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「星」を拾った話。

作者: フツキ

 「星」が落ちてきた。文字通り、星が落ちて来たのだ。そのかたちはいわゆる星形をしており、きらきらと綺麗に輝いていた。


 ふと海を散歩したい。そう考えた俺は車を飛ばして近くの海までやって来た。時間が時間だから人影なんてひとつもない。ぽつぽつと街灯がアスファルトの道路を照らしているだけだ。だから海まで行くと、本当に真っ暗になる。恐らく夏のシーズンになれば、この時間でも照明があるのだろうが、あいにく今は真冬だ。海風がとてつもなく寒い。ざあざあと鳴く波を少しばかり眺めて、帰ろうか。そう思ったときだった。

 砂浜にきらきらと光るモノが落ちている。それは真っ暗闇の中でひときわ目立った。最初はクラゲか何かだろうと思ったが、どうにも気になってしまったので、そこまで俺は歩いてみた。そんなに距離は無い。俺の足元には、きらきらと光る「星」のようなものが落ちていた。光るヒトデなんて俺は知らない。何より発光する生物にしては、この光は眩しすぎる。

 拾うべきだろうか。俺は少し迷った。こういう発光する物体は、外敵から身を守るため毒を持っていたりする。もう少し様子を見てみよう。俺はその星をよく見るために膝を折った。あまりにも眩しすぎるせいで、その星のようなものが何なのか、良く分からないのだ。

『すみません』

 急に俺の頭に声が響いてきた。誰か来たのか。俺は驚いて立ち上がった。慌てて周りを確認する。さっきと変わらず、人影なんて無い。じゃあ、今聞いた声は何だったのか。俺の空耳だったのか。

『あ、私です。下にいる』

 俺はその声につられて足下を見た。下にいると、「それ」は言った。下にいるのは、きらきらと輝く「星のようなヒトデか何か」だけだ。つまり、こいつが俺に話しかけているということになる。そんなことあってたまるものか。

「喋るヒトデなんて聞いたこと無いぞ」

『あの、私はヒトデ、というモノではありません。私は星です』

「星?」

 俺の心の声が聞こえるのか。こいつは自分を「星」だと言った。星って、あの空に光ってる星で合ってるよな?でも星ってこういう形をしているものじゃないことくらい俺も分かる。それでもこいつは星だって名乗ってる。いったいどういうことだ?まったく分からない。

「星って、あの空に光ってる星ってことか?」

 俺は疑問をそのままこいつにぶつけた。するとそれに応えるように、またきらきらと星が光った。

『はい。私はあの空から落ちてきました。ですが少しばかり着地する場所を誤ってしまって、こうやって海を漂って、ここまで来たのです』

 その言葉を聞いて、俺はちらりと頭上に広がる夜空を見た。この辺りは灯りがほとんど無いから、綺麗な星空が広がっている。こいつはそこからやって来た。何とも信じがたい話ではあるけれど、こいつは今ここに実在している。どういう方法で俺に話しかけているのかは、分からないけど。

『本当ならばこの星…地球、でしたっけ。ここを巡って帰るつもりだったのですが、海に落ちたせいで余計な体力を使ってしまいまして、ここから動けないのです』

「で、俺はどうすればいいんだ?」

 相手のペースに飲まれているなあと思いながらも、俺はそう聞く。話を聞く限りこいつは悪いやつでは無さそうだし、危害も加えて来なさそうだ。するとそれを聞いた星が、こう続けた。

『しばらくの間、貴方の元で休ませてはいただけませんでしょうか』

「それだけでいいのか?」

『はい。あと、よろしければ、この地球のことを教えてください』

 この星を巡っている時間は、もう残っておりませんので。星はそう語った。時間が残っていない。タイムスケジュールでもあるのだろうか。得体のしれないモノを持って帰るのは、少しばかり怖い。相手はこんなにも温和に語り掛けているにも関わらず、どうにも警戒心が解けないのだ。

『すみません、やっぱり、無理なお願いでしたよね』

 そう言った星は、明らかに落ち込んでいた。もうここまで来たら腹を括ろう。俺はもう一度膝を折って、きらきら光るヒトデによく似た星を手に取った。温かい。海から漂って来たからか、少しばかり潮のにおいがする。べとべとしているかと思ったが、表面はつるりとしていて、どちらかというと触り心地が良い方だ。

「どれくらい休めば大丈夫なんだ?」

『そうですね、この星の時間で換算すると、一週間ほどでしょうか』

「分かった」

 仕方ない。俺は星をてのひらに乗せて、自分の車まで戻ってきた。窓際に星を置いてやると、素晴らしいですね、と楽しそうにこいつが笑った。そのまま俺は真っ直ぐ家に戻り、星と一緒に風呂に入った。一応海に浸かっていたから、洗っておいた方がいいだろうと思ったからだ。泡だらけの自分を見た星はとても楽しそうだった。何もかもが新鮮に見えるんだろう。

『私は様々な星を旅しているんです』

 寝る直前に、星はそう語った。本人曰く、この地球がある太陽系の外側の宇宙からやって来たんだそうだ。自分の住む星はとても小さく、少し歩くだけで一周できてしまう。ヒトデくらいの大きさのこいつが歩くだけで一周できるのだから、相当小さいのだろう。そして他の星のことを知りたくて、旅に出たのだそうだ。俺は眠気に負けてしまい、こいつの話を聞きながら眠ってしまった。

 一週間の間、俺はこいつに地球の色んなことを教えた。今は便利な世の中だ、インターネットを使えば世界中の情報が手に入る。様々な世界を見て、興奮気味に星は凄いですね、素晴らしいですね、と繰り返していた。俺もこいつとどんどん打ち解けていき、自分のことや仕事のこと、色んなことをお互いに話した。そうしているうちに、一週間はあっという間に過ぎてしまった。

 俺と星は、初めて出会った海岸に再びやって来ていた。「星」は自分の故郷へと帰らねばならない。もう少しいても良かったのではないかと引き留めたが、こいつの意志は固かった。そういえば初めて出会ったとき、時間が無いと言っていたな。あれは結局、どういう意味だったのだろう。

『ありがとうございました』

 俺のてのひらの上で、星がそう礼を言う。

『貴方と過ごせた一週間は、とても充実した、素晴らしい日々でした』

「こちらこそ。楽しかった」

 丁寧に礼を言う星に、俺もそう返す。俺は聞けずにいた疑問をぶつけるべきか迷っていた。どうしてそんなに急いでいるのか。どうして時間が無いのか。口を開こうとした俺を遮るように、「星」がこう語りだした。

『私の寿命は、もうすぐ尽きます。だから、色んな場所を見ておきたかった』

 予想外だった。星が死ぬって、宇宙の星々が死ぬのと同じ意味でいいんだろうか。小学生くらいのときに、天文学で星の寿命の話を聞いたことがある。星は死ぬと、超新星爆発を起こす場合もある。そしてまた、新しい星が生まれるのだと。こいつも、同じなんだろうか。

 たった一週間の付き合いだったのに、とてつもなく悲しくなった。仕事から帰ってきて、おかえりなさいと言ってくれるこいつの声が、どれだけ俺の心の支えになっていたことか。地球の自然や建造物を見て、ただただ感動するこいつに、あれやこれやと説明してやるのがどれだけ楽しかったことか。

 そうか、俺は寂しかったんだ。だから一週間前のあの日、車を飛ばして海までやって来たんだ。そして、このヘンテコな「星」と出会った。そして俺はこいつと、とても充実した一週間を過ごせた。それこそ、当分忘れられないくらいに。

『悲しまないでください』

 星は静かにそう言った。

『私は死にますが、また新しい「星」が生まれます。そうしたら、もしかしたら、また貴方と会えるかもしれない』

「覚えてられるのか?」

『死んでしまいますからね…』

 つまり、覚えていないってことか。悲しげに星がそう語った。もしまた出会えたとしても、こいつはこいつじゃない。まったく違う「星」なのだ。とある宗教では輪廻転生ってのもあるけど、そういうのはこいつらには無いらしい。

『けれど、必ず私はここにやって来る。そう思うのです。だってここは素晴らしい星だから。だから、一年後に、またここに来て欲しいのです』

「そんな約束していいのか?」

 覚えていないのに、そんな口約束なんてしていいのか。俺はそう聞いた。この地球を、俺のことを気に入ってくれたのは嬉しいことだ。でも、こいつじゃない「星」と出会って、俺はあの一週間のように「星」と楽しい時間を過ごせるのだろうか。分からない。でも、俺はこいつに会いたいと思った。例え違う「星」になっていたとしても。

『必ず、必ず行きます』

 そう強調してから、星はいっそう光り、俺の手のひらから離れていった。そこからは一瞬の出来事だった。本当に光速と評していい速さで、あいつは空へと飛んで行った。空に昇る流れ星なんて、生まれて初めて見た。必ず行きます。星はそう言った。一年後のことを、俺は絶対に忘れないようにしよう。そう胸に刻んでから、俺は夜空をずっと眺めていた。



 あの「星」が落ちて来てから、ちょうど一年が経っていた。俺は一年前と同じように車を飛ばし、季節外れの海岸へとやって来た。「星」なんて落ちてるはずがない。そんな諦めもあったけれど、何故か足が海へと向いてしまっていた。会えたとしても、その「星」は一年前の「星」じゃない。まったくの別人だ。あ、別星と言うべきか。どっちでもいいことだけど。

 視線の先に、きらきらと光るモノを見つけた。俺はその瞬間走り出していた。息を切らしながら、光の元へと向かう。ざあざあという波の音がやけに耳に残る。海風が冷たかったけれどそんなこと関係なかった。辿り着いた先には、一年前と同じように、きらきらと光る「星」がそこにあった。

 どう声を掛けるべきか。まったくの別人なのだから、久しぶりとは言えない。そう考えあぐねていると、星の方から俺に語り掛けてきた。

『すみません』

 その声は、あいつとはまったく違う声だった。でも、それで良かった。あいつと同じ声だったなら、俺は感激のあまり泣いてしまっていたかもしれない。それくらい、俺の中であの一週間は特別だった。なら今度は、この「星」と楽しい日々を過ごせばいい。こいつがどれくらい地球にいられるのかは、分からないけれど。

『唐突なお願いで申し訳ないのですが、しばらくの間、貴方の元で休ませてはいただけませんでしょうか』

 そんな星の願い出を、俺はもちろんと笑って答えた。

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