71 デート再び
一人で研究に没頭する母に、疎外感を覚える主人公。予定通り洋子とのデートに繰り出すが…。
奈々子も狙う母の知識と文献により、色々と謎が解けそうだったのだが、ボク達がいようといまいと、母は独自に研究を進めると言って、自室にこもってしまった。
研究の事になると誰も部屋には入れてもらえないので、ボクと洋子さんは、当初の予定通りにデートをする事にした。今回は転移を使って行くので、時間はたっぷりある。
「洋子さん!遊び倒すよー!いざ宿街へ!『空間転移』。」
どうも女将さんの印象が強かったのか、ボク達はいきなり、女将さんのいる厨房へ転移してしまった。ちょうど皆さん勢揃いで、料理の仕込みや、配膳の支度でバタバタしている様子だった。
お陰で転移した事はバレなかったが、厨房に入るな!と女将さんに怒られてしまった。ボク達は慌てて受付へと向かった。
本当は、街のゲームセンターに転移したかったのだが、女将さんの顔が思い浮かび、失敗に終わったのだ。
洋子さんが受付をしてくれている時、下を向いたまま歩いてくる女性客と、ぶつかってしまった。下を向いて歩いてる女性が悪いのだが、つい反射的にボクが先に謝ってしまう。
その時に分かったのだが、この女性客、腕やお腹、腰から足にかけて、あの黒いモヤが出ていた。そのせいもあり、少し気になってこうして思い出しているのだ。
「稜くん?ねぇ、聞いてるの?もぅ、稜くんは私だけ見てなさい。さっきからボーっとして、すれ違う女の人の事でも考えてたのかな?」
う…、女の人には違いないけど、そういうのじゃないから…。
「困った人ね〜、ふふふ。稜くんは眠る時は甘えん坊さんなのにね〜、ふふふ。」
「ちょ、洋子さん、人が聞いてるよ!恥ずかしい事言わないでよ。」
わざと意地悪を言った、と取れる顔をした洋子さんに、慌ててお願いするボク。周りには、尻に敷かれた夫の絵図に見えている事だろう。
しかし、洋子さんは人目を引いてしまう程に素敵な女性だと、改めて知った。こうやって街の中を歩いていると、男女問わず注目を浴びている。スタイルも顔も良いから、何を着ていてもモデルさんの様に見えてしまう。
因みに今日の洋子さんは、ブラウンのワンピース姿だ。前の部分が上から膝あたりまでを全てボタンで留めるタイプで、ウエスト辺りがすぼんでいる為、洋子さん自慢の胸を強調している様に見える。上から薄手のコートを羽織っているが、前を全開しているので、更に強調性が増していると思われる。
家ではあまり意識した事はないのだが、今の様に、街に出て歩く洋子さんを見ていると、全く別人の様に思える程意識してしまう。
眠る時は洋子さんの胸が『安心して眠れる場所』として定着しているが、私服で歩くその姿は、男にとって『危険な爆弾』に思える。今は寒いからこれで済んでいるが、夏の私服はもっと危険だ!ボクの導火線に火が点いたりしたら大変なので、『夏期厳禁』としておこう。
とりあえずアホな考えは置いといて、目的地のゲームセンターへ行く事にする。勿論デートなので手を繋いで行くのだ。
なぜゲームセンターかと言うと、エアーホッケーが目当てだったりする。
洋子さんと話している時に思いついたのだが、『瞬足』が動体視力を上げるならば、エアーホッケーのパックは余裕で見える筈だ。では、手の動きはどうだろう?という疑問が持ち上がったからだ。
いやいや本当だよ?動くたびに揺れる洋子さんの……とか思ってないから!
頻繁にこうやって誰かに語るぼくは病気だ。治しようがないので目の前のパックに集中する事にする。お互いに前もって『瞬足』をかけておく。
準備が出来たので、洋子さんから最初に弾いてもらう事にした。 カンッ! プラスチック同士がぶつかる乾いた音と共に、周囲の壁を弾きながら、パックがこちらに滑ってくる。
動体視力に問題は無さそうだ。続いてそれに合わせて手を動かしてみた。
が、認識しているにも関わらず、手は素早く動いてくれなかった。 ガコン!
ぼくの陣営ゴールの溝に、あっけなく吸い込まれたパックの音が響く。戦いの時は、攻撃する手も素早く動いてくれる。なぜ?という疑念を持って考え込むボクに、洋子さんが提案にも取れる意見を聞かせてくれた。
「稜くんフットワークが足りないよ〜、アハハ。こうシュッとしてバッとして…。」
なるほど、フットワーク…。そうか、試してみようかな。
洋子さんが言うフットワークという言葉に、少し希望が見えた。正直なところ、後のシュッとかバッとかは、理解不能だから放っておく。
「洋子さん、ヒントありがとう。もう一回お願い出来るかな?打ってみてよ。」
「うん?そうなの?…えへへ…、じゃ行くよ〜!」
お礼を言われて得意げになった、危険なテンションの洋子さんが、先程とは全く違う速度と威力でパックを発射してきた。辛うじて見える速度だが、反応出来ない事もない。
ボクは、洋子さんが言ったフットワーク、即ち『移動』をしながらパックに手を出してみた。 カキンッ!ガコンッ!! 今度は成功だ。
「洋子さん、移動しながらだと、手の速度も上がるんだよ!フットワークだよね!ありがとうね!」
ボクのその言葉に、モジモジしながら『えへへ〜』と照れ笑いの可愛らしい笑顔を見せてくれる洋子さん。遊びの中にも学ぶ事があるんだな、と分かった瞬間だった。
その事を踏まえて、お互い真剣勝負をしたのだが、結果はボクの惨敗に終わった。身体強化するにしても、元々の身体能力が発動の起点になるようで、洋子さんのそれには到底及ばなかった。都合よく万能なチカラを使える、という訳にはいかない様だ。
お次にやってきたのは『クレープ善ちゃん』という、いかにもイタズラ好きな店名の屋台だ。先程勝利を収めた洋子さんが、『ボクを慰める残念会』と称して、自分が買ってくるから、ベンチで待っててくれと言い残し、屋台の列に並んだ。
列が出来ていた割に、意外と早く洋子さんが戻ってきた。
「稜くん、はいこれ!新発売の珍しいクレープだって!食べて食べて!」
「そうなんだ、ありがとうね洋子さん。」
ボクにそのクレープを渡し、隣に腰掛ける洋子さん。手に持ったクレープは、イチゴの甘酸っぱい香りを漂よわせていた。
ボクのは緑色の少し苦味を感じる香りが漂うクレープで、抹茶ではないだろうか?と思わずにいられない。抹茶クレープは珍しくないと思うが?とも考えてしまう。
いかんいかん!洋子さんがボクの為に買ってくれたんだ!
そう洋子さんに感謝しながら、わざわざ並んでくれたであろう列に視線を向けた。その脇に、二つ折りに出来る看板が立っているのが見えた。『新発売』の文字が見えたので、抹茶だろうと勘ぐりながら看板に目を凝らす。
『新発売!青野菜ミックスクレープ!!』
え?という感じで手に持つクレープへと視線を落とす。その緑が抹茶では無く、青野菜だと思うと、急に毒々しい緑に見えてきた。これは、意図されないイジメなのではないだろうか?と自問する。
風に乗り甘い香りが鼻を突いたので目をやると、隣でイチゴクレープを頬張る洋子さんがいた。小悪魔に見えてしまう。自分だけお堅くイチゴクレープ。ボクには未知のおどろおどろしいクレープ。
道行く人がヒソヒソ話しているが、全てがボクに向けられていると勘違いをしそうになる。誰も緑のクレープなんか手にしていない。
再び『青野菜ミックスクレープ」へと視線を落とすボクに、冬と世間の冷たい風が吹いてきた。
イタズラにも程がある!『クレープ善ちゃん』恐るべし!!
誰も買わない緑のクレープ。いかにも物語が生まれそうなフレーズが、主人公を地獄の淵へと追いやった!本当に恐るべし!『クレープ善ちゃん』




