74 朝の騒動
さて、今日は佐々木親子を連れて来る日だ!ところが何やら朝から騒々しい声が……
段々と起きる事が辛くなってくる冬の朝、しかし、昨日はまだこれよりもずっと温かかったはずだ。昨日の今日で極端に気温が下がるのもおかしい。と考えてしまう程、寒暖の差が激しく感じられた朝だった。
今、目の前にいるあの緑色の髪の女、コイツがこの寒さの原因だった。
中々ベッドから出る事が出来なかったボクは、洋子さんと抱きしめ合いながら寒さを凌いでいた。この寒さがおかしいと、頭では考えていたが、まさかこれが誰かの仕業だとは、微塵も感じていなかったのだ。
しかし、他にもおかしいと感じた誰かがいたのだろう。外に出たその人物が騒ぎ出すと、他の人達も一緒になって騒ぎ立て始めたのだ。
そこまでの騒ぎになって、初めてボクは窓の外を見る事になった。最初見た時は心臓が止まる程驚いた。寒さのせいではない。先程も言ったと思うが、善さんの命を容易く奪った、緑色の髪の女がウチの庭にいたからだ。
攻めて来たのか、ただそこにいるだけなのか、それを全く何も感じさせない程動かない。いや、何もしないと言った方が分かりやすいのかもしれない。その表情さえも人のそれとは全く思えない程『無』を感じさせるものだ。
どちらにせよ、いずれ対峙しなくてはならないので、今、こうやってボクが外に出て、この女と対峙している訳だ。
「な、何が目的なんだ!ここにお前が求めている『種』はないぞ!」
全身からドライアイスの気化現象(昇華)で見られる、白いモヤモヤした煙を出している女に尋ねた。恐らくこのモヤモヤ煙が冷気の正体だ。周りの空気が冷たいのは勿論だが、この煙自体がボクに触れた時、更に冷たさを感じさせたからだ。
何度か同じ事を尋ねてみるが、何の反応も返ってこない。いったい何がしたいのか訳が分からない。そう考えていた時、カズちゃんがボクの隣に並んで立った。
「カズちゃん、コイツは危険なんだ。お父さんと一緒にいなさい。」
何かが入ったビニール袋を下げているカズちゃんに、小声でボクがそう告げると、ボクを見上げたカズちゃんがこう言ってきた。
「お兄ちゃんのお母さんが言ってたよ。この人、『豆』が欲しいんだよ。これをあげると喜んでくれるかなぁ。」
『豆』?…いやいやカズちゃん?『種』だと思うよ?
カズちゃんはそう言いながら、手に下げた袋を目線の高さまで掲げ、緑色の髪の女の元へと駆けて行った。突然走り出したものだから、その行動を止めるという考えに及ばず、ボクがそれを見送る形になってしまった。
「カズちゃん!」 《……た…ね…。》
全身を駆け巡る恐怖とカズちゃんへの心配が混ざり合い、思わずカズちゃんの名を叫ぶが、少し遅れて、目の前にいる女の何とも表現し難い『音声』が耳に入った。
その視線は、カズちゃんが掲げている袋へと、顔ごと向けられていた。
「ちょっと待ってね。うんしょっと…。はい、手を出して?…こうやるのよ?ほら、分かった?」
ボクの心配を他所に、カズちゃんが話しかけながら袋の結び目を解いて、女に両手を出す様にと自らの手でジェスチャーをしている。
ザラザラザラザラ…。 「ほら、『豆』だよ!食べてみて?」
なぜかは分からないが、カズちゃんに従い両手を差し出す女。その両手には、先程カズちゃんが袋をひっくり返した中身が、山盛りになっていた。それは『ピーナツ』だった。
先程から『豆』と言っていたが、カズちゃんが言い間違えてるか、解釈の相違だと思っていた。本当に『豆』を持っていくとは、思ってもみない事だった。
が、しかしだ。女が突然その『豆』を貪る様に食べ尽くしてしまった。
『豆』も食うのかよっ!
そして、《たね、たね。うま、うま。》と片言のような口調で『音声』を発しながら、カズちゃんに顔を近付けていた。ボクは頭が痛くなった。
その女の身体からは、既にモヤモヤ煙は出ていなかった。心なしか、周りの空気にも温かみを感じる。
「ね、美味しかったでしょ!まだたくさんあるんだよ?お友達にしかあげない決まりなの。仲良く出来る?もう寒くしないって約束出来る?」
そう言っているカズちゃんが、その女よりお姉ちゃんに見えてしまった。女は首を傾げる仕草を見せているが、またあの変な声を出してカズちゃんに答えている様子に見えた。
《とも…ともあち。うま、うま、たね、ともあち…、たね。》
ボクには全く何を伝えたいのか理解不能なのだが、カズちゃんはそれを理解している様子で、女の手を取り、こう返していた。
「友達は食べちゃダメだよ〜ハハハ!でも豆はあげるからおいで、こっちだよ!」
そう言いながら女を家の中に連れて行くカズちゃん。まるで友達と元気よく家に入っていく少女みたいに、その後に続く緑色の髪の女。そこに、研究に没頭していた筈の母の姿を見つけた。
「大丈夫よ、彼女は『豆》があれば悪さはしないっと…。まぁ…善様のことはアレだけど…。今の彼女にしてみれば、ただ食べ物を探しているだけの事よ。こっちの世界に出てきたばっかりで、何にも知らない赤子同然なのよ。言葉もね。」
そう語りながらボク達のところに歩み寄ってきた母は、手に持った資料をポンポン弾いてボクに差し出した。そして再び口を開いた。
「それ、翻訳しといたから。さっき説明した事と変わらないけどね。後は、ここにある資料では、情報が足りないのよ。」
「情報が足りないって…、お母さん?何か引っかかる事でもあるの?」
その情報が手元に無い事に苛立っているのか、乱暴に髪を掻き乱す母にそう尋ねてみた。
「う〜ん…、どうもあの変異体には何かまだ秘密がある気がしてね…。ほら、何で生まれるのか?とか書かれていないのよ。しかも、何も無い『虚無』からってあるけど、何も無いなら生まれる要素が無いじゃない?そこが気になるのよね〜…。」
どうも研究者というのは、完璧に因果関係を解かないと、自分を納得させられないようだ。ボクの母ながら、さすが研究者!と、皮肉ではなく、心から称賛を贈った。
「お母さん、本当に大丈夫?ボク達まだこれからやる事があるんだけど、あの女がこの街の復興を邪魔する事になったりしないよね?これかその復興の協力をやろうと思うんだけど…。」
「大丈夫だってば、じゃぁもし、あの子が邪魔したらどうするの?今の稜に倒せるの?…ね、だから、知らないところで悪知恵を覚える前に、私達があの子を正しく育てるのよ。今ならまだそれが出来るの。母さんを信じて。」
そう言って太鼓判を押してくる母だが、ボクには、研究者として実験を行い、資料として残したい!とワガママ言ってる様にしか聞こえないのだが。
しかし、母が言う様に、与り知らないところで、悪い奴らに利用されるのも厄介だ。ここは手元に置いて、母に任せながら様子を見るのがいいかもしれない。そう判断して、母にお願いする事に決めた。その場にいた皆んなの中に、反対する者はいなかった。
因みに、最初に騒ぎ出したのは、寺ッチだった。彼は善さんが倒された時、陰から見ていたらしく、その姿を覚えていた為、危険な相手だと皆んなに叫んで知らせたつもりだったらしい。
救出されたあの日から、寺ッチとその仲間数十人は、家の前の道路脇に、テントを張って生活している。
さて、朝からとんだハプニングに見舞われ、未だ不安は残っているが、今どうこう出来る事でもないので、当初の予定通り、佐々木さん親子を迎えに行く事にした。
ボク達は、宿でゆっくり過ごしてくれている佐々木さんのところへ転移した。
朝の騒動で、うっかりしていた自分の行動に反省した。
まだ寝ていた彼女達の部屋へと直接転移してしまったのだ。寝相が悪いと思われる佐々木さんは、備え付けの着物を着て寝たのだろうが、前が豪快にはだけていた。
年の頃三十前半の色気漂う佐々木さんのあられもない姿は、ボクには刺激的過ぎる。しかも下着から溢れんばかりの胸は、洋子さんのよりは劣るが、中々のものだ。
「り、稜くん!見ちゃダメー!!!」 ドンッ!……バッシャァン!
その様子に慌てた洋子さんが、ボクを突き飛ばしたのだが…。
洋子さん…、何も露天風呂まで飛ばす事ないじゃないか…。普通の人なら死んでるよ?
力の加減を忘れる程慌てた洋子さんだった。
騒動の原因が分かったものの、不安の色を隠せない主人公。今は仕方ないと自分に言い聞かせ、視察の為に、佐々木親子を迎えに行く主人公達。このまま何事も起こらなければいいのだが…。




