1 僕は妻と別居している
6話で終わります。短い間ですがお付き合いください。
突然だが、僕は妻と別居している。
別居してからかれこれ5年になるが、離婚しようとかそういった話は今までに死ぬほどされてきた。その度に、じゃあこの離婚届に名前を書いておいてくれと言って妻に預けると、次会ったときには必ず家でなくしたとか、破れてしまったとか言って離婚届を持ってこない。
実際、妻はものの扱いがルーズであり、携帯や家の鍵を置き忘れてしまったり、鞄の底に眠らせていたのを忘れると言ったことがよくあるので、まああり得ないことではないのかなとも思う。その場で書くかという提案もしたが、妻は必ず家に持って帰ると言って聞かない。自分の気持ち的にはまだ未練たらたらで、離婚した後のことは全く考えられていないので、妻が離婚届を持ってこないことに正直、ホッとしている。
僕たちの間には今は16才で高校生の息子がいるが、息子には本当に悪いことをしていると思っている。息子が11才、小学5年生の時に別居することになった。子供の前でも喧嘩をすることが多く、その度に、しらけたような目で僕たちを見ている。
月に二回、三人で食事をする機会を設けているが、会うたびに僕たちは喧嘩して、息子が仲裁に入るという情けない状態である。何度か僕たちの喧嘩のことについて息子に聞いたことがある。
「ごめんな、喧嘩ばっかで。ほんとにごめん……」
「別に気にしてないからいいよ。もう慣れたし、勝手にやってくれって感じ。そもそも別居も俺から提案したことなんだし、そんなに気を遣われるとなんかしんどいからやめて」
情けない話だが、別居のきっかけとなったのは、息子の発言だったのだ。何度も何度も喧嘩と称したイチャイチャをされても困るから、別居でもしたらどうだと、当時小学4年生だった息子に言われて、半年くらいの準備期間を経て別居に至ったのだ。
どうやら息子はすでに母親を小学3年生の頃に説得し始めており、一年かけて説得したのちに、僕にこの提案をしたということらしい。
本当にできた息子を持ったと思う反面、その息子にここまで気を遣わせてしまう自分が悔しくてたまらなかった。
息子は僕が預かることになり、妻は一駅隣にある高級タワーマンションの一室に住むことになった。なぜ妻がそんなところに住めるかというと、彼女は有名な芸術家であり、彼女の絵には現在とんでもない値段がついている。
今僕が住んでいる家もそこそこいい一軒家だが、ただでさえ三人で住むのに広すぎたのに、二人で住むには広すぎて一階は僕、二階は全て息子が使っている。
妻が家を出ていくとなった時、妻は息子に抱きつきながら謝っていた。
「ごめんね、ごめんね……月に二回は必ず会うから。ごめんね……」
「はいはい、大丈夫だよ、いってらっしゃい」
親子の立場は逆だが、泣きつく子供を保育園に送り出す母親のような感じで息子は妻を送り出した。
「じゃあ、十五日の二十一時、例のレストランでね」
「ああ」
僕たちの間にあった会話はそれだけだった。息子は何事もなかったかのように自分の部屋に戻っていく。
僕は、いつだって何をすることもできなかった。いつか、本当に離婚するかもしれないと思うと、この世からまるで色が全て無くなってしまったかのように、どうしようもなく暗い気分になった。