《序章》〜オズワルド夢図書館〜
「ここを…右?なはず……、あった!」
真夜中の住宅街。
小さな十字路を曲がった先に、それはあった。
「白夜商店街……、ほんとにあるんだ…。」
来訪者を迎え入れるように堂々と巨大なアーチがそびえ立ち、煌びやかなネオンで「白夜商店街」と飾られている。
先程までの住宅街の風景を考えると、明らかに異質だ。
暗闇に目が慣れていたせいで、色とりどりに輝くアーチを直視することができない。
なんとも配慮が足りないものだ。
そこまで考えて、ふと後ろを振り返る。
先に曲がったあの十字路がない。
それどころか、周囲にあるはずの家屋も完全に闇に覆われ見えなくなっている。
レトロなRPGにありがちな、エリア端の暗闇のように、どこまでも深淵が広がっている。
このまま突っ込めば、お決まりのロードが入って、元の場所に戻ったりするのだろうか。
いや、やめておこう。
首を振って好奇心を振り払う。
そんなことをするために、ここまで来たわけではない。
第一、その行動がもし《マニュアル》に違反するのなら、目の前の商店街へと足を踏み入れる権利を失うかもしれない。
戻れず、進めないとなれば、完全に詰みだ。
こんなところで一生を終えるつもりはない。
改めて前を見据える。
白夜商店街、この先に求めるものがあるのだろうか。
いや、この商店街が現れた時点で、『例の都市伝説』の冒頭が、まるきりの嘘ではないことがわかっている。
きっとその続きも真実であるに違いない。
ならば……
思考を中断して、こめかみをグリグリと押さえる。
考えるより行動が先だ、と自分を諌める。
万一、数分で閉じる入口だとしたら大変だ。文字通り門前払いなどされたらたまったものではない。
緊張と突然の驚きですっかり硬くなった背筋を優しく解し、いざゆっくりとそのアーチをくぐった。
***
開いている店はひとつもなく、のぼりすら1つも見かけない。
すでに頽廃した商店街ということならば、落書きや道端に捨てられたゴミがあっても良さそうなものだが、それらしいものもまったく見当たらない。
それだけではない。過ぎ行く電柱や街灯のポールにも褪せた跡がなく、コンクリート床に塗装された一様な模様にも擦れた跡が一切見つからない。
空を見上げる。
月が見えない。
音もない。虫の音も聴こえない。
2月を過ぎた頃だというのに、寒さすら感じない。
ない。ない。何も無い。あるのは「新品のシャッター街」だけだ。
それが余計に不気味さを演出している。
弱々しい街灯に照らされ、ノートの端書きのようなメモを頼りに、ゆっくり進んでいく。
胸に抱えた分厚い本が、余計に重くなっていく感じがした。
「言われた通りにスマホも置いてきたけど、ほんとに意味あったのかなぁ……。」
冷ややかな静寂を振り払うように、独り言を続ける。
スマホがあるだけでどんなに心強かっただろう。電波が届いているかは怪しいが。
すでに商店街に入って10分程度。
誰とも会うことなく、未知の土地を歩き続けるのは、17の可憐な少女にはさすがに堪えるものがある。
寒くもない、人もいないとなれば、それこそいっそ全裸になって走り回っても問題ないのではないか。
羞恥心と恐怖心とが、良い塩梅になるかもしれない。
だが、この不気味さこそが証明。
間違いなく最終目的地に近づいている。
そう考えると少し足が浮き立つ気分になる。
呑気なものだが、SF好きとしてはこの状況にはかなり興奮しているところもある。
こんなワケのわからない空間、魔法でもないと説明がつかない。
物語の中でしか有り得ないと思っていた「魔法」というものを、今この身をもって実体験しているのだ。
好奇心が湧かないわけがない。
とはいっても、得体の知れない恐怖は依然として付き纏ってくる。
いくらウキウキしようとワクワクしようと、怖いものは怖いと脳は感じるらしい。
相も変わらず死んだような空気をしている。
暗闇と恐怖から逃げるようにして、歩みのスピードを早めた。
**
そんな彼女の短い冒険は、店と店の間、とある細道を目前に止まった。
通りに細長い光が漏れている。
本来ならば店と店は一体となっていて、隙間などあるはずがない。
「ここ……?」
おずおずと覗いてみると、人一人がなんとか通れそうな、道と呼ぶにはいささか細すぎる通路があった。
両脇の壁には、LEDのような照明が雑に取り付けられ、奥へと導くような赤く大きな矢印が描かれている。
なによりも不思議なのは、道の終わりが見えないことだ。
ここまでぐるぐると迷いながら来たから覚えている、間違いなくこの細道の向こう側には、並列したシャッター街の大通りがあるはずだ。
にも関わらず、見る限り道の向こうには延々と暗闇が続いている。
照明のおかげで、およそ4.50メートル先までは視認できるが、行き止まりはまるで見えない。
とはいえ、
「考えても仕方ない…、か。」
新品のシャッター街を練り歩いたことで、摩訶不思議な様相にはすっかり慣れてしまった。今更慄くこともない。
多分この先がゴールだ。
少し軽くなった本を抱え直し、おもむろに足を踏み出して、奥へと奥へと進んで行った。
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そこは見目麗しい場所だった。
縦にも横にも広い大空間。
6メートルほどあるだろうか、遥か高い天井から、伸びるようにいくつも照明が吊り下げられ、杉製の白床は薄橙の光を目いっぱいに反射し、部屋全体に暖かみを生み出している。
広間の半分は、高い天井を存分に利用したロフトと、その下の生活間とで二分割されていた。生活間にはよく手入れされたカウンターキッチンが設けられ、洒落たカフェのような雰囲気を感じさせる。
もう半分は客間だろう。
客間の中心には、淡緑色のソファと木製の低テーブルが置かれ、それらを囲うようにして観葉植物がかしこに飾られている。
そして、空間全ての壁という壁は、ヒノキの本棚にびっしりと隠されている。
本棚が壁であるという認識の方が正しいのかもしれない。
本棚にも、隙間なく本が並べられ、まるで本に監視されていると錯覚しそうなほどである。
隅には畳まれたボンネットや駄々長い梯子があり、持ち主の生活の様相が窺える。
ソファには、男女2人が向き合って座っていた。
各々自分の本に目を落とし、会話はない。
ストーブの滾る音だけが、暖かい空間を支配している。
女性··········夜菜が小さく息を吸った。
「何か飲む?」
「今日はダージリンかな。」
「ないわそんなもん。」
吐き捨てるように言って、夜奈は読んでいた本に栞を挟み、奥のキッチンへと向かう。
彼女は、ベージュの縦縞セーターに紺のロングスカートという、外出用と思われる格好だ。
少し離れたキッチンへ向かうのに、少々歩きにくそうにしている。
「それ動きにくくないの?」
ソファから男性··········緋陽が問いかける。
そこそこの距離があるのでなかなかの大音声だが、目は本に釘付けなままだ。
「急に客が来たときに、部屋着だとまずいでしょ」
ドリンクを作り始めた夜菜も、そこそこの声で返事をする。相当に手馴れているようで、背面の戸棚からせっせと茶葉を選びブレンドしている。
兎耳のついた部屋着姿の緋陽は、聞き流すようにして沈黙を選ぶ。
どうやら着替える気はないらしい。
再び沈黙。
壮観の効能か、炊事の音がやけに流麗に響く。ストーブの音も相まって、まるでひとつのBGMとして成立しているようだ。
その空間をぶち破るようにして、玄関口が勢いよく開いた。
夜菜も緋陽も作業をキャンセルし、何事かと玄関の方角を凝視する。
そこには、高校生くらいと思われる美少女が立っていた。
暗闇を背に、鮮やかな金の長髪をなびかせている。
両腕には、一冊の分厚い本が大事そうに抱えられていた。
不意を突かれたように硬直していた二人だったが、抱かれた本を見ると同時に、納得した表情を見せる。
「お客さんみたいだね。」
夜菜はそう呟くと、すたすたと玄関口に向かった。
ここまで脚を運んだお客に対し、労いと出迎えの言葉を紡ごうと……。
「あっ、やば。」
寸前、髪がボサボサなことに気づいたのか、くるっと背を向け、ポケットから取り出した櫛で慌ただしく髪をセットし始めた。
美しいショートヘア。
さらさらとしたその黒髪を、櫛が流れるように愛撫していく。
その背中に透き通った声が投げかけられた。
「あの……、ここが《御直し屋》ですか?」
少女の問いに、夜菜は櫛を動かす手を止め、わざとらしく肩をすくめた。
「その呼び名、浸透してほしくないんだけどな…」
小さくぼやき、髪を手早く整える。
チューニングの咳払いをしてから、
「ここまでご苦労さま、お嬢さん」
くるっと踵を返して、少女に向かって大きく手を広げてみせた。
そして、
「ようこそ、ハッピーエンド専門店《オズワルド夢図書館》へ。」
精一杯の不器用な笑みで、少女を迎え入れたのだった。
はじめまして。翠川 蒼です。
今作が自身初投稿となっています。
彼らが色々な物語に潜り込み、ハッピーエンド(?)を掴み取る。
そんなお話にしていく予定です。
ゆるりゆるりと投稿していきますので、是非お付き合いください。
少しでも良いなとおもっていただけたら、評価いただけると幸いです。