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【短編集】私の知らない隣人は  作者: 渦峯ちやほ
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晴天冗句

初掲載: 2015年 02月17日

 その日、僕に起こったことは小説にはありふれていて、現実ではありえない出来事だった。


 納戸を五千円と缶コーヒーで整理する、という親との交渉の後、そのとおりに実行していると、両親の出会い当時のアルバムというなんとも恥ずかしい物体の下から、なんとも古めかしい南部鉄瓶が出てきた。


 昔の親父のファッションほど、目を疑うような驚くものでもない。

 たぶん祖父のものであろう。

 祖父は岩手出身だった。


 あまりにも汚いので、雑巾でこすってやると、鉄瓶の注ぎ口から、もくもくと煙が出てきた。


 これはもしや、まさか……っと思った。

 それはまさに、小さいころ何度も聞いた話にそっくりだったからだ。


 半ば馬鹿馬鹿しくも、期待していると、期待通りの影が煙から浮かび上がった。

 が、しかし―――、


「あれ?」


 煙が晴れると現れたのは、ポニーテールに青龍刀をきらつかせ、アラビア風のズボンと、とがった靴を履いた褐色のマッチョではなく、ちょんまげに日本刀を腰に下げ、着流しに下駄を履いた、でも、ムキムキな黄色マッチョだった。


 ちょっと、拍子抜け。

 でも、まあ、仕方ないか。

 住まい自体、南部鉄瓶なんだし。


「さあ、願いを一つ言え」


 案の定、男はおきまりのセリフを言った。

 あれ?ちょっと待て。


「あの、一つですか?」

「何か、不服か?」

「普通、ランプの精とかって、三つ願いを叶えてくれるものなんじゃないの?」

「誰がランプの精だ。拙者は鉄瓶の精。叶えてもらうだけでも有り難く思え。欲張りな奴め」


 なんとも頭が高い。

 ランプの精はもっと腰の低いものだと思っていた。

 鉄瓶に変わっただけでなんという変わりよう。


 特に気の長いほうではない僕は、この言葉に少し頭にきた。

 だから、あんな馬鹿な願いをしたんだ。


 納戸についていた小窓を見ると、いつの間にか日が落ちて、星が輝いていた。


「僕の家は金持ちではないよ。松竹梅で表すなら、『竹』の中流家庭。でも、生活に困ったことはないし、僕もそれで満足している。欲しいものも、今のところない」

「それでは拙者が困る。願いを叶えなければ、鉄瓶に帰れぬのだ」

「うん、もちろん願いは叶えてもらうよ。でもなぁ」

「でも、なんだ」

「難しい願いだからなぁ」


 勿体つけて僕が言うと、鉄瓶の精はいかにも『プライドを傷つけられた』という顔を隠すことなく表に出した。


「拙者に叶えられないことはない。さぁ早く言うのだ」


 その言葉聞くや否や、僕は小窓に近づき外を指す。


「じゃあ、今すぐ星と星の間に青空をだして見せて」


 あたりは真っ暗で、明るい青など一片もない。

 さすがにこれは無理だろう。

 僕はそう思ったが、鉄瓶の精は自信満々の心得顔で、


「よかろう」


 と、一言。腰の刀を抜いて、フン、と力む。

 僕は南部鉄瓶から煙りが出てきたときよりも、胸はずませて空を眺めて待った。


 すると、星と星の間に妙な生き物がプカンと現れた。

 象に似ているが象ではない。コウモリの翼を持ち、首が長く……そして、青い。

 まさか……。


「なに、あれ」


 鉄瓶の精に訊ねる。


「なにって、アオゾラだ」


 得意気に鉄瓶の精。

 思わず僕は黙り込んでしまった。


「どうした、少年?拙者の術に恐れおののいたか」

「……」


 その日僕が一晩かけて、この、モノを知らない鉄瓶の精に”あおぞら“を語り、教えたのは言うまでもない。


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