Battle against myself ―自分との戦い―
「じゃ、僕もこれにて。あとでメールするから、読んでくれ」
「あ、ああ。わかった」
フィチはボイスチャットをオフラインにして。龍一はヘットセットを外し、椅子から立ち上がって軽くストレッチをする。
「……」
腕を、アキレス腱を、背筋を伸ばし伸ばしして。身体をほぐす。ほぐしながら、さっき見たヴァイオレットガールとレインボー・アイリーンの走りが脳裏に閃く。
「やるか」
ゲームをオンにして。メニュー画面からタイムトライアルに入る。
ディオゲネスの市街地コースを走る。走って、走って、走りまくった。ひたすらひた走った。
しかし……。
タイム表示は無情にも赤。
「くそ」
つとめて冷静になろうとするが、赤い数字につられて自分の目も赤くなってゆきそうだった。
1分31秒の前後を行ったり来たりし。777を越えることが出来ないでいた。
部屋の隅に置いている時計はちくたく時を刻み。
「あ……」
気が付けば22時を回っていた。
「何時間もプレイして、自己ベストも更新出来ねーのかよ」
やむなく観念して、ゲームをオフにし。電源も切る。
このまま闇雲にプレイしても時間の無駄だ。それに、やりすぎは身にも心にもよくないし、ゲーマーとしての良識にも反する。
明日も早いし……。
……じわ。
と、目に涙が浮かぶ。
立ち上がって冷蔵庫の缶コーヒーを一口飲む。
「自分に勝てないのが、こんなに悔しいなんてなあ」
思わずため息をつく。
それから、一気に缶コーヒーを飲み干した。
冷たいコーヒーが火照った心身に心地よかった。それでも目に滲む涙は抑えられなかった。
翌日からしばらくも、タイムトライアルを頑張ったが、どうにも更新ならず。悔しさは晴らせなかった。
しかし、さすがにこんなことばかりもしんどくて飽きてくるし。気晴らしにForza E以外のレースゲーム=シムレーシングもプレイした。
他に好きなのはラリーマスターズというラリーを題材にしたゲームタイトルだった。
このゲームタイトルにもタイムトライアルモードはあるが。それはせずにカスタム本戦モードの、一番簡単な、難易度0%のベリーイージーで、ヴァーチャルな勝利をつかみとって。思う存分気晴らしをしたものだった。
目をとんがらせて限界に挑むばかりがゲームじゃない。時にはそんな気晴らしも必要だ。
そして、日曜日。
コロナ禍の中、世の中色々ありつつも、龍一はどうにか生活出来て、シムレーシングも出来ていた。
「オレは恵まれている方だなあ」
とつぶやく。
自分やライバルに勝てない悔しさばかりでなく、恵まれていることを謙虚に感謝しなきゃと、自分に言い聞かせる。これも自分との戦いだ、と。
朝起きて、身繕いをして、朝食を食す。
さて今日はどう過ごそうか。などと考えるまでもない。
打ち合わせだ。
韓国のeスポーツチーム「ウィングタイガー」のメンバーとして、朝10時からフィチやチームスタッフとビデオチャットで打ち合わせをしつつ、Forza Eの大会に向けて練習しなければいけない。
そう、龍一はプロゲーマーとして、新たなスタートを切るのだった。
Battle against myself ―自分との戦い― 終わり




