80 試行錯誤の末に。
何やら面倒事の予感が…
藤永の要求も含めた、組織の今の状況を母に説明したボク達は、『ミドリ』と名付けられた和枝さんと一緒に、リビングで意思疎通の試みを開始していた。これは、藤永の要求に応える為の試みでは無く、ボクなりの考えがあっての事だ。
因みに、『ミドリ』が和枝さんである事は、他言無用とした。川上さんや、カズちゃんを、イタズラに悲しませる事もないと判断しての事だ。
「ボクは、いまちりょう、です。あなたは、みどりです。」
自分で始めておいてこう言うのも何だが、とてもアホっぽい言い方にしかならないのだが。しかも気が遠くなる程時間が掛かる気がしてならない。色々と考えてはみたのだが、やはり地道にこうやって、言葉を聞かせて教えていくしかない。
しかし、奈々子と和枝さんの違いは何だろうか?奈々子は以前の記憶を持ったまま、変異体として生まれてきたと思われるが、和枝さんは、それが全くと言っていい程残っていないみたいだ。
ただ、カズちゃんといる時のミドリを見ていると、その表情は動かないのだが、優しさの雰囲気?とでもいうのだろうか、そんな感じに見えてしまうのだ。
ボクがミドリの正体を、和枝さんだと分かっているから、そう見えるのかもしれない。
「ねえ稜くん?言ってる事は理解してるのかなぁ?してるよね。和美ちゃんとは会話してるもんね。」
いや、洋子さん?あの『豆』は会話とは言わないよ…。
今日も変わらず隣にいてくれる洋子さんも、無駄な時間を過ごしている事は承知の事と思う。ボクも何だか虚しくなってきた。
「う〜ん、稜、母さんちょっと考えている事があるんだけどさ、ミドリって変異体でしょ?しかも人の姿してるよね?だとしたら…。過去の記憶があったりしないのかなぁ。」
「い、いや、ほら、あるのならね!…、もう思い出してもいいのになぁ…、なんてさ。」
母と言えど研究者だ、侮ってはいけない。過去の記憶とくれば、和枝さんの記憶に決まっている。それは言わない方が皆んなの為にもいい筈だ。
せっかく結婚が決まった川上さんが可哀想だし、カズちゃんだってお母さんだと分かれば、変わり果てた姿に悲しむと思う。何よりマスターが平常心ではいられないと思う。
「稜?母さんに何か話したい事があるよね?そう、あるのねぇ。ちょっと部屋で話そうか?洋子もいらっしゃいね。」
「は〜い、お義母様。稜くん 行こ。家族会議だよ〜。うふふワクワクするね〜。」
母の脅迫じみた言葉を聞いても、動じた様子が無い洋子さんだった。それどころかワクワクすると言い放った。間違いなく隠している事があるとバレているのに、洋子さんはそれに気付いていないのだろう。
ホント、その性格がたまに羨ましくなるよ…。ぶひ〜。
決して綺麗に片付いているとは、お世辞でも言えない母の自室。最早研究室と言った方が良さそうな場所だ。散乱した書類に、何かを実験した標本みたいな物。広げたままの分厚い本や、飲みかけのコーヒーなど、凄い散らかり様だ。
「ほら、その辺、適当に座って?」
どこにだっ!
「あ、いいよ立ってる。それで?話しって何かな?」
絶対座りたくない床に、ボクは立ったままで、母にトボけたフリをして尋ねてみた。
「ふふ、藤永にミドリの事、何か聞いてるんでしょ?返せと要求してきたって事は、何か理由があると思うのは当然じゃないの。それも、奈々子と関係ありそうな事よね?」
この妖怪じみた勘には驚かされる。いや、妖怪は見た事が無いのだが。ここまで感づいているのなら、もう隠しておくのは無理だと判断して、母には全てを打ち明ける事にした。
どのみち洋子さんに母が詰め寄ったら、洋子さんは迷う事無く、笑顔で話してしまう事が分かっているからだ。洋子さんはボクの次に、母の事が大好きなのだから。
「やっぱりそういう事だったのね。と言っても確証が無い以上、机上の空論でしか無かったんだだけどね〜。でも、やるべき事が絞られてきた。洋子、シャクシさんを呼んで来てくれる?」
「はい!お義母様!待っていて下さい!…、稜くん、少しだけ離れるね。」
おおよその見当を付けていたと思われる母のお願いに、洋子さんが敬礼のポーズで返答し、ボクが寂しい思いをしない様にと声を掛けて出て行く。優しい女性なのだ。
「ね、稜。アンタ達…、アレは…、もう?…。うそ!まだなの!?信じられないわね…。」
母よ…余計なお世話だっ!
何を言っているのか意味は分かっているつもりだ。今は戦いの途中だ。万が一洋子さんが抜けてしまえば、戦力がガタガタになるのは明白だ。
ご利用は『計画的に』なのだ。
母が禄でもない妄想をし始める前に、洋子さんがシャクシさんを連れて戻ってきた。シャクシさんは母に軽く会釈をした後に、これでもか!と言うくらい目を見開いて、部屋の中をグルリと見回していた。その気持ちは察する事が出来る。
「アハハ…、あ、シャクシさん?貴女、『還りの鈴』を持ってない?若しくは作れない?」
「いえ、私に御前様の真似事は不可能かと思われます。所持してもおりません。」
母の冴えた質問に、ボクは自分の無能さを知った。母の言う通りだ。『還りの鈴』があれば、もしかすると、和枝さんとしての記憶を取り戻せるかもしれない。『虚無』によって奪われたのであれば、取り戻せる可能性はある。
しかし、ソレは善さんにしか出来ない事らしい。シャクシさんの中にいる善さんにも聞いてみたが、あくまでも、意識がシャクシさんの中にあるだけで、能力やチカラは一切使えないと教えてくれた。
「最後に、お気に入りさん、『虚無』で奪われた記憶が戻るかどうかは別として、『還りの鈴』を使うとしたら、『虚無』にて使用しないとダメなのですよ。こちらの世界で奪われた記憶では無いからですよ。」
シャクシさんの中にいる善さんが、先程の話しに付け加えて、そう教えてくれた。しかし、その『虚無』への行き方を知らないのだ。藤永が口を閉ざしてしまい、分からずじまいになっていた。
「あの、お気に入り様。シャクシです。『虚無』への渡り方であれば、『悪』がご存知かと思われます。ですが、肝心の『還りの鈴』は悪にも作る事は無理だと、御前様より伺っております。ですから、行く意味は無いかと思われますが。」
話し方で、善さんからシャクシさんに代わったと分かるのだが、名乗りを上げての発言は、さすが律儀なシャクシさんと言ったところだろう。
確かにそのシャクシさんの言う通り、『還りの鈴』が無ければ、『虚無』へ行く意味がない。
無い物ねだりをしても仕方がないので、ここは母の打開策に賭けてみようと思う。
「お母さん、面倒だろうけど、よろしくお願いします。」
「何言ってるの、母でもあり、研究者でもあるのよ?言われなくても勝手に調べてるわよ。任せて。」
また母に面倒ごとを押し付けてしまったが、快く引き受けてくれたので、安心して部屋を出る事にした。
打開策に賭けると言っても、ボクだけ何もしないと言うのもおかしいので、今出来る事をやろうと思い、再びミドリの元へと向かった。
リビングに行くと、カズちゃんの姿もそこにあった。またミドリと一緒に『ピーナッツ』を食べていた。
仲良くピーナッツを食べる二人を、邪魔するのは気が引けたので、ボクは洋子さんと一緒に自室へ戻る事にした。言葉を教えるのは、少し無理があったかもしれない。と、心が折れていたのも事実だ。
「稜くん、元気出していこう。私が一緒にいるからね!ほらほら、入って。」
ボクにそう言って、ドアを開けてくれる洋子さん。何だかドッと疲れた感じがして、そのままベッドに横になった。考えていた事が上手くいかない時は、苛立ちと焦りで余計に空回りするものだから、少し眠って、落ち着いてから考えようと思う。
少しウトウトし出した時に、洋子さんが話しかけてきた。
「稜くん?寝たの?…、オートバイごっこしようって言ったのに…。」
ボクが目を閉じていたので、完全に寝たと思いボヤいている様子の洋子さん。先程の励ましに取れた言葉は、約束のオートバイごっこを、早くしたい為の言動だったのか。と気付いた。
コンコン! コンコン! 「伊町さん、ユキです。少しいいですか?」
「はぁい、どうぞ〜っ、開いてますよ〜!」
ボクの代わりに洋子さんが答えてくれる。その返事を聞いて、ユキさんが部屋の中へと入って来るのが見えた。そして、そのユキさんが左手を差し出して開いて見せて、ボク達にこう言った。
「愛姉様に聞いたのですけど、コレ、私は使うつもりが無いので、どうぞ。」
そう言ったユキさんの手には、先程からボクの視線を釘付けにさせている『還りの鈴』があった。善さんがユキさんに渡した、この世でたった一つしか残っていない、最後の贈り物だ。
何をどう考えても八方塞がりだった主人公達の元に、ユキが希望を差し出した!果たしてソレは本当の希望となるのか?はたまた絶望となるのか!?




