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輝きは夜に消えて③

 暗く湿った石造りの廊下。地下にあるためか、空気はひんやりとしていた。

 アヴィオールは看守に連れられて、廊下を黙って歩いている。アルファルドが投獄されてから、五時間程は経っている。アヴィオールの頭はすっかり冷えていて、これから話す内容を頭の中で組み立てていた。

 本来はスピカが話し合いに立ち会うべきなのだろうが誘えなかった。スピカは出掛けてしまっているし、何より未だ混乱しているだろう。


「僕が一番冷静だろうしなあ」


 そう独りごちる。看守が振り返ったが、アヴィオールは首を振った。

 進んだ先、最も奥にある独房に、アルファルドは閉じ込められていた。心労からか、目の下には隈ができている。アヴィオールの来訪に気付かない様子で、ベッドの端に腰掛けてうつ向いていた。


「あの、出して貰えないんですか?」


「ダメだダメだ。万が一暴れて君に怪我されたらこっちが困る」


 アヴィオールと看守のやり取りに、アルファルドはようやく顔を上げる。アヴィオールの顔を見ると、無理矢理笑顔を作った。


「久しぶりだな」


「何が久しぶりだよ」


 アヴィオールは困惑の表情を浮かべる。アルファルドの、普段と同じような明るい声色とやつれた顔ではあまりにミスマッチで、どう反応して良いかわからなかった。

 アルファルドは、やはりスピカのことが心配なのだろう。


「スピカは大丈夫か?」


 アヴィオールが頷くと、頬を緩め安堵した。

 アヴィオールは、躊躇(ためら)いながらもアルファルドに問いかける。


「僕、よくわからないんだけどさ、やっぱりスピカって賢者だったの?」


 アルファルドは頷く。しかし言葉はない。


「それをアルフは隠したがったってことだよね。(やま)しいことでもあったの?」


 やはり返ってくる言葉はない。

 アヴィオールは唸る。これでは話にならない。

 アルファルドはずっと何かを隠していた。アヴィオールは、宮殿に来てようやく、それが何か気付いた。

 だが、それは一部でしかないのだろう、何か他にも隠し事があるはずだ。


「牡牛の賢者は……ディクテオンさんは、アルフがスピカを攫ったって言ってたけどさ。僕はどうも信用できないんだ」


 アルファルドは目を丸くする。反応があったことに、アヴィオールは手応えを感じた。


「僕はそんなに頭良くないけど、何が嘘か判断する頭ならあるよ」


 アヴィオールは、右手で鉄格子をぎゅっと掴む。カシャリと僅かに音を立てた。


「話してよ、全部」


 アルファルドは、おそらく悩んでいるのだろう。目を伏せ、ただ黙って床の一点を見つめる。

 アヴィオールにとって、それは想定内であった。十五年間も隠していたことを、ぽっと出の他人に話すはずがない。


「僕にじゃない。スピカにだ。スピカは全てを知る権利がある。

 関係ない僕に言うのが無理なら、自分からスピカに説明してあげなよ」


 その強い言葉に、アルファルドは顔を上げる。目が眩むようだった。同時に、子供に説教されている今の状況を情けなく思う。

 アヴィオールの言葉は正論だ。だから痛かった。


「アヴィ、お前は、スピカを大事に想ってくれているんだな」


 アヴィオールは、言われ慣れているが照れくさい言葉に顔を赤らめる。しかし、普段とは声色が違う。茶化されたわけではないということは理解できた。


「当然だよ」


 アルファルドは目を細める。目の前の子供の真っ直ぐな目が酷く眩しい。


「お前は、本当に自分によく似ているよ」


「……はあ……?」


 想定外の反応に、アヴィオールは戸惑った。


「自分もな、好きな子を守りたかったんだ」


 アルファルドは、懺悔(ざんげ)するかのように両手で顔を覆う。その手も、肩も……否、体全体が小刻みに震えていた。泣いているのか。


「守れなかった。だから、忘れ形見は守りきろうとした。だが、子供の探究心を甘く見てしまった。最初から、全てを話しておくべきだった」


 嗚咽が漏れる。指の間から、小さな水滴がポタリポタリと滴っている。


「今更話したところで、嘘だと言われるだけだろう。だが、スピカには全てを話さなければ」


 アルファルドは手を離し、涙で濡れた顔を(あらわ)にする。大の大人がさめざめと泣く姿に、アヴィオールは衝撃を受けていた。

 全てを隠していたのは、本当にスピカのことを想ってのことなのだと。アルファルドのことは、信用に値するヒトなのだと。そう確信した。


「自分も整理する時間が欲しい。明日ここに来て欲しいと、スピカに伝えてくれないか」


 アヴィオールは深く頷いた。


「面会終わりだ。帰るぞ」


 ややあって、看守が面会時間の終了を告げた。アヴィオールは鉄格子から手を離す。弱々しく片手を振るアルファルドに背を向けて、アヴィオールは看守に連れられ廊下を歩き出す。

 しかし、最後に一つ、どうしても気になってしまった。


「ねえ、守りたかった子って、スピカのお母さん?」


 アルファルドは、肯定も否定もしなかった。だが、代わりにこう告げる。


「乙女の秘密を知ったら、きっとお前も後悔する。だが、スピカにはお前だけだ。

 頼む。全てを知っても、お前はあの子を裏切らないでくれ。

 そして、守ってやってくれ」


「え? それって、どういう……」


 アヴィオールの質問を遮るかのように、看守は「面会終わり」と再度告げる。後ろ髪を引かれる思いで、アヴィオールは地下牢を去った。

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