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余命半年の雑談

作者: 舟太郎

余命を宣告された、なんか心臓がもうダメらしい。持って後半年だそうだ。

今は高校3年の夏、少しレベルの高い大学を目指すために2年で野球部を引退し、それからは勉強に励んでいたが、受験は出来そうにない。

ちなみに我が校の野球部は今年の新入部員のおかげで初めての甲子園出場を果たした。


「野球、続けてれば甲子園に行けたのにね。もったいない。」


同級生の小山内なじみがそう話しかけてくる。漫画なんかでよくある幼稚園からの幼馴染・・・ではなく、小学校1年から高3の現在まで12年にわたって同じクラスの巨乳女子である。つまりボクはそのおっぱいの成長を12年間近くで見守りながら生きてきたわけだ。


「すごい新入部員が入った時点で復帰すれば良かっね。そうすればアンタも甲子園に行けたのに」


「発想がズルい」


春先には何度か部に戻るように誘ってくれたチームメートもいたが断っていた。まさか大学を受験できなくなるなんて思ってなかったから。


「余命半年なんだから、少しくらいズルしてもいいと思うよ」


「別にいいよ、たとえ甲子園に出たって俺の寿命がどうなるもんでもなかっただろ」


甲子園に出ようと出まいとどうせ死ぬのだ、だから野球部の連中なんて全然うらやましくない・・・土を自慢されても全然うらやましくないよ、いやマジで。


「いやいや、むしろ人生最後の夏にわが校初の甲子園出場を果たしたって経験があった方が少しは生きた甲斐があったってもんでしょ。正真正銘、無意味な受験勉強よりはさ。っていうか大学受験の前に死んじゃうのになんでまだ勉強してんのよ、バカじゃない?」


確かにもはや受験勉強に意味などない。しかしここで勉強を辞めてしまうと、それこそ野球部を辞めたことがバカみたいだ。今更勉強を辞めて人生最後の1年を無駄にしたとか思いたくない。


「そんなバカなことやってないで、残りの人生を楽しむことを考えなよ。」


まさか一生懸命勉強することを「バカなこと」呼ばわりされる日が来るなんて。


「いやいや、残り半年しかないんだぜ、今の生活を出来るだけ同じように続けることが幸せだろう。」


「それは思い残すことのないジジイの余生の過ごし方だよ。あんたまだ17なんだから。18になれずに死んじゃうんだから。やりたい事いろいろやってから死ななくちゃ!」


事あるごとに死ぬって言うな。もっと腫物扱いしろ。


「ほら、周りの同級生は今こそ受験でナーバスになってるじゃん。そんな中アンタはせっかくその呪縛から解放されたんだから、普通に遊べばいいんだよ。きっとすがすがしいよ!」


周りがナーバスな状態がすがすがしいとか、ひねくれ者の発想じゃん。



「と言われても、すぐには思いつかねえよ。」


「じゃあとりあえずエンディングノートを作るところから始めよう」


その発想は無かったな。



「①他の受験生が我慢する中、教室の真ん中で漫画を読む」


どうやら小山内の中では「周りに対する嫌がらせ=楽しい事」のようだ。


「とりあえず教室の真ん中は置いといて、今更漫画ってのもな・・・死ぬまでに完結しなそうで心残りにしかならないだろうし。」


最近の漫画はやたら長いんだよな、なんなら俺の人生より。


「完結した奴は?」


「最近完結したやつは軒並みよんだ。親世代が読んでたような古い作品とかは興味ないし。」


古い作品ってなんか古臭いんだよな


「じゃあ打ち切りになりそうな漫画を読む。」


「それの何が楽しいんだ?つまんねえから打ち切られるんだろうが。」


一概にそうとも言えないだろうし、なんなら打ち切り漫画を楽しむ層も一定数居るだろうけど、漫画の楽しみ方としては模範的じゃない。


「え?つまんない漫画を読んで『クッソつまんねえ、これは打ち切られて当然だねww』って書き込むの楽しいじゃん」


その一定数が目の前にいたようだ。



「②ゲームのオンライン対戦で初心者狩りを楽しむ。」


「初心者狩りはともかく、ゲームの類は本当にそれだけで残りの人生が終わっちゃう気がする。」


ゲームってやたら時間かかるんだよな。4か月くらいなら余裕で楽しく遊べちゃうけど、それで余生を使い切るのは嫌だ。勉強の方がマシとまでは言わないけど。


「カードゲームは?中学の時とかはそれしかしてなかったじゃん。すんごい小規模な大会とか出てたじゃん」


中学時代はマジでそれしかしてなかったな。小遣い全部カードに使ってた。


「最近久しぶりに友達とやったよ。わざと負けてくれたし、珍しいカードもくれた。そしてそれが悲しい。」


余命宣告を受けて以来、友人達はよそよそしい。



「③レンタルショップのアダルトコーナーに足を踏み入れる。」


「それが男子にとっての一つのゴールであることは認めるが、女子がそれを提案すんな!」


畜生、18まで生きたかったなあ。


「18歳でも高校生はダメらしいよ、このスケベ野郎!」


「心の嘆きを聴くな!」


提案したのはお前だろ!



「④映画ならどう?ちゃんと一回で完結するやつ。」


急に提案が普通になったな


「一人で映画館なんて怖くて行けない。」


恥ずかしながらチケットの買い方すらわからない。


「・・・なんなら一緒に行ったげるよ?」


「・・・まあ、行きたいとは思うけどさ。今は何か面白いサメ映画ってあったっけ?」


「心臓が悪いのになんでサメ映画なのよ!?」


俺の住む町は何もないド田舎、とまでは言わないが映画館は無い。その俺の町から映画館のある大きめの町まで電車で片道1時間、バスだとそれ以上、料金も1000円ほどかかる。映画の料金も高校生には大きい出費だし、長時間の外出となれば食事代も必要だ。


「お金の事なら親に頼りなよ。」


「出来ればこれ以上、親に迷惑かけたくないんだけど。」


親より先立つ時点で申し訳なさでいっぱいなのに。


「そこは我儘言ってあげなよ。ご両親に出来るだけ色々と我儘を言って『死んでいく息子に対して出来る限りの事をしてやった』って納得させてあげるのも立派な親孝行だよ。」


そんなひねくれた親孝行があってたまるか!


「我儘って・・・車で送ってもらうとか?」


「お小遣いを貰うんだよ!なんでせっかくのデートに親同伴なのよ!?」


「・・・デートなの?・・・けどその場合、結局お前と映画を見に行くことを親に報告しなくちゃいけないんだけど?」


デートとか言うと小遣いもらうの恥ずかしい。


「じゃあ映画は決定、細かい計画はまた後で考えよ。」


決定事項かよ。別に今からウキウキなんてしねえぞ!



「他には、あ!⑤嫌いな人を殺す、とか。」


「やるわけねえだろ!!」


急に方向性が違う。「あ!」じゃねえよ。「とか」なんだよ。


「どうして人を殺しちゃいけないの~?」


小山内は冗談めかして小学生みたいな質問をぶつけてくる。


「人はみんな死にたくないだからだよ。」


「そんなこと無いでしょ、だって世の中自殺が絶えないじゃない?」


え!?この話を広げんの!?余命半年の俺との雑談で!?


「自殺で命を落とす人たちも別に『死にたい』わけじゃないだろ。生物である以上、本能的に死は忌避するものだ。だけど世の中にはそれ以上に生きていたくない理由がある人たちがいるんだろうよ。」


そこは[死にたい]≧[生きたい]なんて単純に考えていい問題じゃないのだろうけれど。


「けどやっぱり病気で死ぬ身からしたら勿体ないって思うものじゃないの?あたしは、今でも意味のない受験勉強に明け暮れるあんたよりも、そういう自殺するような人たちが病気になれば良かったのにって思うよ。」


まあボクの死を嘆いてくれているんだろうけど、喜んでいいのか悩む発言だな。無意味な受験勉強を一々持ち出さないで欲しいけど。


「ボクはむしろ羨ましいかな。『死にたい』とまでは言わないけど、余命宣告を受けた今の段階で『生きていくより死んだ方がマシ』って思えたら、少しは救われるんじゃないかなって。」


死にたくないのに死ぬのは、やはり辛い。


「つまりダイエットのための辛い食事制限よりも、単純に食欲が無くて食べない方がいいってことね!」


ぜんぜん違うし、食欲が無い時点でいい状態じゃない。


「この話は終わりだ!暗いしつまんないしふざけにくい」



「ん~、じゃあ⑥・・・彼女を作る!」


話が戻っただと!!?


「・・・作ろうと思って出来るもんじゃないだろ?」


「作ろうって思わなきゃ出来ないよ。」


「・・・そういうのは、別にいいよ。つーか半年後に死ぬ奴に彼女なんて出来るわけないし。」


「そんなことないよ、半年なんて男女が付き合い始めて結局別れるのには十分な時間だよ!」


「恋愛観が軽すぎる!!」


高校生で初めての彼女ならもっと大事にするよ!


「あんたが深く考えすぎなんだよ。女子と付き合う理由なんて『おっぱい揉みたい』ってくらいでいいんだよ。少しでもおっぱいが気になる娘が居るならチャチャっと告っちゃいなさいよ。どうせもうすぐ死んじゃうんだからフラれたっていいじゃん!」


全然よくない、もうすぐ死ぬからって傷つかないって訳じゃないぞ!おっぱいが気になる娘なんて女子全員だ!全ての男子が全ての女子のおっぱいを気にしているのだ!


「ふ~ん、結局誰でもいいんだ?」


「誰もが良いんだよ。けどまあ、やっぱいいよ。もし仮に本当に彼女が出来たりしたら死にたくない度が上がっちゃうし。」


そう言いながらも、視線はつい小山内の胸に向いてしまう。12年に渡りその変化を見守ってきた大きな胸に。


「え?おっぱい揉みたくないの?」


男子高校生の恋愛をそこに集約するな!男子の恋心はもっと純粋だ!


「もちろん揉みたい!!」


「台詞と建前、入れ替わってるぞ、スケベ野郎!」


ボクとしたことが柴田亜美先生みたいなことやっちゃったな。昔の漫画も悪くない。


「・・・好きな子とかは居ないの?」


終わらせたつもりの話が続いた。珍しく表情がフラット、というかこちらを探るような目で見てくる。


「例えば、ずーっと同じクラスで気心知れててさ、あんたの身体の事を分かっててもそれまで通り自然体で接してくれる、可愛くて、優しくて、おっぱいが大きい女子とか、心当たり無いの?」


こんな風に促されて話を進めるのは男としてはズルいよな。


「ずーっと同じクラスで気心知れててさ、俺の余命を知ってもそれまで通り自然体で接してくれる、可愛くて・・・あんまり優しくない、ひねくれた、おっぱいが大きい女子なら」


しかし、余命半年の俺はズルしてもいいらしいし。


「一人だけ心当たりはある。」


小山内の顔が笑顔に変わる。

どうやら俺の死は辛いものになりそうだ。

何か新作が作られているといいな、サメ映画。



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