妖精がいないということ
『魔術、使ってみてくれませんか?』
『え、あれ? 何かおかしなこと言いました?』
『え! そうなんですか!?』
彼の言葉。スカイさんの言葉が頭の中に反芻される。
いつもなら、すぐに流れていくような他人の言葉。それが妙にこびりついて離れない。
『妖精が、周囲から魔力を集めて人に渡す。それを受け取って初めて、人は魔術を使えるのよ』
そうだ、そのはずだ。だからこそ、私みたいな「妖精失くし」は罪人への罰なのだという教会の教えが成立する。
魔術が使えないということはそのまま、他人ができることができないことを意味する。人として、当たり前に持っているはずのものを剥奪された証。
忌避されるはずだ。遠ざけられるはずだ。……嫌われもするはずだ。
(だから)
そう、だからこそ。私は故郷を追われ、行く先々でもそれ相応の扱いを受けてきた。
罪人たる、「妖精失くし」だから。
とはいえ。まだ少しの間しか一緒にいないけれど、彼があまり嘘をつかない人なのだということは分かった。それすらも、私を騙すための演技だったのなら、それはそれでいい。
そんな彼が、妖精と魔術について知らない風だった、というのがどうにも引っかかる。実際に彼自身もポポルの協力を得て魔術を使っている、は…ず……。
「まさか」
もぞり、と身を包んでいた毛布から抜け出して、ベッドに座りなおす。
今いるのは宿の部屋。スカイさんも買い物に行くと言ってさっき外に出たばかり。廊下や、階下からも近づいてくる足音は聞こえてこない。しばらくは一人だ。
それを確認し終えてから、右手に視線を移す。
(確か、ずぅっと昔に聞いたことがあったわよね)
私がまだ故郷にいたころ。魔術の使い方について、他の大人から聞いたことがあった。
まず、手に意識を集中する。そうすると、妖精が魔力を集め、届けてくれる。それが意識した手に集まった後、呪文を唱える。
そうすることで、私たちは魔術を使えることができるのよ、と笑いながら言っていたっけ。
「っ」
その後、その人が最後に向けた表情まで思い出してしまったので、頭を振って追い出し、右手に集中し始める。とはいえ、私には魔力を集めてくれる妖精はいないから、魔力の感覚が分からない。
なんとなく、集まったような気がするまで、集中してから、呪文を口にする。
「火よ―――」
―――ずきり。
「っ!!」
たった一言。『火よ起これ』の呪文すら、唱えきる前にそれは来た。
左目。その奥から来る、目を抉り取られるような痛み。
『ああぁああぁ!!あぁあああぁぁあぁああああ!!』
咄嗟に毛布に頭を埋めて、声が漏れるのを避ける。
体を丸め、左目に手を置いて、早く静まるのを祈り続けた。
「……っ。はぁ…はぁ…、ん゛ん…はぁ……」
最後に来た大きな痛みで、喉からせりあがるものを何とかのみ込み直し、息を吐く。
扉の外からこちらに駆け込んでくるような足音がないことを確認してから、仰向けになった体からようやく力が抜けて行く。
(そういえば、初めてやったときは叫んだ声が随分遠くまで響き渡ったって、言われたっけ)
あまりのことに、フラッシュバックした記憶。教えてもらった私は嬉しくて、つい妖精が来る前に試してしまった。当然、その記憶の中の私は今と同じように妖精がいない。結果は似たようなものだった。
「やっぱり、だめね」
魔力を受け取れなかった結果。体は内にない物を絞り出そうとしてしまう。その結果、体には激痛が起こり、当然、魔術も発動しない。
「やっぱり私は魔術が使えない」
再確認するように、諦めるように口にして、体からさらに力を抜いていく。
無理をしたからだろうか、やけに眠い。このまま少し眠ってしまおうか―――。
「なるほど、ここにいたのか」
意識を手放す寸前、そんな声が聞こえてきた。スカイさんではない、特に聞き覚えのない声。
けれど、そのことに違和感を覚えるより早く、私の意識は眠るように落ちていった。