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俺のこの異世界生活に早く終わりが来て欲しい  作者: トキア
Ⅰ.【巡ってきた幸運が理想通りとは限らない】
2/67

【1】






Ⅰ.






 自室に暖房器具が欲しい。


 そんな俺のささやかな望みが叶うのは、多分年を越して更に数ヶ月先の事だろう。ぽかぽかと陽気な日差しが春の訪れを告げる頃、ようやく戻って来た冬場の相棒のスイッチを入れて俺は一言叫ぶのだ。



 暑い、と。



 そんな時期に帰ってきたって直ぐに押入れ行きじゃねーか、何の意味もねー。そう心の中で呟きながら、カチャカチャと指先を忙しく動かして静かな空間に音を作る。


 俺に暖かさという小さな幸せをもたらしてくれる相棒は、娘の将来に大いに期待している母親に【受験勉強】の名目でかっさらわれたのだ。恐らく今は二つ年下の妹の部屋で、彼は休み無くこき使われていることだろう。


 そんなことならエアコンのひとつくらい買ってやれば良いのにと悪態をついても、確かに今の俺に比べれば某有名女子大へのエスカレーターを目指す妹とでは、優先順位に天と地ほどの差があるのは仕方無い。



 仕方無い‥‥んだが、薄い壁を挟んだ隣の部屋から、さっきからやたらと聞こえて来る複数人の台詞臭い男の声。併せてまるでアイドルグループのライブに来ているのでは無いかと思われる程に盛り上がった、やたらと五月蝿い高音ボイス。


 一階の両親がぐっすり快眠状態なのを良い事に、実際は毎晩こんな調子なのだ。それでもテストや模試の成績は校内上位をキープし続けているらしいから、俺が告げ口でもしない限り親バレする事は無いだろう。


 だが妹よ、折角ダブルヒーター体制にしてやってるんだから乙女ゲームは程々にして勉強してくれよ。



「まっ、無理な話だよな」



 小さく呟いた。


 そんなわけで、俺は現在毛布1枚で身体を包み込んでなんとかこの寒さを凌いでいる。


 どうせなら布団にでも潜り込んでしまえば、割りと暖かく寝転がれるのには違い無い。しかし全身に良い感じに暖かさが伝わってしまうと、うっかり寝落ちしてしまう危険性があるから避けていた。



「あーしまった。誰か回復頼む―」



 兄妹は意外な所で似るものなんだろう。


 俺にしたって、邪教の司祭に支配された王国を救う為に絶賛奮闘中なのだ。邪教の第7幹部・焔王アルデバラン攻略戦の真っ最中に、仲間を護る前衛壁役が一人でも寝落ちしようものなら、レイド全体の崩壊は避けられない。



「おーい、誰か回復‥‥早く回復お願いしまーす」


 たかがネトゲRPGと言われるとそれまでだが、こっちだって大事な一戦ともなると流石に力の入り様が違う。


 手に持った携帯ゲーム機のスティックを激しくカチャカチャと動かし続けながら、つい熱くなった声が部屋に響くのも仕方が無い。



「ああっ!! やばい、俺やばいんですけど。誰かー早く回復をー!!」



 最近主流になったボイスチャット機能なんて備わっていないので、実際は殆どただの独り言。だから同じ内容の文章を、いちいちチャットに打ち込まなければならないのがちょっと情けない所ではある。



【クロード】

暗黒騎士Lv322

HP6780/32210

MP1550/4020



 画面の中には、邪教幹部の触手攻撃に見事に掴まり、締め上げられてHPを徐々に減らす俺のアバターの姿。結構気に入っているプレイヤーネームが、実は俺の本名から捩ったものなのは秘密の話だ。



「あ―――ッ!! ちょっと皆さん何なんすかーッ!! 毒防止魔法とかいいから早く俺を回復してくれよ――!!」



 思わず携帯ゲーム機から手を離して頭を抱えた。必死に前衛で仲間を護る暗黒騎士を無視して、ゴスロリ系猫耳アバターの女性プレイヤーばかりに集中する補助魔法。



「ふっざけんな!!」



と、敷布団の上から床を思い切り叩いた。その人ずっと「頑張ろうね(*´ω`*)ノ」ってコメントしながら、端の方でちょろちょろしてるだけじゃねーか。


 断然ピンチなのは俺の方なんだから、レイドのアイドル皆でヨイショな男の哀しい(さが)を発動させるのは辞めて欲しい。


 いよいよ危険域に突入した俺のアバターのHPバーに更なる焦りを感じていると、突然ドンッと壁の向こう側から強い音がした。ビクッと小さく身体を震わせた俺は、反射的にそちらへと頭を向ける。



「お兄ちゃん五月蝿い!! 勉強出来ないー!!」



 ダブルヒーターは随分御立腹の様子だった。と言われても壁の向こうの状況が予想出来る俺は、それでも「やってねーだろうが!!」と声を荒げるような大人気無い真似はしない。


 別に妹の方が怒ると俺より数倍怖いから‥‥が理由じゃなく、とにかくふいーっとゆっくり息を吐き出してから、携帯ゲーム機から手を離して背中から布団へと倒れ込んだ。


 見えるのは、ただ天井だけだ。


 テーブルライトの薄明かりに照らされた小さな宇宙(そら)は、やっぱり俺の目にはとても寂しく映る。馬鹿みたいに夢や幻想を追い掛けていた子供の頃の方が、この宇宙は果てしなく広く希望で満ち足りていた気がする。



「あーあ、なんか‥‥なあ‥‥」



 俺も妹の事を言えない。


 結局毎日こんな感じで日々をただなんとなく過ごしている。そりゃ学生だから朝から夕方までは学業に専念しているが、帰宅してから寝る前までは大体同じサイクルの繰り返し。


 その生きざまに反発して非行に走った15歳の心境でも無いが、いっそゲームの世界にでも入り込んでしまえば、こんな煩わしさも寒さに凍える事も、時折ふっと感じるこの心の空腹間の様な物も感じる事は無いんじゃないかと思う事がある。


 画面の中の世界では結構高名な暗黒騎士なのだ。突発的に訪れた何かの幸運でその人生を実際に味わえるなんて、魅力的と言わざるを得ない最高のシチュエーションに違い無かった。



「ま、ないな‥‥ないよなー」



 力無く声を出す。


 ぐっと一度伸びをしてから、恐らくもう【GAME OVER】の表示が現れているだろう携帯ゲーム機を、手探りしている時だった―







『それなら、来る? 私達の世界に』






 声が聞こえた。


 それも同じ室内、丁度俺が携帯ゲーム機を落とした辺りからだ。



「はあ?」



と、思わず短い声が漏れた。


 もちろん室内にいるのは俺ひとりだけだから、まさかボイスチャットで仲間の誰かが話し掛けて来たのだろうか。


 疑ってみて、直ぐに気付く。そんな機能【元々備わっていない】じゃないかと。


 そもそも【声】なんて聞こえるわけが無いんだ。



「ま、まさか俺にしか聞こえてませんでしたって、そっち系の‥‥」



 背筋に嫌な悪寒が走った。思い出されるのは、夏の特番なんかでよく放送されている【その類い】の体験談。


 時刻は真夜中二時を過ぎていて、この薄暗い部屋の雰囲気がそういえばよくあるそんなシチュエーションなわけで。



「い、いやいやいやいやいや」



 誰もいない‥‥誰もいない筈なのに必死に片手を振ってアピールする。


 なんだか声まで震え出した。正直に言うと、怒った妹の次に苦手なのが【それ】だった。こんな事なら、見栄を張ってリビングの片隅になんて残ってなきゃ良かったよ。


 取り敢えず起き上がって、恐る恐る周囲を見回しながらなんとなく携帯ゲーム機を両手で持ち上げてみる。



「んん? 誰だこの人?」



 視界の端にチラッと写った画面の中に、黒のフード付きマントを羽織った見知らぬアバターが立っていた。


 頭上に【!!】マークが付いているのは、パーティー内のメンバー全てに送信されるチャットでは無く、個人間でのメッセージが送信された証だ。ただしフィールド内ではこの受け取りが少々面倒で、わざわざ送り手の近くまで移動して、こちらのアバターの頭上にも【!!】マークが出現するとようやく内容が閲覧出来る。


 だがしかし、俺は【それ】を躊躇ってしまった。



「やっぱり変‥‥だよな」



 俺のアバターは、すんでの所で誰かが触手を切り落として拘束を解いてくれていたらしく、HPはかなり心許ないまでも健在だった。


 だから背後の邪教幹部を無視して、後方へと下がるだけなら問題は無い。


 だが、おかしいんだ。


 今は戦闘の真っ最中で、しかも超重要なレイドだから、参加しているメンバー全員が死力を尽くしてコントローラーを激しく動かしている事だろう。


「皆、あとちょっとだよ。がんばろーね(*´ω`*)ノ」と、後衛でちょろちょろしてるだけのお姫様にもちゃんと役割はあるのだ。戦闘エリアから完全に外れた場所で、呑気に棒立ちしているだけの奴なんていない筈なんだ。



「乱入‥‥他ギルド‥‥NPC‥‥いや、違うな。でもどう考えてもさっきまでいなかった奴なんだよなー」



 今度はまじまじとそのアバターを眺めてみる。五頭身のデフォルメ化された姿だと少し解り難いが、なんだこいつ‥‥なんか俺の方を見てないか?


 目を細めながら画面に顔を近付けてみると、傍線一本で表現された【それ】の口の両端が、ゆっくりと上がっているような気がした。



『あなたの望みを叶えたいのなら、もっと顔を近付けて』



 喋った。しかもフードの下から覗く鋭い眼光が、完全に画面の外の俺に対して向けられている。


 うひいっと反射的に飛び上がってから、それでも好奇心に駆られて恐る恐る更に顔を近付けてみる。


 直後。



「うっぎゃあ――ッ!!」



と思わず叫んでしまったのは、先の【体験談】に匹敵する衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったからだ。


 唐突に、デフォルメでは無い細く白い手が画面の中央に現れたかと思うと、五指が開かれた状態のまま段々と此方に迫って来る。意味が解らないまま呆気に取られる俺を尻目に、ほぼ画面の全てを覆い隠してしまった所でなんと――




 指先が画面を突き抜けて、此方の世界へとお呼ばれされていた。




 一瞬、全身が凍り付いたかの様に動かなかった。心臓を握り潰された感覚というのはこういう時の事を言うんだ、と改めて実感させられた。


 サアーッと顔から血の気が引いていく。本当に自分がその当事者になるなんて‥‥いやマジで勘弁して下さい勘弁して下さい勘弁して下さいー。


 なんだかもう恐怖に戦き過ぎて泣きたくなって来た。とにかく直ぐにこの呪われた(?)携帯ゲーム機を放り投げないと、最悪俺の人生が終わるんじゃないかという危惧さえ沸き上がる。



「わぷふっ!?」



 あろうことか、意味不明な現象に激しく狼狽する俺の顔面にベアークローの先制攻撃。



「ちょっ‥‥ちょっと待って何だこれ‥‥何だよこれ―――――ッ!!」



 どうやら痛みは無い程度に掴まれているらしいが、両手で全力で引き剥がしに掛かってもとにかく離れない。どういうこと? こんな細い指の何処に超絶パワーが備わってんの?


 そうこうしている内に、抗い様もなく頭が画面の中へと引きずり込まれた。そういう表現が果たして現代日本に存在して良いのかは解らないが、とにかく引きずり込まれたのだ。



 あばぶばぶばぶばばばばぶぶ‥‥



 まるで水中に頭を突っ込まれたかの様なおかしな感覚に襲われる。ごばあっと開いた口から大きな気泡が漏れた。怖いから目は開けられないが、とにかく息を止めないと簡単に人生が終わってしまいそうだ。



 ばびぼべべべ‥‥



 当然、白い手は俺の頭だけをお仲間にする気はないらしい。続けて首からどんどんとこの謎の空間に道案内され始める。幾ら抵抗したって、俺の必死の手探りの先に踏ん張れる物が無い以上、ただ虚しい行為に終わるだけだ。


 ただそれでも諦めずに、必死にまさぐった手で何とか平らな物体を掴む。これが最後のチャンスかもしれないと、その手に思い切り力を込めて頭をゲーム機から引き抜こうと試みた。


が――


 目茶苦茶軽い物が前方に移動しただけの感覚の後に、結局右腕ごと新たに画面の中にダイブしていた。指先で感触を確かめた限り、万事休す、ただのスマホのようだ。


 も‥‥もぶばべば‥‥ばべ‥‥



 流石にこれではもう駄目だ。考えうる限り最悪の結末が頭に浮かぶ。こんなわけの解らない体験で終わるのか、俺の人生‥‥。


 全身の力が抜け、段々と意識も遠退いていった。



「お兄ちゃん!! 静かにして!!」



 絶賛御立腹中の妹が壁を蹴る音さえ、何処か遠くの世界の出来事の様に思い始める。


 そして俺の視界も精神も、何もかもが闇に閉ざされた。










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[気になる点] 第一話は異世界に行ったあとの話だったのに即行過去に戻って現実蒸し返しててわけ分からん [一言] 目が滑る文
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