72 アザ
とんでもないクレープを食べさせられた主人公。その後味はトラウマに!?
『クレープ善ちゃん』での安らかなひと時を過ごしたボク達は、写真館に行ってみた。ショーウィンドウに飾られたボク達の写真。そこに写った洋子さんは、あの事件が起こる前の姿だった。
「うわぁ、おばちゃんだよね私…。あの時撮ってくれたおじさん、私だって分かるかなぁ。」
「ううん、やっぱりこれもいいよ。魅力がある。今の洋子さんも相当魅力的だけどね。」
ここのおじさんには合わない方がいいだろう。若返るなんて普通あり得ない事なんだから。信じないだろうけど、驚かれるのは間違いない。
そう思い、写真館を立ち去ろうとした時、ボク達の写真の横に飾られた、一枚の写真に目が止まる。間違いない、若い頃の写真みたいだけど、あの宿でぶつかってきた人だ。
濃いブルーのドレス姿で、その手には賞状をカメラに向けて持っている。小さくて読みにくいが、ピアノという文字だけは分かった。ピアノで賞を貰って記念撮影という感じだろう。
あまりここに長居して、本当におじさんが出てきたらマズイと思うので、ボク達は足早に写真館から立ち去る事にした。
最後に洋子さんがカラオケに行きたいと言い出したので、初体験になるが、行ってみる事にした。
『カラオケ善ちゃん』ではなく『カラオケぼっくん』だったので安心して入る。まだ青野菜の風味が口に残っている。
ここで意外な洋子さんの一面を知る事になった。なぜ歌手にならなかったのか?と思う程、歌声が綺麗だった。ボクは昔から音痴なので、聴き手に徹する事にした。
洋子さんが熱唱している途中で、入り口ドアの小窓に、あの宿でぶつかった女性を見た気がした。泊まりに来たついでに、ボク達と同じ様に歌いに来たのだろうと思っていると、ドアをノックしてその女性が入ってきた。
見間違いでは無かった様だが、ボクの考えていた事と少し様子が違った。
「失礼します。こちらご注文のポテトとソーダになります。ごゆっ…あ、貴方は!」
「どうも、先程は…。あの宿の宿泊客かと思っていました。ここで働いているんですね。」
洋子さんが注文してくれていた、飲み物などを持ってきてくれた女性も気づいた様子だ。しかも、また先に、すみませんでした、と言おうとしたボク。その彼女の胸元にネームプレートがぶら下がっている。
『佐々木』と書かれていた。
「あ、あの宿でパートもしてるんです。さっき終わったところで、考え事してたら貴方にぶつかってしまい…。ごめんなさい。」
そう言いながら、注文の品々をテーブルに置いていく。その様子を見ている時に、彼女の袖口がずれて、明らかに打撲の痕だと分かるモノが見えた。勿論、黒いモヤが出ている。
見られている事に気付いたのか、ハッとした表情を一瞬見せた彼女は、急いで袖口を引き下げていた。
それだけなら、仕事中にぶつけたのだろう、としか思えなかっただろうが、スカートの裾から覗く足首にも、大き目の同じ様な痕があったのだ。そこからも黒いモヤが。
ここでボクが思ったのは、今見えている身体中の黒いモヤは、コレと同じモノではないのだろうか。だとしたら、誰かに暴力を受けている、と考えられないだろうか。と、色々考えている間に、彼女は部屋から出て行ってしまった。
「稜くん?どうかしたの?カラオケ飽きちゃった?」
歌も碌に聴かず考え込んでいたボクに、洋子さんがそう聞いてきたので、先程の女性の事を話してみた。すると、憶測の段階でしかないのだが、洋子さんが信じ込んでしまい、暴力を振るう架空の相手に激怒してしまった。こうなると面倒くさいので、宿に帰ろうと催促した。
帰る途中もブーブー言っていた洋子さん。拗ねる、怒る、泣き出す、このいずれも、洋子さんにそうさせると誰も止める事が出来ない。今は放っておくしかない。
宿に帰ると、受け付けが人でごった返していた。夕方ともなると、現場に出てた作業員が帰ってきて、いつもこういう感じだと、女将さんが前に言っていたが、今日は釣りの泊まり客も同時に着いたみたいだ。
その人だかりをかき分けて行きたいところだが、洋子さんが他の男と密着するのは許せないので、ボク達は裏側から中に入る事にした。受け付けは済ませてあるので問題ないだろう。
玄関から外に出て建物を左壁に沿って進むと、宴会場前の廊下から入れるので、和をふんだん無く取り込んだ庭園を横切り、廊下へと上がった。宴会場前の廊下だけあって、仲居さんが忙しく行ったり来たりと配膳の上げ下げをしていた。
今回ボク達が取った部屋は、別館と呼ばれる建物の脇にあり、広い中庭がついた少し豪華な離れだ。出費者は洋子さんだ。ボクは予算を考えて、普通の部屋でも良いと言ったのだが、二人きりでゆっくり出来るから、離れがいいとワガママを言ってきたのだ。
離れに着いて、早速洋子さんがお茶を淹れてくれる。和室二十畳程はある大きな部屋だ。外が中庭だと聞いていたが、木造の頑丈そうな囲いで覆われた、露天風呂になっていた。この離れに露天風呂が完備されているのだ。しかも、食事はこの離れで出来るとの事だ。
安い温泉宿にしか行った事がないボクには、至れり尽くせりで幸せな気分になる。勿論、洋子さんと二人なら、どこででも幸せだ。
「稜くん、お茶入ったよ〜。ご飯まだかな〜!伊勢海老っ!伊勢海老っ!ほい!…」
お茶を淹れてくれた洋子さんが、何やら伊勢海老音頭を歌い出したので、ボクは露天風呂が一望出来る縁側でお茶をいただく事にした。
こういう時、『風流だなぁ』と言った方が良いのだろうか?
「お食事をお持ちしました!失礼します。こちらでお召し上がりになるとお伺いしておりますが、もう準備を始めてよろしいですか?」
「は、はい、よろしくお願いします。うふふぅ〜!伊勢海老っ!伊勢海老っ!ほい!…」
やめいっ!!恥ずかしいからっ!
食事を運んできた仲居さんのお陰で、せっかく中断したはずの、伊勢海老音頭をまた歌いだす洋子さん。しかも踊りまで。
ところでその仲居さんだが、カラオケ店員さんの『佐々木』さんである。
洋子さんはそれに気づいていないようだ。
「あの、伊町と申します。佐々木さんですよね?カラオケ店員の時、名札を見ましたので…。」
「あぁ、はい、佐々木です。今日は忙しいからと、女将さんに呼ばれて…。ご夫婦ですか?仲がよろしい様で、少し羨ましいです。」
自己紹介から入ったボク達の会話に、『ご夫婦』という言葉が入っていたせいで、洋子さんが横から食いついてきた。
「そうなんですよ〜ふふ。ご夫婦なんですの。ふふ…っ…ほほほほ…。」
無理に上品ぶった言い方が、既にボロを出していた。自分で『ご夫婦』と言う人を初めて見た。貴重な体験だ。
洋子さんの言葉に、少し笑みを漏らしながら、配膳を手際よくこなす佐々木さん。その彼女の右手を軽く掴み、少し袖をまくり、黒いモヤが出ているアザに手を当てる。一瞬にしてアザが消える。
ボクの突然の行動に驚きながらも、その様子を見ていた佐々木さんに、ボクは秘密を打ち明けた。
「突然ごめんなさい、でもほら、ご覧の通り治ってます。ボクが治しました。ボクの妻であるこちらの洋子もそれが出来ます。更に言うと、ボク達に不可能な事はこの世にありません。お困りの事があるのでしたら、妻に話してくれませんか?貴女を助けさせて下さい。」
それっぽく妻という事にして、佐々木さんにそう告げた後、ボクは土下座の格好でお願いした。
この行為で、チカラを授かる前の、子供の頃を思い出していた。本来ボクは、人の為にと頑張る性格だったはずだ。ともこ先生の事件が無ければ、おそらくずっとこうして、お願いしてでも人の為にと頑張っていたはずだ。無駄に終わってもだ。
自己満足、他が為成らず。なれど我が心豊か成り。
久々に出た主人公の自己満足。カラオケ店員佐々木は助けを求めるのか!?




