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出会いと旅立ち

妖精とともに。

そんな言葉があるぐらいに、妖精は私たちにとって、身近な存在になっていた。

幼少期に出会い、その生涯をともに生きていく。そんな妖精はいつしか神聖視され、その目を通して神が世界中を見守ってくださる、というのが教会の教えにもなった。


まぁ何が言いたいかと言えば。

その妖精を失ってしまった私みたいな存在は、周りから忌避されることもよくある事だった。残念ながら。



目を開くと、宿の壁。昨夜、扉が閉まってしまう前になんとか滑り込んだ宿の一室で、私は朝を迎えた。

既に少し遅い時間だからか、宿の外で足音や声が聞こえてくるのに対し、宿の中ではまばらでしかない。それを確認すると、もぞもぞとくるまっていた毛布から脱出。身に着けていた下着の上から服、そして外套を羽織ると、髪をフードにしまい込んでいく。

大分くすんでいるとは言え、銀色の、しかも長髪は人目を引いてしまう。ただでさえ、妖精の事で人から目を向けられやすいのだから、目立つこの髪を隠すのは仕方ない。


体を見渡し、おかしなところがないのを確認すると、ようやく部屋の入口であるドアに手をかけた。



「い、いってらっしゃいませ……」


おっかなびっくり、といった声に見送られて宿を出る。

今日は風も強くなく、これなら風でフードが飛ばされることもなさそうだ。


「いらしゃ……い!?」

「これとそれ……それからこっちももらうわ」

「ま、まいど……」


途中にある露店で朝食を済ませる。フードのおかげか、店主も初めは普通に対応してくれる。その隙に要件を伝え、さっさと用事を済ませてその場を離れる。なるほど、これなら面倒に巻き込まれることも少ない。教えてくれたあの人には感謝だ。


「あま」


しゃり、とリンゴをかじると予想以上の蜜で思わず感想が漏れる。果物は久しぶりだったから、味覚が弱ってるのかもしれない。

最後のひとかけらを口に入れ、ぺろりと指先をなめたころ、向かう先がにぎやかになってくる。

視線の先には周りより大きな建物が見えてきた。仕事斡旋所、ギルドだ。


「おーい、その荷物はこっちに回してくれ」

「待ってくださいよ、リーダー」

「……で、その時俺が言ってやったわけよ」


開く度にガヤガヤとした声が漏れ聞こえる扉を潜り抜け、その雑音の中に入っていった。



中に入ると、混み具合は中の下、といったところだろうか。遅く起きたのもあってか、既にほとんどのパーティが依頼へと出発したのだろう。

空いているカウンターもほどなく見つけることができた。


「こんにちは、本日はどのような要件ですか?」

「依頼を探しに来たんだ。軽い討伐系と……採取の依頼はないか? っと、ギルド証はこれで」

「かしこまりました、お待ちください。……採取ですと、リコ草とペンテ草、それからノール草の依頼はいかがでしょう?」

「いいな、それでお願い」

「かしこまりました。それで、討伐系の依頼ですが……」


そこでふと、受付嬢が近くの壁の方を示す。それに合わせて顔を向けると、いくつかの紙が貼りつけられたボードが目に入った。


「あちらに貼り出していますので、後ほどご確認ください」

「分かった、ありがとう」



その後、ボードの前に向かったはいいものの、一人でこなすには難しい、もしくはあまり割に合わないものしか残っていなかった。

結局、受付に引き返しては、昨日のうちに採取ていた薬草をその場で納品。いくらかの報酬を受け取ったものの、路銀にするには少し心もとない。

かといって、特別急ぎの用事があるわけでもないため、ギルドに併設されている酒場の一席に陣取る。

そのテーブルの上で、指を遊ばせながら路銀を稼ぐのにどのくらい滞在することになるだろう、と考えていた時。

私の傍まで近づいてきた足音が止まった。


「よぉ、なんでお前みたいなのがここにいるんだ?」


その一言で、宿に戻らずここにとどまったことを即座に後悔した。


「おいおい、無視するんじゃねぇよ、なぁ。『妖精失くし』」


相手は一人。右肩の上には、妖精が浮かんでいる。視線を上げるついでに辺りを見渡せば、他の冒険者は遠巻きに見つめる程度だ。それでも、さっきまで向いていなかったはずの視線が、明らかにこちらに向けられている。


「……いいの? 私みたいなのに構って。冒険者っていうのは、縁起や運気に敏感って聞いたけど?」

「ああ、そうだ。だからこそ、お前みたいな奴には出て行ってもらわなきゃな」


そう言いつつも、その手は既に腰にある剣へと伸びている。つまりはそういう方法で追い出すつもり、ということだろう。いくら疎ましがられることに慣れていても、ここまで明確に敵意を持たれて黙っていられるわけもない。

とはいえ、こんなところで剣をぶつけ合えば、それこそ相手の思うつぼだろう。


(確か……)


さっき目を向けた先で、壁に立てかけられていたそれ。木の棒、だろうか。ともかく、それを拝借することに決める。


「よそ見してんじゃ、ねぇ!!」

「っ!!」


ひゅっ、と空気が動く音を感じ、反射的に体を前に転がす。その勢いのまま、二転三転して距離を取る。

そこまでしてようやく振り返ると、ちょうどぐらついたテーブルが倒れる瞬間だった。流石に、剣を抜くことまではしていない。やはり、焦って剣を抜こうとしなくて正解だったらしい。

机が倒れる音にようやく、ギルドの受付がこちらに視線を向けてくる。が、介入まではしてこない。周りも、向いている視線が増えたのみで、割って入ってこようとする人もいない。


(そりゃ誰だって、面倒には巻き込まれたくない、か)


が、下手に囲まれるよりはありがたい。ふと、脇を見る。大きめに転がったからだろうか、さっき見た棒が、手を伸ばせば届く範囲にまで近づいていた。ギルドの出口も、既に遠くない位置。牽制すれば、十分たどり着ける距離だ。そこまで考えて、


「あぁ、ここでしたか」


伸ばした手が空を切る。手が棒に届く寸前、横から伸びてきた別の手が掬い取った。


「まったく。なんでこんな大事な物、忘れられるポル」

「いやぁ、つい」


やってきた男は頭を掻き、掴んだ棒を肩にかけるようにしながら、口を開く。


「それで、どういう状況ですか?」

「気が付いてないのか? 後ろのそいつ、『妖精失くし』なんだぜ」


にやにやと、まるで人の秘密を面白がって暴くような顔つき。

対して、割って入ってきた男はちらりとこちらを見、そして。


「はぁ。えーと、だからと言って白昼堂々女性を襲うのは流石にどうかと」


特に気にした風もなく、冒険者に向き直った。

瞬間、空気が凍る。痴漢の冤罪をかけられたから、じゃない。彼が、割って入ってきた方の男が『妖精失くし』を庇ったから。

念のため、男の肩上を確認すると、そこには毛玉……。いや、あれも妖精だろうか。ともかく『妖精失くし』ではないようだが。


「だったら……てめぇも一緒に追い出してやるよぉ!!」


流石にそこが我慢の限界だったのか、大声を上げて殴りかかってくる。一歩、二歩と踏み込んだ冒険者の右足に、棒が突き立てられる。


「ぐぁ」

「よい、しょー」


そんな少し気の抜けたような掛け声とともに、浮かび上がらせた体を捻ると、その勢いのまま冒険者の横腹を蹴り飛ばす。当然、足が地面に縫い付けられている冒険者は、そのまま回転。ちょうど一周したあたりで、男が棒を持ち上げるようにして足を地面につけると、後ろにひっくり返った。


「今のうちに!」


それを見るや否や、男は私の腕を掴みギルドを飛び出した。



「ここまで来れば大丈夫……ですかね。すみません、急に引っ張ってしまって」


ギルドが見えなくなってからしばらく、ようやく私たちは足を止めた。


「……どうして割って入ってきたの?」

「どうして、って。それは成り行きと言いますか。あ、ほらこれを探していまして」

「なら、その後も立ち去らなかったのは? その棒が大事ならすぐその場を離れても良かったのに」

「んー、お互いに敵意を向けていたらそうしたんですが……あなたはそうではなかったので」

「敵意がなかった? 私だって、応戦しようと――」

「腰の短剣も使わずに、ですか?」


ぐ、と口を紡ぐ。どうやらそれぐらいの事は見抜いているらしい。確かに、余計に事を荒立てないためにも、使い慣れた武器でなく殺傷性の低い棒を手に取ろうとした。


「……わかった、降参。それに助けてくれたことには感謝する。それでも、これ以上私に関わらない方がいいわよ」


軽く両手を上げ、感謝も伝える。少し雑にも思えるが、それも彼のためだ。

……だというのに、どうしてそこで不思議そうな顔をするのだろうか。


「私は……『妖精失くし』、だから」


だから仕方なく、嚙み潰す様にその通称を口にする。……それなのに、彼はさらに首を傾げた。


「それはさっきも聞いたんですが……ポポル、知ってる?」

「ポポルがそんなこと知るわけないポル。そんなことより、ジコショウカイ、とやらはしなくていいポル? 名乗るのは大事って言ってたのはお前ポル」

「おっと、そうでした。すみません、名乗ることもせずに」


肩上の妖精に向けていた視線をこちらに戻し、男は再び頭を下げた。


「僕はおお……あーいや、スカイディ、です。よろしく」

「ポポルはポポルっていうポル」


明らかに、偽名としか思えない名乗り。それでも、その顔は不思議と嘘をついているようには見えず。


「リアン」


気付けば私も、自らの名前を口にしていた。



「……なるほど、それで『妖精失くし』」

「そう、だからもう私には……」

「いたぞ、こっちだ!!」


関わらない方がいい、と言いかけたところで、路地の向こうからそんな声が聞こえてくる。つい先ほど聞いた、冒険者の声。あの後もわざわざ探して、追いかけて来たらしい。


「ちょっ」


咄嗟に声の主、そしてスカイディさんから距離を取ろうとした所で腕を引っ張られる。他でもない、スカイディさんの腕に掴まれた私の体は自然、彼と同じ方向に走り出した。


「どうして?」

「生憎、僕はここら辺の生まれではないので、特に気になりません」


それこそ、嘘だ。例えこの近くの生まれではなくても、教会の教えが届かない場所なんてない。現に、彼自身も妖精を連れている。

黙り込んで、返事もしないことをどう受け取ったのか。


「それに、僕も訳あってポポルと二人きりなんですよ。なのでどうでしょう? ここで会ったのも何かの縁、ということで、良ければ一緒に旅をしませんか?」


そんなことを口にする。

確かに、元より当てのない旅だ。事情を知って、それでもなお付いてくるというならば、勝手にすればいい。嘘くさいとはいえ、一度助けられたのも事実だ。それに。


「……わかった」


ぼそっと呟くようにして答える。それを聞いた彼、そして私の二人は街の出口へと足を向け始めた。


―――それに、仮に彼が騙す目的で近づいていて事実、その通りになったのなら。

今度こそこの、忌避されるだけの生を終わらせてもいいのかもしれない。

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