Qualifying ──予選──
そのつぶやきをしたときに丁度自分が映されて、ライブ配信でも流れた。視聴者の多くはは「Wow」と感心する様を示し、チャットでもワールドレコードを期待する書き込みも多くなった。
「カール、もっとペースは上がらないのか」
「いっぱいいっぱいだ!」
スタッフがペースアップを問うが、カール・カイサは素直に精一杯だと応える。その顔は真剣そのものだった。
「スパイラル・Kがタイムをわずかならが更新し、3位のレインボー・アイリーンに迫ります!」
司会が言う。
その通り、フィチは徐々に調子を上げてきて、レインボー・アイリーンに迫る。
フィチはディスプレイを眼鏡越しに睨み、シムリグとリンクし、没入する。意識はディスプレイの向こうに飛んだようだ。
迫られているのを知り、レインボー・アイリーンもペースを上げる。
調子がいい選手も悪い選手も、シムリグと自身をリンクし、没入する。ディスプレイの向こうに見える世界が、いつの間にか自分たちのいる世界なのだという錯覚すら覚えそうだ。
中には時間がたつのも忘れて、ひたすら走る者もあった。
このコロナ禍で、大会が開催され出場出来ただけでもめっけものという選手もいた。この限られた時間いっぱい、大会に出場出来たという喜びとそれ以上の解放感を以ってシムリグとリンクし、時が経つのも忘れて。
ひたすら、ひたすら走る。
しかし意識が時の経つのを忘れても、時が止まることはなく。刻々と進んでゆき。
予選終了の時間がやってきた。
「ふう」
と、大きく息を吐きだす1位の選手は、ヴァイオレットガール。ポケットから素早くマスクを取り出し、スタッフのもとまでゆき。肘タッチでポールポジションを喜び合う。
自己ベスト及びワールドレコード更新はならなかったが、ポールポジションはやはり嬉しいものだ。
2位はカール・カイサ。2位でもフロントローなので、とりあえずはほっとして、スタッフと明日の健闘を誓い合う。
以下、3位はレインボー・アイリーン。4位はスパイラル・Kことフィチ。ドラゴンこと龍一は、10位のままだった。
レインボー・アイリーンもスタッフのもとまでゆき、明日の健闘を誓い合う。フィチと龍一は、対照的な面持ちでスタッフスペースにゆく。
ソキョンは鋭いまなざしで龍一を見据えていた。優佳ははらはらする。多くは求めないとはいえ、不甲斐ない様を見せられては、機嫌も斜めになるというものだ。
フィチは何と言っていいのかわからなそうにしている。マスクをしたので口もとの様子は見えないが、目は険しい龍一。
「悔しい!」
重々しく、吐き出すように、言った。
鋭い眼差しのまま、ソキョンは龍一を見据えて、
「勝ちに餓えるのよ! その悔しさを忘れないで!」
と言い。優佳が通訳する。
そのころ、上位3名はインタビュースペースに呼ばれて、インタビューに答えていた。それぞれ、明日の決勝レースは勝利を目指すと、意気盛んなところを見せていた。
(龍一さんはいい人だけど、勝ちに餓える気持ちが、ちょっと弱かったかなあ)
チームは重い雰囲気に包まれる。
やっぱり、真面目なだけでは試合に勝てない。その真面目さを、勝ちに餓える気持ちに転換しなければいけない。そのためには、悔しい思いを経るしかないようだ。
目つきが、前からいうと変わったようにも思えた。
それからバスでホテルに帰る。明日の決勝レースに専念するために、または感染対策のために、缶詰めで外出禁止。
フィチは自室で瞑想し。龍一は、ベッドに倒れ込んで、不貞寝。
「悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……」
と、呪詛のようにつぶやく。
(えっ!)
優佳は心配して、スマホで龍一にショートメールを送ってみたが。返信なし。これはよほどのことだ。が、これが、明日にはいいかたちに変換されればいいのだが。
果たして、どうなるのか。それは天のみぞ知る。
Qualifying ──予選── 終わり




