Qualifying ──予選──
龍一は運営スタッフに感謝しつつ、チームスタッフとともにカフェに行く。昨夜のような、ヴァイオレットガールとレインボー・アイリーンとつるむことはできない。
食事もゆっくりできない。早めに済ませ、カフェを出て、スタッフ用スペースに戻る。
「2回目、ポールポジションを狙ってください。予選下位から決勝で勝つことはほぼ不可能です」
龍一とフィチは頷く。フィチは現在3位に着けているものの、2回目ともなれば皆が感触をつかんでよりペースが上がるだろうから、ともすれば順位を落とす危険性があった。
スタッフ用スペースは各チームごとに間隔が空けられている。皆マスクも着けている。
ヴァイオレットガールもレインボー・アイリーンもカール・カイサも、それぞれスタッフと真剣に打ち合わせをしている。それを目にして、龍一は昨夜とのギャップに少しばかり悩んでしまった。
「気持ちを切り替えなきゃだめですよ」
これがプロとして初めての試合なので戸惑うのも仕方がないだろうが、その前に成人で社会人だ。優佳は察してアドバイスする。
アリーナ内の緊張感も引き締められてゆくが、まだ予選だ。決勝ともなれば、どんな風になるのだろうか。
龍一にとってまさに未知の世界だった。
「はまると抜け出せなくなる、沼だよ」
フィチは微笑んで言う。
「沼!」
緊張ではらわたが引っ張られそうな感じなのに、それにはまると抜け出せないという。
「うふふ」
「ははは」
ソキョンと優佳、スタッフたちはフィチの言葉に笑みを漏らす。
「そうですね、緊張ばかりでなく、レースを楽しんでください。真剣に」
優佳は言う。真剣に楽しめと。
「どんなことも、真剣にやるから楽しみも見つけられるんですよ。適当に流すのは楽かもしれませんが、楽と楽しいは違いますよ」
「……。は、はい」
修羅場を潜り抜けてきている人は違うと、龍一は改めて思った。
「まだまだ固いわね。もっとスマイル!」
鋭いまなざしでソキョンは言い、不意を突かれて龍一は思わずぷっと少し吹き出してしまった。
「そうそう、それでいいです」
さっきとは変わりソキョンはにっこり目を細めた。その気配りのおかげで場が和んで、龍一もリラックスできた。もちろんこのリラックスは試合を真剣に戦うためのリラックスだ。
そうこうしているうちに時間が来る。
選手はシムリグにつき、スタッフはノートPCとにらめっこ。
ライブ配信もはじまる。
ディオゲネスの市街地コースをForza Eの電動フォーミューラーカーが駆け抜ける。
明らかに1回目とは違った。最終的なグリッドはこの2回目の予選で決まる。




