87 信頼の温もり
またも主人公を疑心暗鬼にさせる話しが舞い込んできた。善はこれからに備え…
ボク達は今、善さんが新たに創った空間の、マイホームの視察に来ている。
以前創った空間は、善さんの死によって崩れ去ってしまったそうで、ここは新しく創った世界だそうだ。
以前の昔風の世界では無く、現代の世界に近い感じの街が出来ていた。善さんが言うには、『虚無』のお陰で更にチカラが増したので、楽に出来たらしいが、凄く大きな街なので驚いてしまった。
「いずれお気に入りさんが助けたあの方達もここに誘うのですよ。」
そう言った善さんの言葉で、この街が大きい理由は分かったが、ここは現実世界と違う空間だ。連れてこれても、籠の中の鳥になってしまうのではないだろうか。転移を使えても、ここは善さんの空間だから、ボクだって自由に出入りは出来ない。そういうボクの疑問に、母が答えてくれた。
「研究者なめないでよぉ、善様のチカラをお借りして、転移で行き来出来る装置を考えてるところよ。へへん!」
得意げにそう言った母だが、現実的ではない気がしてならない。その事を伝えてみたら、母から、こう反撃をされた。
「アンタ達の能力だって現実的じゃないのよ!まぁ私もだけどね。」
確かにそうだ。母が言うには、もう製作段階にあるそうだ。ただ人手が足らないと言っていた。
「それならさ、寺ッチに声をかけたらどうかな?仲間も合わせると結構な人手になると思うよ?」
と、母に提案しておいた。実際に寺ッチ達は遊んでいるので、丁度いいと思ったのだ。それにしても凄い街だと改めて感心する。電気も水道も何もかもが既にあるのだから。
これには善さんの秘密のチカラが使われている。『複製』だそうだが、知っているのはボクと洋子さんと母だけだ。発電所やダム、浄化水槽にろ過装置など、他にも色々とコピーしているそうだ。
ただ、先程も言った様に人手不足だ。
今はシャクシさんが全てを管理しているらしいが、それにも限界があるだろう。しばらく見ないと思ったら、ここで働いていた様だ。
さて、なぜここまで大掛かりな事を善さんがしているのか?なのだが、川上さんの事や、藤永の電話の事などが、善さんのこの行動力に影響しているらしい。
善さんが意識体である時の事を話してくれたのだが、実体を持たない善さんは、色々な場所に自由に瞬間的に行く事が出来たらしい。気に入っていたとも教えてくれた。
その性質が故に、ある日、川上さん達の会話を聞いてしまったらしいのだ。ボク達を監視しているらしい事が分かった善さんだが、どちらの味方もしない立場なので、言わなかったというのだ。
気が変わったのは、ボク達が『虚無』で蘇らせた時、以前の自分は死んだ、と考えての事らしい。そして藤永の電話の事もあり、恩人の為にと、チカラを使って一緒に戦う事を決意したそうだ。
ここでやっとマイホームの説明を。今回の家は、二階建て和風木造の家だ。玄関は家の中央にあり、入ると長い廊下が家を割って伸びている。
その左側には、キッチン、トイレ、洗面所、お風呂、と水周りの設備が並んでいる。右側には、十二畳の客間、八畳の座敷、一部屋だけ洋間があった。
そして二階は寝室が三部屋あり、ダブルベッドが一部屋、後は布団を敷く様に畳の部屋だ。二人で住むには広すぎると言ったら、善さんが『子供の部屋も必要ですよ』と、いつもの口調で言っていた。
監視されていて気持ちが悪いので、こちらに住んでもいいのだが、ハッキリと監視の目的が分かるまでは、しばらく気付かないフリで様子を見る事にした。
因みに、ボク達の部屋の監視カメラは、壁をくりぬいた、小物置きの部分にあると母が言っていたので、洋子さんがその上部に釘を打ち付けて、コートを何枚も下げて隠してしまった。音声については気をつけていれば問題無いのでそのままだ。
家も見て回り、そろそろ帰ろうとした時、玄関に、ミドリが顔を膝に埋めて座っていた。勝手に転移して来たのだろう。ミドリは誰の空間であってもこうやって来る事が出来るのだ。
「ミドリ、勝手にカズちゃんから離れたらダメじゃないか。一緒に帰るよ。」
そう言ってボクは、ミドリを立ち上がらせようとするが、今日のミドリは頑固な様子だ。しかも今日は大好きなピーナッツを持ってきていない。
「ミドリ、マメは?忘れたのなら帰ろう。たくさん家にあるよ。」
そう言ったボクの声に反応してくれて、やっとミドリが顔を上げた。そして立ち上がらせようとしながら、また声をかけてみる。
「さぁ、家に帰ったら、たくさんマメをあげ……、ミドリ?」
話しかけながら顔を覗き込んだのだが、ミドリのいつもの赤い瞳が、ボク達と同じ瞳に変わっていた。それに気付いたボクは、言葉が途切れ、思わず名前を呼んで確かめていた。
「あぁ…、伊町さん…、洋子さん。私の居場所が……。」
ミドリがボク達の名前を呼んだ。あの変な音声ではなく、人間の声でそう話した。驚いてしまい言葉を失ってしまう。洋子さんも後ろからボクの肩を掴んだまま無言だ。そこに、ボク達の緊張感を壊す声が飛び込んできた。
「あらあら、やっと戻ったのですね。カズエさん?でしたかね。記憶は全部戻りましたか?」
「はい…、でも…苦しいです。私の家族が…。」
「あらあら、大丈夫ですよ。ご主人は多分騙されているのですよ。取り戻すのですよ。」
和枝さんだと言うのか?と、二人のやりとりの間、それしか頭に浮かばなかった。善さんは何か知っている様だ。
「ぜ、善さん?これはいったい…。和枝さんなんですか!?どうやって…。」
「あらあら、お気に入りさんがやろうとしていた事を、アタシがしてきたのですよ。『還りの鈴』を作ったのですよ。『虚無』で使ってきたのですよ。」
そうだ、最後の一つと思っていた『還りの鈴』が消えた時、諦めてしまっていた事を思い出す。しかし、それを作れる唯一の存在である善さんがここにいるのだ。なぜ思い出せなかったのか?とこんな自分が腹立たしくて仕方ない。
「和枝さん、おかえりなさい。ボク…、ごめんなさい。もっと早く街に戻っていれば…。」
「いえ、謝らないで下さい。奈々子を説得出来なかった私が悪いのです。あの爆発の時、私は奈々子に一瞬でさらわれたのです。そして話しを聞かされました。永遠の命だとか、『善』と『悪』の至高の存在だとか。意味が分からずに、私は奈々子の言う通りにしたんです。そしたら……。」
そう話してくれる和枝さんは、目の前にいるのが、話しに出てきた『善』だとは気付いていない様子だ。その和枝さんは、途中で声を詰まらせ、涙を拭っていた。そして再び語り出した。
「あの藤永という医者がいて、私を手術台に縛って…、何度もメスで刺されて…。それから気付いたら、ここに…。でも和美と一緒にいた記憶が少し残っていて…、主人があの川上さんと…。」
「お気に入りさん、今日はここまでですよ。彼女の負担を考えて下さいね。」
そう言って和枝さんを家の中に連れて行く善さん。今の話しで、ミドリが本当に和枝さんだった事が証明された。『還りの鈴』は和枝さんに記憶を返していたが、姿までは戻す事が出来なかったみたいだ。
本当に、色々な事が重なりすぎて、ボクの頭の中は、とうに限界を通り越してしまっている。死んだり、生き返ったり、騙したり、騙されたりと、何が何だか分からなくなる。
そして、重い気持ちのまま、ボク達はあの自宅へと戻った。和枝さんとシャクシさんだけが、あの空間の家に残った。帰るなりボクと洋子さんは、夕飯も取らずに部屋へと戻った。
まだそうと決まった訳ではないが、信じている人に裏切られるのは辛い。こういうのは今回が初めてではないのに、やはり慣れたりはしないものだ。
信じたくはないが、川上さんもそうかもしれないと考えてしまう。もしそうであったら、今までが全て嘘で塗り固められた演技だったという事だ。
今夜は洋子さんも静かだ。考え込んでいるのだろうか。それでも彼女はいつもの様に、ボクを抱きしめてくれている。ボクもいつもと変わらず『所定の位置』で抱きしめていた。
この温もりだけは嘘ではない。ずっと変わらずボクの側にいてくれる、唯一信頼出来る温もりだ。
主人公の追いつかない気持ちとは裏腹に、周りがどんどん変化していく。全てが嘘に思える主人公。しかし、以前から変わらず、側にいてくれる信頼の温もりを見つけたのであった。




