人と妖精、それから魔術
「調査、だと? お前たちが?」
川の堰き止め、その現場にたどり着いた私たちを出迎えたのは、そんな言葉だった。その場を管理するギルドの職員だろうか。胸にはその証でもあるバッジが輝いている。
「はい。一度ギルドの方でも話を聞いたのですが、せっかくだし一度見ておこうと思いまして」
「確かに人では一人でも多い方がいいが……」
ちらり、とこちら、というよりも私に目を向ける職員。その目は警戒ではないものの、猜疑を含んでいるように見える。
大方、『妖精失くし』に何ができるのか、といったところかしら。
「心配しなくても迷惑はかけないわ。それに、解決は早い方がいいでしょ?」
「……わかった。確かに、調査が進む分には問題ない。だが、俺たちもまだ調査中なんだ。くれぐれも、勝手な真似だけはしないでくれよ」
その言葉に周りを見れば、確かに目の前の職員と同じような格好をした人がまばらに見えた。その人たちからの指示には従え、ということだろう。
当然、その言葉に反対する気もない。スカイさんも特に反対することはないと思ったのか、二人同時に頷いた。
「それならいい」
それから、何かを思いついた場合も行動に移す前に、職員に声をかけることを条件に、調査の許可を得ることができた。
「……っと、魔力跡はあそこだ」
と、職員が思い出したように指さされた方を見ると、空中に揺らめくようにして、記号のような物が浮かんでいるのが見える。風が吹けば簡単に揺らいで消えそうなそれは、間違いなく魔力跡。
「ありがとうございます」
「礼を言うわ」
それぞれにお礼を口にすると、私たち二人の足はさっそく、魔力跡へ向けられた。
★
結論から言うと、私たちにわかることはなかった。ギルドや他冒険者も調査している、もしくはその後なのだから、当然と言えば当然ではあるのだけど。
「なるほど、これが魔力跡」
他の人が少し見て、それから何度か魔術を試そうとしてから去っていくのに対して、スカイさんだけが興味深そうにしげしげと眺めてはいたけれど。そこまで珍しいものでもないはずなのに、その反応はまるで、初めて見たようなそれだ。
……まさか、本当に初めて、なんてことはないわよね?
「……さん、リアンさん?」
「っ! ごめんなさい、ぼーっとしてたわ」
と、考え込んでしまっていたのか、スカイさんの呼び声に気が付かずにいたらしい。
「それでえーと、何かしら?」
「いや、大したことではないんですけど」
と、一息を置いてから再びスカイさんの口が開く。
「魔術、使ってみてくれませんか?」
「魔術、ね……。え?」
「え?」
その一言に、私の思考が止まる。まさか、冗談かしら。
「え、あれ? 何かおかしなこと言いました?」
「おかしなことも何も、私は『妖精失くし』なのよ」
「えっと、はい」
どこか会話がずれているような気がする。頭を抱え込みたくなるような気持ちを抑え、すっとぼけたようなスカイさんの顔に、思わずため息をついた。
「そんな私が、魔術なんて使えるわけないでしょ!?」
「え! そうなんですか!?」
帰って来た言葉に、今度こそ頭を抱える。
そもそも魔術とは、人が扱えるものではない。けれど、世界には人の外敵が少なくない。そんな状況を神が憐れみ、授けられたのだと言われている。
使い方も、ただ呪文を唱えたりすればいいわけではない。
「妖精が、周囲から魔力を集めて人に渡す。それを受け取って初めて、人は魔術を使えるのよ」
それもあって、『妖精失くし』は魔術も使えず、役に立たないという印象も持たれる。これぐらいのことは基本中の基本のはず……よね?
「そ、そうなんですね」
のけぞるようにして驚くスカイさんに、驚きたいのはこっちよ……、と頭を振る。確かに彼は常識とズレたところがあるが、まさかここまでなんて。
「おかしいなぁ、あの時は確かに……」
そんなことを呟くスカイさんをよそに、話を進めるためにも口を開いた。
「それで、どうして急に?」
「あ、はい。どのくらい魔力跡から離れれば、魔術が使えるのかなと、思いまして」
「ああ、それなら―――」
と、魔力跡からさらに離れた場所、ちょうど川の上流に当たる部分を指さす。
「確かあそこまで離れると、使えるようになるみたい」
「なるほど」
ありがとうございます、と口にした後。考え込むようにして黙り込んでしまったスカイさん。
結局、その日できた調査としてはそこまでだった。