに口に入り、ざらついた舌の不快感を無くそうと、何度か土を吐き出した。
「キャンディちゃんから離れろ」
「いきなり氷投げつけるやつがあるか!」
レグルスは柵に積もった雪を片手で掬い、ぎゅっと握ると、マーブラ目掛けて投げ付ける。額に雪玉を受けたマーブラは、僅かによろめいた。
「恩人に氷投げつけるとはいい度胸だね」
「うるせえ!」
シェラタンは使用人と目を合わせてくすくすと笑う。
「まあまあ。遊ぶのは後にして、朝ご飯食べようよ」
シェラタンは、マーブラが落とした薪を集めて抱え、屋敷の中へと入る。続いて使用人も。
レグルスとマーブラは睨み合っていたが、やがてそっぽを向いた。




