人間じゃない女の子が人生の最後に好きな男の子に本当の望みを伝える話【人外少女シリーズ】
神様
もし好きになった女の子が
この世でたった一匹だけの孤独な生き物だったら
どうか俺を二匹目にしてください
その子に尻尾があるなら尻尾をください
その子に角があるなら角をください
その子が辛い目に遭っているなら俺も同じ目にあわせてください
でも本当は……
このラーナ村の儀式にまつわる役職に精霊の賑やかしと言うのがある。
収穫された作物を「彼女」に供えて儀式を滞りなく行う役職だ。
それは世襲制で、トーヤはその家系の後継だった。
「サミ……」
森の中、月明かりの中の儀式の最中、彼はよく「彼女」の姿に見惚れた。
それは一般的感覚からすればおよそ見惚れるような対象ではなく……。
四本の節くれだった腕、幹のように太い尾部、6メートルの巨体。
どれ一つとっても人を畏怖させる恐ろしいものだった。
しかしトーヤにとっては、そんな化物と呼ばれるに似つかわしい体のどこかに、人間形態の可憐さを残しているのが見て取れるが故に、「彼女」は美しく感じられるのだった。
*****
「トーヤ!」
だが、昼間の「彼女」はトーヤにとって、普通の幼いころから見知った女の子に過ぎない。そう、人間の姿を纏っているときは。
「サミ!? お、おい、やめろ!」
「彼女」。サミザラージュラと呼ばれる6メートルの精霊獣は、今や160センチの少女の姿に過ぎない。しかし、体重まではごまかせない。ズシン、と、抱きついた時の衝撃がトーヤを襲う。
「ぐええ! 苦しい苦しい!」
「あ、ごめん」
慌てて両手を広げて最愛の友人を解放してやるサミ。その怪力は岩をも砕く。あまり思いっきり自分の力を解放すると、人間形態でも人を潰してしまう。
幼いころから気をつけねばならないことではあったが、生来の天真爛漫さが時にこんな風に無邪気に力を解放させてしまう。
「ゲホ! ゲホ! ……おい、殺す気か!」
「だーかーらー、ごめんって」
そう言って笑うサミをトーヤは許してしまう。幼なじみとして、豊穣の儀式の大事な精霊として、培ってきた信頼関係は篤く、深い。
その気やすさゆえにむしろこんなことは嬉しいくらいだった。
「ねーねー、オババさまから外出許可出たんだよー! せっかくの天気だしどっかいこうよ!」
はあ、とため息をつくトーヤ。底抜けに明るいサミの性格は元気付けられもするが、時に鬱陶しい。
幼少時からいつも振り回されてばかりだ。なんとはなしに空を見上げる。たしかにいい天気だ。精霊の恵みの空とも言われる、サミの力による快晴。
「ああ、精霊さま!」
通りかかったのは、村の老人だった。老人は被り物を取ると、丁寧にお辞儀をした。まずサミに対して、それから村の儀式の大事な係りであるトーヤに対して。
「今年も五穀豊穣をお願いします……」
それだけ言うと去っていった。
サミを見ると、なんだか得意そうにしている。そうだ。サミは尊ばれている。
サミの力は天の気をなだめ、気候を人間にとって良いものに保つこと。おかげでこの村は嵐も大雪も知らない。サミが数百年前にこの村に来てから。
(そう、幼馴染みと言ったって、サミはずっとこうだからな)
精神年齢が成長することがないサミであるから、子供の頃から「近所のお姉さん」という感じでトーヤの面倒を見てくれた。
人間の体で、そして巨体で、遊んでくれたものだ。
それがトーヤが18歳になった今では、すっかり立場が逆転するのだから。
「ねね! トーヤ! 四葉のクローバー見つけた!」
精霊としての威厳というものが、サミには全くなく、それを密かに心地よくトーヤだった。
※※※※※
田舎の娯楽である散歩で遠出して、森の際を二人で歩いた。帰る頃には日が傾いていた。
村まで帰ると、いつものように「精霊の庵」の前でトーヤはサミと別れた。
「じゃーねー! トーヤ! 今夜は満月だから儀式の日だよね!? じゃあでっかいカッコで待ってるからね!」
「おう」
トーヤはだるそうに手を振った。
庵は大昔にひと抱えもある石をたくさん敷いて基礎が作られた建物で、そうでないとサミが入ったら床が抜ける。
彼女が唯一落ち着ける場所でもある。なんだかんだ、彼女も何も考えていないようでいて気を張っているのだ。
トーヤはそれを知っている。トーヤを含めた村人の前では努めて明るく振る舞おうとしているのかもしれなかった。
「あいつ、幸せなのかな」
あの種族……つまりサミの種族であるが、今まで他の個体が発見されたことはないと都市の学院で調べがついていた。
子を生むこともなく、ただただ永遠に生きるとだけ書かれ、今はどこにいるかもわからないと、研究書には記されていた。
「……他人を、好きになったりするんだろうか」
気がつくと、すっかり辺りは暗くなっていた。トーヤは明日の儀式に段取りについて話そうと思い、村長の家を訪ねた。
ノックしようとして、大勢の気配がガラスなど決してハマることのないこの世界の一般的な窓から大勢の人の気配が漏れているのに気づく。
ガヤガヤと、それはヒソヒソ話のように不自然にトーンを抑えていたが、それでも大人数ゆえに漏れ聞こえてくることは防げていなかった。
「あの兵士は、このまま帰るじゃろうか」
「いや、間違いなく大軍を連れて来る。来たらワシらは終わりじゃ」
村の古老たちの声だった。トーヤはすぐさま気配を殺して聞き入った。
「大軍が村に逗留されたら隠しきれるものでもない」
「ああ、夜にはあのバケモノは正体を現してしまうからの」
トーヤの心臓がドクンと跳ねた。
バケモノ……。バケモノと言ったか?
そう。妙な雰囲気は察していた。村人たちは決してサミを、偉大なる精霊を心から敬っているわけではなかったのだ。
家屋の中ではまだ話が続いている。
「あの家の若造なあ……。儀式を取り仕切る家柄の跡取りの……トーヤと言ったか。あいつをただのお払い箱にするつもりはない」
「あいつは文字が書ける、計算もできるって言うじゃねえか」
「村の金で都市に留学させたからね」
「会計処理をやらせるんだ。そうすりゃこの村に儀式がなくなっても食うに困らないようにしてやっていい。寛大なことだよ」
「ただ、このことは黙っておくべきだ。あいつはバケモノに入れ込みすぎている……そう」
この時、トーヤは自分の耳を疑うことになる。確かに村長の声だった。
「それで、アレに毒の酒を飲ませることについてだが……」
トーヤはその場から極力音を立てないようにして離れ、十分に距離を取った後、精霊の庵へと走った。
※※※※※
「フンフンフーン♪」
祭りの前は気分がいい。
村外れの庵の中で、精霊サミザラージュラはその巨体を横たえていた。
四本の腕、たくさんの足、長い尻尾、ずんぐりした胴体……。夜は彼女にとって正体であるその大きな体を晒していい時間である。
人間の姿が嫌いなわけではないが、やはりこうして本来の姿でいる方が心地いい。
外の空気をたっぷり楽しむことができないのは残念だが、彼女はこの暮らしに概ね満足していた。
「ふふ、みんなのために御祈りして……トーヤにも会えて、この日常って、ほんと、幸せだな……」
こぼしたその独言こそ彼女の本心である。欲望の少ない種族なのだ……。
「あれ?」
その時、彼女の敏感な聴覚が何かを捉えた。のっそりと庵の中で体勢を変えて聞き耳を立てる。ウサギのように長い耳がピンと立った。
「なんだろう……悲鳴?」
(助けて……)
微かに聞こえるそれはサミも知っている声である。
村の若い娘のモノだ。
サミは反射的に庵の外へ出ようとした。
しかしこの建物に巨体のまま出られる出入り口などない……。
実はこの時、若く美しい村一番の娘(その美貌が一番なのは人間形態のサミを除けば、という条件付きだが)は、この村に逗留している、先ほど老人たちが話していた件の兵士に追いかけられていた。
「お願いです、来ないでください! いやあ!」
「ははは、待てよ! お姉ちゃんよお!」
酒に酔った三人の兵士……甲冑のインナーである鎖帷子も脱がずに娘を追いかけている彼らは、強大な傭兵団の先遣隊であり、進軍路に位置するこの村で食料調達の話をつけるのが任務である。
もはや話はついている。老人たちは、つまり、金に目が眩んだのだ。莫大な金品と引き換えに進軍路としてこの村が拠点化されることを認める。そう決定が降っていた。
あの精霊はどうなる? 儀式を見られたら……。本国からの傭兵団だぞ? ちゃんと神官もついてる。あれは邪教の血の儀式扱いされるに違いない。何が豊穣の神だ、もうそんなのいなくてもやっていける。これまでキチッと働いてくれたのには悪いが……。
金には替えられない。
それが、彼らの決定だった。
そして、先遣隊の傭兵たちはもてなされ、酒を飲んで気が大きくなった結果のこの狼藉である。
村全体の為を思うなら、このチンケな兵士のちょっとした暴力など、見て見ぬ振りをしたほうがよかったはずである。
しかし彼女の敏感な耳は聞いてしまった。兵士たちのこんなセリフを。
「ひはは! どうせ焼いちまう村なんだ! 本隊の連中が来る前に上玉確保しておこうぜ!」
ドラゴンの硬い鱗が引き裂かれるような音がした。
何事かと驚いたのは兵士たち三人である。少し遅れて村娘が事態を理解する。そうだ、もうアレの庵の近くにまで来てしまったのだ。
恐ろしい見た目をしているというあのバケモノの庵のそばに。
内部から爆発するように建物が壊れ、中から姿を現したのは、体長6メートルの、バケモノとしか呼べない生き物だった。
確かに一部には少女の面影が見て取れる。来ていた上質な服は破かれることなく上体に纏われている。
しかし全体的なシルエットは、巨大なクモに見えた。
「バケモノだっ!!」
兵士たち三人は剣を抜いたが、すぐにそんなモノ通じないと判断し、あっさりと投げ捨てて退散していった。
「なんだよ……人のことバケモノとか言って……ねえ、大丈夫?」
ズリズリとたくさんの足の生えた体で村娘に這い寄るサミ。しかしその心配も虚しく……
「ひい!?」
まるで、「バケモノでも見たような」顔をされてしまった。
ああ。
そうか。
そうなんだ。
サミは思った。
これが本音か……。
無理からぬことではあった。儀式に参加する人間以外、サミの本当の姿を遠目であっても見たことのあるものはいないのだから。
「サミ!」
サミが長い首を声の方に回すと、そこには息を切らしたトーヤがいた。
「だ、大丈夫か?」
一目散に逃げていく娘を尻目に、二人は見つめ合った。もうすっかり暗くなっていたが、耳が萎れているところや、首の角度が低いことから、トーヤにはサミが落ち込んでいるのがわかった。
「庵、壊しちゃったのか?」
「うん、ちょっとね」
トーヤは唇を噛んだ。何があったかは知らないが……。もうそんなことどうでもよかった。
「なあ、逃げないか? この村から」
サミは黙っている。トーヤは続ける。
「これからは二人で生きていこう。二人で森で暮らそう」
サミは長い首を振った。
「違うよ。君は街へ行くべきだよ。わたしなんかとは違う、普通の人たちに囲まれて暮らすべきだよ」
「街がどう言う場所か知ってる。みんな孤独なんだ。誰も彼も疑心暗鬼で、自分のことしか考えていない。たくさんいても一人ぼっちみたいなんだ」
サミは力なくハァ、とため息みたいに笑った。
「じゃあ村にいれば?」
トーヤは首を振る。
「あいつらは逆に「自分」がないんだ。何を考えるにも人任せ。選択ができない。今回のことも、ながされるままに決めるでもなく決めたに違いない」
「今回のこと?」
トーヤは一瞬言葉に詰まるが、やはりと思い直し、包み隠さず話した。サミを殺してしまう老人たちの計画のことを。
「そうなんだ」
サミは微動だにせずに言った。トーヤは沈黙に対して答えられなかった。これまで散々尽くし愛してきた、そう、何百年も寄り添ってきた村人にそんなふうに扱われるのはどういう気持ちだろうと思った。
「ねえ、トーヤ」
サミがきいた。
「君は、人間が好き?」
「嫌いかもしれない」
「だからわたしが好きなんだ」
「それは関係ない」
「そうかなあ?」
「いや、わからないよ。でも、サミのことを好きなのはたしかさ」
とりあえず今日はもう寝たいとサミが言い、トーヤも家に戻った。明日の昼、この村から逃げようとだけ言って。
*****
次の日、トーヤは村長からこんな話を聞いた。驚くべき内容だった。
「昨日の一件じゃがな。すでに傭兵たちは本隊へ向かった。止めようがなかった。慌てた様子の彼らにはこう伝えたよ。アレは魔物じゃと。いつも村を襲ってくる厄介な敵じゃと。討伐を勧めたよ。進軍路が脅かされるじゃろうと言っておいたわ」
「なんてことを!」
トーヤは全身の毛が逆立つのを感じた。呆れと怒りでそれ以上何も言えなかった。そしてこの村への最後の情が消えるのを感じた。
「見られたからには仕方がないだろう!」
そう言うと村長は色々と周りくどい持って回ったような台詞を並べ始める。自己弁護の熱心なことだ。トーヤはそう思った。
「……金か?」
実際にはもうこんな老人の戯言などどうでもよかったが、それだけ気になった。老人は黙っていた。沈黙が答えだった。
「傭兵たちが金を払うと思うのか?」
都市で傭兵の悪い噂ばかり耳にしていた彼には、この取り決めがいかに危ういものかすぐに分かった。
「そういう約束じゃ」
「馬鹿な!」
それだけ吐き捨てると、庵の方に向かった。
村長としては、これで二人が逃げ出そうと、ここに残って傭兵隊に狩られようと、金がもらえるならそれで良いと言う考えであった。傭兵たちがそんなつもりは一切ないとも知らずに……。
※※※※※
「なあ、話、聞いたか?」
一角が大きく崩れ、大穴が開いて崩れかけた庵にまで来ると、トーヤには中にポツンと小さな影がいるのが見えた。サミだった。可愛らしい後ろ姿が見えた。もちろん、トーヤにとっては今の人間の姿も巨体の姿もどちらも等しく愛らしく思えるのだが。
ヒビの入った天井から差し込む一筋の光は、彼女を優しく照らし出していた。
「聞いた。でもね、傭兵たち、金を払うつもりなんかないよ」
「どうして?」
「この村を焼くって言ってた」
トーヤはショックを受けたが、予想通りでもあった。
「……やっぱりか。なんでもっと早く言わなかった?」
「大丈夫。私が止めればいいだけの話だから」
なんだって? トーヤは一瞬耳を疑った。
「止めるって……一体何人いるんだ相手は!?」
トーヤに背を向けて立っていたサミは、少し頭を傾げて横顔を見せた。クンクンと鼻をピクピクさせている。
「うん。匂いを感じる。数千人規模の軍隊だ。半日の距離だね。頑張れば私一人でなんとか出来るかも……」
「馬鹿な……死ぬ気か?」
トーヤには信じられなかった。自分を殺そうとする村人にそこまで義理立てする理由がわからなかった。つい唇を噛んでしまう。一歩彼女に近づく。いや、もっとだ。二歩、三歩、触れ合う距離まで近づき、その小さな体を抱きしめた。
「なあ、逃げよう。こんな、お前を見捨てて、バケモノ扱いして、あまつさえ殺そうとまでしてる村になんでそこまでするする必要がある?」
「それはね……」
ぎゅっと彼女の体を引き寄せていると、声の震えまで感じられた。
「みんなを、実の子供のように思ってるから」
「俺たち二人で、逃げるってのはそんなにダメなことかい?」
「それじゃあ、ダメなんだ」
トーヤは心が痛んだ。愛する人を理解することができない現状が悲しかった。体を離す。そしてこう言う。
「必ず待ってるからな! 村はずれの、街と山への分岐路の街道だ! 夕刻までにな!?」
サミの後ろ姿は、何も答えなかった。
夕刻になっても、サミは待ち合わせ場所に現れなかった。もう、正体を現さなければならなくなる時間だった。
※※※※※
夜になる頃、傭兵隊が村を指させるくらいの距離に迫った。皆当然だが武装している。槍、弓、剣、それから長物を少々……、
「アレはなんだ?」
馬に乗った傭兵隊長が言った。村の方から土煙を上げて何か大きなものが迫ってくるのが薄ぐれの暗い視界の中に見えた。
「ああ!? アレです! 隊長! 俺たちが出会ったモンスターは! 見たことねえ種族で……」
意外にも巨体でありながらその動きは早かった。慌てて槍を構えて陣形を作る傭兵団の中に雪崩れ込むと、馬だけを残して傭兵隊長をばっくり咥えて宙に放り投げた。
無数の槍が彼女の体に突き立てられた。
しかし、硬い皮膚がほとんどを跳ね返す。傭兵団つき魔術師のスペル以外を、彼女はほぼ無傷で凌ぐことができた。数百人を跳ね飛ばした頃、弓が片目を射抜く。痛すぎて涙も呻き声も出なかった。
しかし、彼女は頑張った。炎のスペルに身を焼かれても、肉薄してきた兵士に皮膚の柔らかい場所を探り当てられ、そこに剣を突き立てられても、止まらなかった。
二千人の傭兵団は、やがて壊滅した。
※※※※※
「サミ……サミ!?」
一向に現れないサミのことをずっと待っていたトーヤは、しかし、やっと彼女を見つけることができた。
待ち合わせ場所に、ボロ雑巾のようになった彼女が現れたのだ。
四つあった腕は一本しかなかったし、身体中が焼け焦げ、血を吹き出させていた。
動くのもやっと、という感じで体を引きずってきたサミを、星空の下では近づくまで傷の状態がわからず……。トーヤは彼女が姿を見せてくれた安堵の思いが一瞬でどん底になるのを感じた。
彼女の巨体に近寄る。しかし、もう、これは……長くないのがわかった。トーヤは涙を流すしかなかった。
「たくさん人を殺しちゃった」
力なくだらりとうなだれた頭。そのちぎれかかった耳の間にトーヤは軽く手を置いて、首を振った。
「いいんだ。村を焼こうとしてた、カスみたいな連中さ。傭兵なんて、略奪してなんぼの屑どもさ」
「それでも……」
トーヤは泣きながらつい笑みを浮かべた。
「お前は本当に優しんだね」
しばらく沈黙があった。トーヤはサミの頭から感じる熱がどんどん冷めていきやしないかと悲しい気持ちになった。血塗れの頭を服が汚れるのも厭わず抱きしめる。
「なあ、毎晩祈ってたんだ。なんて祈ってたかわかるかい?」
「……なに? なんの話?」
「神様、もし好きになった女の子が、この世でたった一匹だけの孤独な生き物だったら、どうか俺を二匹目にしてください。その子に尻尾があるなら尻尾をください。その子に角があるなら角をください。その子が辛い目に遭っているなら俺も同じ目にあわせてください」
ふっふっふ、とサミは笑った。口から少し、赤い血がこぼれた。
「そんな、こと、祈ってたんだ……」
「ああ、そうなんだ。でも本当は……。本当は……お前の本当の望みは……」
サミはうなづく。頭にひっついていたトーヤが揺れた。折れてちぎれた耳が痛んだ。
「ごめんね。違うんだ」
トーヤは首を振った。
「お前は謝らなくていい、俺こそごめん、ごめんよ。俺たちは二人だけで幸せになれると思ってた。でも違ったんだね。君は、サミ……。みんなを愛していたんだ……。ようやく気づいたよ。ねえ、サミ。俺はいつもこう思ってたんだ。君と同じになりたいって。でもそうじゃないんだよね、君はみんなと同じになりたいんだよね?」
サミは少しの沈黙の後、こう答えた。
「そうだけど、少し違うの。みんなと同じ存在になりたいんじゃなくて、みんなと同じように、扱ってもらいたかったんだ。わたしはわたしのままでね」
「俺一人だけの愛じゃ、お前を救えなかったんだな」
「……………………ごめんね」
トーヤは明け方までそうしていた。そして冷たくなってしまったサミの体を残して、街へ行った。もう村に帰ることもなかった。生涯独身を貫き、六十年後に街の名士として葬られた。彼の故郷のラーナ村は、十年と経たずに天候不順で滅んでしまった。