表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【短編集】私の知らない隣人は  作者: 渦峯ちやほ
4/7

夜を照らすもの

初掲載:2015年 01月14日

 夜を照らすものは何も月や星ばかりではないことを、お前さんはご存知かな。

 一年のうちで最も夜が長く、最も昼が短い日、つまりは冬至にそれは現れるという。


 動物も草木も眠る深夜、外に出てごらん。

 雪が降り積もった森の木々の間を青白い光がひとつ、ふたつ、ぽっぽと等間隔で列を成して彷徨っているのを見るだろうよ。


 ああ、ランタンの光なんかじゃあないさ。ランタンは熱を持った橙色の光だからな。

 話によるとそいつらはサウィンの祭りであの世から戻ってきたはいいが、悪い精霊や魔女に邪魔され霊界の門を潜れずこの世に取り残された死者の魂や死んでまだお迎えの来ていない魂だという。


 死んで会いたい奴はいないかい?

 もし彷徨う列の中にそいつがいると呼びかけに応えてくれるらしいぞ。

 大声で名前を呼ぶと、列からふらぁーっとこっちに来るんだと。


 中にはその魂を、持っていた空き瓶に入れて持ち帰った、なんて話もあるとか。

 密閉された容器に入れてやると奴らは出られないらしい。

 最も、捕まえてもただ光るだけだからな、喋れないし生前の面影があるわけでもない。何が面白いんだかな。


 そうそう、冬至でも特に新月の日はその奇妙な行列に会い易いらしい。月の加護がなくなるからかね。


 そういえば今年の冬至は新月だったか。

 まぁ、ろくなことは考えなさんな。あの世のものと関わって良いことなんてありはしないさ。


 くれぐれも会おうなんて考えないことだな。




◇◆◇


 隣の家のソーニャが死んだのは冬の始め、三日間降り続いていた雪が止んだ朝だった。たちの悪い風邪につかまり三日三晩苦しんだ末のことだった。


 つい2週間ほど前にはロッソとどっちが松ぼっくりを沢山集められるか、森の中を走り回って競争していたのに随分と呆気ないものだ。


 雪で家の外に出られない間、ロッソは積もった雪でソーニャとどんな遊びをしようか、ずっと考えていた。

 ちょっと遠いけどアルフやリンデ達を呼んで雪合戦をしようか。ああ、でもソーニャは女の子だから嫌がるかもしれない。だったら大きな大きな雪だるまを作ろうか。それとも赤いヒイラギの実を雪のあちこちに埋めて宝探しごっこをするのも楽しそうだ。


 家の中は退屈だったけど、晴れた後のことを考えるとワクワクした。


 それがどうだ。

 朝、カーテンからこぼれた太陽の光に家中の誰よりも真っ先に起きてソーニャの家に行ってみたら、出迎えてくれたのは寝ぼけ眼のソーニャでも朝食の支度をしていたソーニャのお母さんでもなく、眉をしかめ歯を食いしばり何かに耐えるような顔をしたソーニャのお父さんだった。


 嫌な予感がした。

 ソーニャのお父さんの後ろ、暗い扉の向こうで誰かがすすり泣いている声が聞こえた。


「……ソーニャは?」


 聞くのは嫌だったけど、ロッソは勇気を振り絞って聞いた。


「…………死んだよ」


 その言葉をロッソは俄かには信じられなかった。

 「ウソだっ!」と叫び「そんな筈ない!」と喚き散らし「ソーニャに会わせてっ!」と大声で泣くロッソをソーニャのお父さんは抱きしめ、背中をぽんぽんと叩きながら宥めた。


 三日後、ソーニャは黒い棺に入れられ雪の下のさらに下、地中に埋められた。

 棺にはソーニャが好きだった絵本を入れてあげた。

 その時やっとロッソはソーニャの顔を見ることができた。


 真っ白な頬に赤い唇が少し開いている。ソーニャはただ眠っているだけのように見えた。

 今にもその瞼を開け深緑色の瞳でロッソを見つめ「ロッソ、遊ぼう」と笑いかけてきそうだった。

 しかしそれは叶わず、棺には釘を打たれた。


 それから一週間たった町でのこと。

 その日は二番目の姉さんと食料を買いに町に来ていた。


 じゃがいもを一袋と黒砂糖をひと塊り買った後、ロッソと姉さんは家に帰る前、一息つくために食堂に寄った。


 噂を耳にしたのはその時だ。

 温かいミルクを2つ頼んでテーブルにつくと何処からか“夜を照らすもの”という言葉が聞こえてきた。


 夜を照らすものは何も月や星ばかりではない。


 何気なく熱々のミルクを舐めながら聞いていた噂話。しかしある言葉でロッソは動きを止めた。


 取り残された死者の魂や死んでまだお迎えの来ていない魂が……。


 立ち上がり声のした方に顔を向ける。


「ロッソ、駄目よ。聞いちゃ駄目」


 姉さんがロッソの腕を引いて止めたが、ロッソはそれを振り払い話をしていた男のもとへ近づいていった。


 それは冬至に現れる“夜を照らすもの”と呼ばれるものの話だった。

 深夜の森の青白い光の行列。光を捕まえた男の話。

 奇しくも今日が十九年ぶりの月の出ない新月の冬至だった。


 ロッソは姉さんが止めるのも聞かず、雑貨屋でガラスの小瓶を買った。

 家に帰りつくとロッソは日が暮れるまで眠りに就いた。

 家族のみんなはそんなロッソを呆れて放っておいた。誰も“夜を照らすもの”の存在を信じていないようだった。


 日が沈み夕飯を食べ終えて、みんなが寝静まった頃、ロッソはそっとみんなを起こさないように扉を開け、ランタンと小瓶の入った鞄だけ持って外へと出た。


 雪は降っていない。真っ暗な世界が扉の向こうに広がり、それはソーニャが亡くなった日の、あのすすり泣きが聞こえた扉の向こうのようで、ロッソはぶるっと身震いした。


 白い息を吐きながらマッチでランタンに火を灯し、森の方へ突き出して辺りを窺う。しん、と静まり返った森は黒々としていてどんなものでも飲みこんでしまう一匹の大きな怪物のようだった。

 でも、この中にソーニャがいる。


 ロッソは震える手をぎゅっと握りしめ、森へ一歩足を踏み出した。

 森は何処まで行っても真っ暗だった。何の気配もない。音もしない。

 ただ、自分が踏みしめる雪の音と息づかい、そしてたまにゴォッと吹く風だけが木々の間に響いていた。

 暗い暗い森の中をロッソはひたすら歩いた。


 始めは、歩いては空を見上げ星の位置で方角を確認していたロッソだったが、次第に自分が何処を歩いているのか分からなくなっていた。

 行けども行けども黒くそびえる木しかなく、夜が深まるにつれて空気は冷たくなり、呼吸をするたびにロッソは喉の内側を針で指されているかのような痛みを覚えた。


 どのくらい歩いただろうか。

 流石のロッソも疲れとあきらめの気持ちで足が動かなくなり始めたときだった。

 木と木の間をちろちろと青白い光が明滅して見えた。


 冬の冷気に晒されて凍りつきそうな瞼をカッと開いて光を探す。

 風でざわざわと揺れる小枝の間、雪のうねの影。


 見間違いか、と落胆に肩を落としかけた時、再び遠くで青白い光が瞬いた。

 今度はすぐ消えずむしろ光は二つ三つと増えていく。


 光との距離はまだ遠い。

 ロッソは雪をかきわけ光に向かって行った。

 足が雪に沈み、歩みを妨げる。

 ソーニャに会えるという気持ちが先行してもどかしくなったが、しかし光は着実に大きくなり近づいていった。


 数も四、五、六と徐々に増えていき、目の前いっぱいに数えきれなきほど広がっていく。

 ランタンがいらないほど辺りが明るくなったとき、ロッソは叫んだ。


「ソーニャ!」


 もしかしたらもうあちらの世界に行ってしまっているかもしれない。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


「ソーニャっ!」


 列をなす光の群れはゆっくりではあるがふらふらと行儀良く一列に並んで何処かに移動しているようだった。

 その行列に沿うように歩きながらロッソはソーニャの魂を探した。


 同じような大きさ、同じような瞬きで光るそれらは見分けがつかなかった。

 けれども彼女なら自分の声に応えてくれるはずだ。

 ロッソはそう自分に言い聞かせ、大声を張り上げた。


「ソーニャァァっ!」


 声に反応する光を逃すまいと目を皿のようにして探す。


 何度大声をあげただろうか。

 いつの間にか周りにあった木々が途切れ、光の列とロッソは森の開けた場所に行き着いた。光はそこで皆一様に歩みを止め、一箇所に集い出す。


 ロッソは集団に分け入って光に呼びかけた。しかし光はロッソなどお構いなしにふらふらとそばを横切る。


 噂話ではこの光達はあの世に帰れない、またはお迎えが来ていない彷徨える魂だと言っていたが、彼らははっきりと意思を持ってこの広場に来ているようだった。

 右往左往忙しなく動き廻り己の位置が決まると静かにそこに留まり動かなくなる。その様子は何かを待っているようだった。


 ロッソがソーニャを呼ぶのをやめて辺りを見回すと、動いている光は一つもなくなっていた。


 しばらくすると急に空が明るくなった。

 今日は新月、光源になるものはないはずなのに。

 見上げると目が眩むほどの光がロッソを襲った。満月ではない。それよりも遥かに眩しく冷たい光だった。

 地上の幾数の小さな光と、どこか似た色合いの光。


 ぼんやりと空を見上げていると、隣にあった光がスッと音もなく浮き上がり、天上の光に吸い込まれるように尾を引いて上昇し呑み込まれた。

 それを合図に次々と小さな光達が一つの大きな光へと呑まれていく。それはまるで地上から空へ登っていく流星群のようで美しかった。


 しかしロッソはその光景に見惚れることはない、むしろ空へと飛び立つ光達に慌てた。


 どうやら光達は空に浮かぶ大きな光に呑まれると光球の一部になっているようだった。

 そのままでも見分けがつかないのに、手の届かない上空の光の一部になってしまったらロッソにはどうすることも出来ない。


 ロッソは先ほどよりもさらに大きな声でソーニャを呼んだ。

 口を開く度に冷気が肺にまで入り喉や胸を灼く。

 光達が一つ二つと消えていき、地上は段々と暗くなる。


 反対に空の光は段々と明るさを増した。

 減っていく小さな光達の中に、一つだけ他とは異なる動きをする光をロッソは見つけた。


 周りの光が皆空へと飛び立っているのに、その光だけは右にふらふら、左にふらふら、迷っているように揺れている。

 その輝きも消え入りそうなほど弱くなったかと思えば直視出来ないほど強くなったりと不安定だ。


「ソーニャ、なの?」


 叫び過ぎて枯れてしまった声で問いかける。

 光は一度眩しく輝き、ロッソの側にそろそろと寄って来た。


 間違いない、ソーニャだ。

 ロッソは確信し、自らも近づいていった。


 すると、突然ドォっと唸りをあげた風が二人の再会拒むようにソーニャの魂を吹き上げロッソから引き離そうとした。

 とっさに手を伸ばしソーニャの魂に触れる。

 手は魂の表面を通り抜け中心、魂の真の部分を掴んだ。

 瞬間、今まで青白かった光が深緑色に変わる。


「ソーニャの目の色だ」


 それはいつもロッソのそばにありキラキラと輝いていた色、見つめると嬉しくなって思わず微笑んでしまう、あの色だった。


 ロッソは光を手に包み込み大きく息を吐いた。安堵が胸いっぱいに広がり自然と笑みがこぼれる。


 しかし、風はそれを許さなかった。

 絶え間なく二人の間にドォドォと吹き荒れソーニャを大きな光へと奪い去ろうとする。


 放してなるものか。風に逆らうように背を向けソーニャの盾となり、森に逃げ込もうとロッソは歩き出す。けれど、あまりの風の強さにロッソの小さな体は押し戻される。

 その時、昼の噂話のある言葉を思い出した。


 中にはその魂を、持っていた空き瓶に入れて持ち帰った、なんて話もあるとか。


 鞄から小瓶を取り出そうとするが、それも風が邪魔をする。

 悪戦苦闘し、何とか鞄から取り出したものの今度は蓋が開かない。

 ロッソの両の手はソーニャを守るのにいっぱいで、小瓶は腕に挟み口と歯で開けるしかなかった。

 二、三回歯で蓋を咥え引っ張ってみるものの、びくともしない。


 そうこうしているうちに、周囲の小さな光はすでになく地上に残るのはソーニャの魂のみになっていた。

 風の勢いが増し、天上の光が煌々と照らす。積っていた雪が舞いあがり視界を遮る。


「あ、瓶がっ」


 五回ほど引っ張ったところで、腕が滑り小瓶が落ちた。

 小瓶は雪に沈むことなく風に転がされ、吹き上げられてできた雪のベールの彼方に消えていった。


「そんな、どうすれば」


 密閉された容器に入れてやると奴らは出られないらしい。


「密閉……でも、小瓶はもう、ないし」


 果たして本当にそうだろうか。

 さらに強くなる風にロッソはうずくまって考えた。

 密閉された容器。蓋のできるもの。ソーニャをこの風、あの大きな光から守るもの。


 ロッソは考えた。

 そして、ソーニャの魂を口に持っていき飲み込んだ。

 閉じられた容器がないのなら、己の体内に入れてしまえばいい。


 体もまた、魂の器なのだから。

 口にいれ、ごくりと飲み込んだ瞬間、耳を両手で塞ぎ口と鼻は体を縮みこませ服で押さえつけた。

 風も青白い光も入ってこれないよう、深緑の光を閉じ込めるよう。


 ソーニャの魂は温かな熱となってロッソの体に降りていく。

 それまで寒さで凍えていた四肢にぬくもりが生まれる。

 ソーニャの命がロッソの体中にあふれ、溶けていく。


 ロッソの目から涙が込み上げてきた。

 その涙も必死で飲み込み、強く目を瞑る。


 もしかしたら、涙にもソーニャが溶け込んだかもしれない。

 ソーニャであるかもしれないものはすべて逃すわけにはいかない。

 ソーニャのすべてを閉じ込めなければ。


 ロッソは小さな体を丸め、いつ終わるとも分からない白い嵐が止むのをひたすら耐え続けた。


 次の朝、ロッソがいなくなったことに気付いた家族たちが森の中に入りロッソを探した。

 ロッソは見つけられたことが奇跡だと思えるほど森の奥深くの開けた平地に倒れていた。

 その体は衰弱し、霜焼けだらけ。髪は一夜にして真っ白になっていた。




◇◆◇


 月のない夜にだけ瞳の色が深緑色に変わる少年の話を、お前さんはご存じかな。

 新月の真夜中、半刻も満たない間だけだが、瞳の色が深緑色に変わる少年がいるらしい。


 え? 最初から深緑色なのに隠しているだけだって?

 そんなことはないさ。普段は何処にでもいる茶色い目なんだ。


 もし、そうだとして何がすごいかって?

 そいつはな、深緑色の目の間だけ死者が見えるんだと。


 何でもそいつの話によると死者は青白い光として見えるらしい。

 見えるだけで何もしゃべっちゃくれないらしいんだがな。


 死んで会いたい奴はいないかい?

 もしかしたら、見えた死者が身振り手振りで何か伝えてくれるかもしれないぞ。

 死んですぐなら、死体のそばをまだふらふらしてるかもしれないしな。


 何だ。どうやってその少年を探すか、だって?

 その少年はな若いのに髪は真っ白なんだ。

 なんか怖いことがあったのか、一夜にして白くなったんだ。

 そして常にうわごとのように呟いていて亡霊のようなんだと。


 たまに正気に戻るらしいがね。

 その時は泣きたいのに泣けない、みたいな複雑な顔をするんだとか。涙がでないらしい。


 まぁ、あの世のものと関わって良いことなんてありはしないさ。

 くれぐれも会おうなんて考えないことだな。


 くれぐれも、な。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ