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明滅に伸ばす掌①

 この日の歴史の授業を、スピカはぼんやりと受けていた。空想に(ふけ)っていたのではない。先日の帰還の祈祷で起きた出来事を思い返していた。

 あまりに身近な人物が賢者であることにも驚いていたが、それ以上に、アルファルドの話に違和感を覚え、曇ってしまった憂鬱(ゆううつ)な気分に、やや呑まれかけているのだ。

 その間にも授業は進み、教師は教科書を片手に歴史を語る。


「前回の内容を覚えていますか? この星には、大まかに分けて三つの季節があります。春、夏、秋ですね。

 神話時代にはもう一つ、通称『死の期間』と呼ばれる季節がありましたが、アマルティアさん、何かわかりますか?」


 カペラは暫く返事ができず、教科書をパラパラとめくっていたが、やがて答えを見つけると立ち上がる。


「冬です」


「その通り。冬は作物が育たず、生き物が眠りにつく時期とされていて、人類は大変に苦しい思いをしていた。その冬を作り出したのが、竜王ラドンです」


 教師はスピカの側まで来ると、彼女を見下ろし肩を叩いた。あまりにぼんやりとしていたスピカは、大変驚き教師を見上げる。


「調子悪いのか? 休んでもいいんだぞ」


 真面目に授業を受けていないことに怒ることなく、教師は優しく声をかける。昨日の事件に巻き込まれたスピカを気にかけているようだった。スピカは授業を休むのが嫌で、どうするか悩む。


「アヴィオール、スピカを保健室に連れていってくれ」


 ノートに書き込みをしていたアヴィオールは、教師の顔を見上げて頷く。ノートを閉じると立ち上がってスピカに手を差し出した。


「すみません。休んできます」


 スピカはアヴィオールの手を握り立ち上がる。教室を出ると、二人並んで保健室に向かう。


「アヴィ、後でノート見せて頂戴ね」


「うん。でも予習した内容そのままだと思うよ。ラドンは雲をかき混ぜたことで冬を作りだし、初代乙女の賢者がその命を捧げて冬を封じ込めた」


 確かにスピカがアヴィオールと一緒に予習をした箇所だったが、スピカが確認をしたいところは別にあるらしい。


「必ず覚えとくところとか、テストで出るところとか」


「あ、なるほどね」


 校舎の一階にある保健室に着くと、ノックをして返事を待つ。しかし返事がない。普段であれば、教師が一人常にいるものだが。

 アヴィオールは扉を開ける。やはり、部屋の中には教師の姿がない。何処かへ行ってしまったのだろうか。



「まあ、歴史の先生には休めって言われたし、寝る?」


 アヴィオールはベッドを見て問いかける。しかしスピカは、体の調子は悪くないのに寝てしまうということに罪悪感があった。


「起きてるわ。落ち着いたら戻るわね」


「うん、わかった」


 スピカはベッドに座ると、カーテンに手を伸ばした。

 ふと、隣が気になり首を動かす。保健室にはベッドが二つ並んでいるのだが、隣のベッドはカーテンで囲われているのだ。誰か寝ているのだろうか。

 立ち上がり、閉じられたカーテンを少しだけ開けて、中の様子を窺う。

 そこでは、ベッドの上でレグルスがうつ伏せに寝転がり、古びた書物を読んでいた。


「うわっ、失礼な奴だな」


 スピカに顔を向けると、そんな言葉をもらした。


「あら、レグルスじゃない。何でここにいるの?」


 スピカの問いかけに反応したのはアヴィオールだ。スピカの後ろに並ぶと、背伸びしカーテンの中を覗く。

 レグルスは気まずさを感じ目を逸らした。読んでいた本を閉じる。


「昨日ので、なんか、お前らに顔合わせにくくてよ。ここで時間潰してたんだ」


 レグルスは体を起こし、スピカへ向き直って胡坐(あぐら)をかく。スピカとアヴィオールは、カーテンの中に入る。


「一昨日も昨日も、俺同じ間違いでスピカに迷惑かけてるんだなって考えてさ、なんか、俺ってバカだなって心底思ったんだよ」


「だから顔を合わせにくかったってことね」


 レグルスは何も言えず、頷くだけ。


「全く気にしないっていうことはないわ。でも、悪気はなかったんだから、責められないわ」


 スピカは言うが、レグルスは首を振って否定する。


「悪気はなかったけどよ、そこは責めろよ。お前の親父さん、賢者じゃなかったら死んでたぞ」


 三人とも黙ってしまった。気まずさと沈黙で圧迫されているようだ。

 ふと、アヴィオールが本に目を向ける。普段のレグルスには似合わない、分厚いそれを指差し、アヴィオールは問いかけた。


「それ、何の本?」


「ん? これか?」


 レグルスは本をアヴィオールに手渡す。表紙にはタイトルがなく、革ベルトと南京錠が取り付けられている。本を閉じる際にベルトを巻き付け、ベルトと本にそれぞれついた金具を繋ぐように鍵をかける仕組みとなっているが、今は解錠されていた。


「それ、うちの禁書」


「……え? は?」


 アヴィオールは本を落としかけるが、すぐに本を抱え持ち直す。その滑稽(こっけい)な反応に、レグルスはたまらず笑いをこぼす。アヴィオールは顔を赤らめながらも、平常心を装って本をまじまじと見る。

 しかし、何故レグルスは禁書を持ち出しているのか。


「昨日あの後、アルヘナとワサトにすげー叱られながら宮殿に帰ったんだ」


 レグルスが語り始める。真剣に聞こうと身構えるスピカとアヴィオール。レグルスは片手をひらりと振って、その手を握り人差し指だけ立てた。


「いや、まあそれはいいんだけどさ。で、宮殿に着いてからスピカの体質のこと、賢者の歴史に詳しい奴に聞いてみたんだ。そしたらよ、随分昔……数百年前には似たような子供がよくいたんだってよ。

 でさ、そのことがこれに残ってるかもって」


 レグルスが指差したのは、鍵付きの禁書。アヴィオールは緊張し震える手で表紙をめくり眺めた。本からは光が溢れ散らばる。スピカは反射的に本から数歩離れた。


「禁書ってさ、普段書庫に置いてるだけで必要な時にしか出さないからさ、掻っ払ってきた。で、読んでみたんだけど……」


 スピカは期待の眼差しをレグルスに向ける。しかしレグルスは、眉尻を下げて取り繕った笑いを浮かべた。


「さっぱり意味がわからなかった」


「…………へ?」


 乾いた笑いをもらすレグルスを横目に、アヴィオールは本をパラパラとめくる。小さく「ああ……」と声をもらすと、本を閉じてレグルスに返した。


「これ、古語で書かれてるうえに、輝術か何かかけられてるでしょ。これ、本来は本じゃなくて何なの?」


「ああ。閉じてる分には普通の本なんだけどな。大規模な術とか祈りとかするときに媒介に使う、所謂(いわゆる)、導書ってやつ」


 レグルスはベルトを本に巻き付けて、錠をして再び差し出した。意図がわからず、アヴィオールは首を傾げる。


「お前じゃねーよ。

 スピカ、これ持ってアクィラに行け」


 突然の指名に、スピカは口をぽかんと開ける。


「大丈夫だよ。閉じてる分には普通の本。光にあてられるとかねえから」


「ああ、それなら……じゃないわ」


 スピカはようやく我に返り、差し出された禁書を両手で押し返す。確かに、触れても何も起こらないが、だからこそ自分が禁書を持つ理由がわからない。


「そもそも、アクィラに禁書を持ち出して、バレたら大変なことになるじゃない。私が持つ意味もわからないわ」


「スピカ、声大きいよ」


 アヴィオールに言われ、スピカは咄嗟(とっさ)に口を閉じた。レグルスはなおも禁書を押し付けてくる。仕方なく、禁書を両手で握る。


「アクィラは鳥一族の自治区、その長が(わし)の賢者だ。勤勉ちゃんなお前らなら知ってるだろ。(わし)の賢者は大賢人に次いで高名だって」


 スピカとアヴィオールは、ほぼ同時に頷いた。


「十四番目の位を与えられた賢者ね。終戦当時、宮殿に呼ばれるに相応しい戦士だったけど、アクィラの惨状に胸を痛めてアクィラの復興に尽力したっていう話の」


 レグルスはスピカの話の続きを語る。


「それ以来、あそこは鳥人の楽園、鳥人のための自治区。今あそこを仕切ってるのが、現・(わし)の賢者、タラゼドの爺さんだ」


そこでレグルスはほくそ笑む。


「あいつさ、若い女に弱いんだ。若ければ若いほど甘くなる」


「そう……」


「だから、お前が頼めば禁書の中身読んでくれるぞ」


 スピカはまたもやぽかんとし、間を置いて、


「ええっ! な、何言ってるの!」


「だからスピカ、声大きいって」


 スピカはぎゅっと口を結び、眉を寄せて禁書を見下ろした。

 レグルスは腕組みし足を広げる。確信を持った、自信に溢れた態度で、彼自身の考えを述べる。


「タラゼド爺さんなら、ちょっと頼めば大概(たいがい)は許してくれる。女相手ならな。

 その中には、お前の体質にまつわることが書いてあるかもしれねえんだ。お前はそれを知らなきゃいけない。そんな気がするんだ」


 曖昧(あいまい)な言い回しではあるが、語尾は強い。きっと、昨日から真剣に考えていたのだろう。そうでなければ、家宝とも言える書物をスピカに渡すはずがない。

 スピカはまだ踏ん切りがつかない。本を握ったまま黙りこむ。

 自分の体質がわずらわしい。治せるものなら治したい。確かにそう思ってきた。だが、大賢人の禁書を盗んでまで、追及するべきことなのだろうか。


「行ってみようよ」


 アヴィオールが言う。彼はスピカの背中に触れた。


「その体質、治せるなら治さなきゃ。そのためにも、知るってことは必要だよ。

 罪悪感も、二人で背負えば軽いでしょ?」


 その言葉があまりに温かく、彼の手が『知りたい』という気持ちの後押しをしてくれる。


「怒られたら謝ればいいものね」


「そうそう! あとは笑って誤魔化(ごまか)せばいいよ」


 レグルスはそれを見て満足げに頷いた。しかし、指を立てて一言。


「だが、スピカ。タラゼドの爺さんと絶対に二人きりになるなよ」


「え? なんで?」


 レグルスの顔が引き締まる。大事なことだと言わんばかりに。しかしその理由は教えられないのか、黙ったまま。


「僕がいれば大丈夫でしょ?」


 アヴィオールは両手を頭の後ろで組んで、快活に笑う。レグルスは少しだけ悩んでいたが、やがて口を開く。


「スピカが危なくなったら、身を(てい)してでも守れよ」


「へ? そんなにヤバいの?」


 アヴィオールは、口許を歪め笑顔をひきつらせた。スピカは途端に不安を抱く。

 レグルスは、あらかじめ用意していたのだろう、ポケットからシワだらけになった地図を取り出した。それを開いて、赤いサインペンで二つの家に丸印をつける。その二つのうち小さな敷地を、ペンの先で叩いた。


「アクィラに烏の賢者がいる。タラゼド爺さんに会いに行く前に、そこに行け。連絡は俺からしておく。

 ただし、現行の賢者じゃないぞ。そこの末娘が次期賢者だから、そいつを連れて行け。 例え、頼り無さそうに見えてもな」


 レグルスの言葉が気にかかり、スピカは指を立て顎に添えた。小首を傾げて問いかける。


「現行の賢者はダメなの?」


「ばっかお前……禁書持ってんだぞ、こっちは」


「あ、ああ、そうだったわね」


 安易な考えと発言に、スピカは顔を真っ赤にした。レグルスは「やれやれ」とため息ついて、道なりにペン先を滑らせる。


「で、ここが、タラゼド爺さんの屋敷だ」


 再び地図をペン先で叩く。示したのは地図の中央、アクィラの町の中でも一番大きな敷地だ。


「なんか不味いことになったら、烏の賢者に助けを求めろ。タラゼド爺さんは、烏の輝術を一番苦手にしてるから、何とかしてくれるだろ」


 そうして、地図を四つ折りにするとスピカに渡した。スピカは受け取ったそれをまじまじと見ていた。

 果たして、原因不明と教えられた自分の体質が、数百年前の子供と同じものなのか。同じものだったとして、それを知ってどうするのか、どうなるのか。まだそれはわからない。だが、三年も悩まされているのだ。知らないまま、何もしないまま、不安に(さいな)まれて暮らすのは嫌だ。スピカは意を決して深く頷いた。


「レグルス、ありがとう。気にかけてくれて」


「よせよ。()びみたいなもんなんだから」


 スピカが地図をポケットに入れるのを確認して、レグルスは立ち上がる。ベッド周りのカーテンを開け放し、振り返る。


「じゃ、俺、教室戻るわ」


 丁度その時、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。


「あ、終わった」


 ぽつりとレグルスが呟く。その側でアヴィオールが悲痛な叫び声をあげた。

 

「ノート取れてないままだー! ああ……黒板消されてるだろうなあ」


 アヴィオールは頭を垂れて、深く深くため息をついた。レグルスはそれを細目で見、乾いた笑いをする。予習復習毎日完璧なアヴィオールのくせに、まだ勉強し足りないのかと、内心彼を小馬鹿にして。


「じゃあな。返すのはいつでもいいから」


 レグルスは片手をあげ、ひらりと振った。何時でも、ということは、賢者が導書を使う予定は暫くないらしい。だが早く返しておきたいというのがスピカの考えだ。


「明日行きましょう」


 導書を両腕で強く抱えて、スピカは自分に向けて言った。アヴィオールもそれを聞き、頭を上げて顔を引き締めた。


「アクィラは遠いもんね。朝五時の列車には乗っておかなきゃ」


 アヴィオールは、スピカに着いて行く気でいる。スピカは今一度確認しておきたくて、アヴィオールに向き直った。


「本当に、一緒に来てくれるの?」


 いつもアヴィオールと一緒であった。何処に行くにも、何をするにも。でもそれは、友達同士だから。今までが遊びに行く約束だったから。

 今回は、スピカ自身の用事であり、尚且つ行き先は危険な賢者の元らしい。アヴィオールに被害がないとは言い切れない。

 だから、スピカは確認をしたかったのだ。返答次第では、一人で行くことも考えた。


「何言ってるの、スピカ。行くに決まってるじゃん」


 だが、アヴィオールから返ってきたのは前向きな言葉であった。アヴィオールはスピカの両腕に触れ、上下に擦る。


「気付いてない? スピカ、すっごく不安そうな顔してるよ?」


 自分でも気付いていなかった表情の変化を指摘され、スピカは目を伏せた。腕を触られているということは、無意識に震えていたのだろうか。


「僕はスピカを守るよ。相手がどんなに怖い奴でもね。それに、僕自身がスピカと一緒にいたい。もう一度、友達になってくれたスピカと一緒に」


 スピカは頷く。今度は、不安など感じさせない顔で。


「お願い、一緒に来て」


「うん、行くよ」


 休む必要もなくなり、教室に戻ることに決める。二人は並んで廊下を歩いた。

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