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70 意識転移

突然部屋に訪れたのはシャクシだった。伝えたい事とは何なのか…。



 突然のシャクシさんの大胆なネグリジェ訪問に、洋子さんもかける言葉が見つからない様子だ。でもボクを自分の後ろに隠して、シッカリ守ってくれてる。

というか、洋子さんもそう変わらない格好なのだが、慣れとは恐ろしいモノです。


「あの…、お邪魔でしたか?ちょっと伝えたい事があると…。」


 シャクシさんは何やら伝えたい事がある、みたいな事を言っているので、ボクを夜の襲撃に来た訳ではなさそうだ。少し安心するボクがいる。洋子さんがそれを聞いて立ち上がり、何か言いそうな予感がする。


「シャクシ、部屋に来るのはいいのよ。だけどその格好はダメなの。それってパンツもブラも見えてるじゃないの…。着替えてきなさいよ。」


 よくぞ言った!洋子さん偉い!ボクは言えないからね。見るだけ。


「分かりました。しかし、洋子様はそれでよろしいので?私と変わらぬ格好と」


「いいの!ここは稜くんと私の部屋なの!だからいいの!分かった?」


 真に迫ったシャクシさんの意見をみなまで聞かず、洋子さんが被せる様に言い放った。ボクはジッとみてるだけだ。シャクシさんを……。見るのはタダだし危険はない。


「ね!稜くんもそう思…、あーっ!どこ見てるの稜くん!私のじゃシャクシに負けてるの!?」


 うわっと!突然振り向くとは思ってなかったよ〜。どうしよ…。


「稜くん!聞いてるの?もう〜…。シャクシ、着替えてきなさいっ!」


 シャクシさん、ごめんね…。


 何も言えなかったボクのせいで、凄い八つ当たりを浴びせられたシャクシさんに、そう心の中で謝っておいた。洋子さんのヤキモチからの怒りは、誰にも止められないのだ。


「よ、洋子さん?シャクシさんが何か言いたそうにしてたから、気になっただけだよ…。」


 うん、言い訳も上手くなってきた。と自分を久しぶりに称賛してみる。怒った顔も好きなのだが、大抵はこの後泣き出してしまうから焦ってしまう。洋子さんが泣くと悲しい気分にさせられるので、ここはその前に手を打つ事にした。


「洋子さん、こっちおいでよ。明日は久しぶりにデートしよ!あの宿の街に行こうよ。」


「えー!ホント?えへへ、うん、行きた〜い!次クレープがいいね〜。」


 何とか泣かれるのを回避出来たとホッとする。しかし、悲しい事を少し和らげる為に、デートもいいかなとは思う。洋子さんも機嫌が良くなり、ボクも元気になれる。一石二鳥だ。


 それから少しだけシャクシさんを待ったが、来る様子も無いので寝る事にした。洋子さんがはしゃぎすぎて中々寝てくれなかった。明日が楽しみだ。



 次の日の朝、ボクは久しぶりに廊下に出た気分になる。ちょっとした引きこもりだったのは間違いない。昨夜から引き続き、洋子さんが朝からはしゃいで、ボクを手際よく着替えさせる始末。

起きてからの日課であるコーヒーも飲めなかった。


 階段を下りて玄関に向かう途中、シャクシさんがちょうど玄関から入ってきた。昨夜言っていた伝えたい事というのが少し気になる。

 洋子さんはシャクシさんを見るなり、ボクの腕を大袈裟に抱き寄せて見せている。


「お、おはようシャクシさん。」


「あらあら、いつも仲が良くて羨ましいのですよ。」


 ボクの挨拶に、そう答えてくれながら、すれ違うシャクシさん。少しいつもと感じが違う話し方に戸惑う。


 あれ?今の口調って確か…、まさかね?いや、待てよ…。


 今のは明らかに善さんの口調だ。しかし、こんな時にシャクシさんが、善さんの口調を真似て冗談を言うだろうか?ましてや今のボクに。もしやと思うが、善さんは人を驚かせるのが好きな人だ。


 試してみる価値はあると思い、シャクシさんの背中に、ボクは心の中でこう言ってみた。


 《お帰りなさい!善さん、大好きです!》


 そう思うと同時に、シャクシさんが満面の笑みを浮かべ振り向いた!そして…。


「あらあら!お気に入りさんったら!嬉しいのですよ。」


 そう言いながら抱きついて来るシャクシさん、いや間違いなく善さんだろう。

洋子さんも、善さんの口調でそう言うシャクシさんを見てか、抱きついた事にか、どちらとも取れる様な驚いた顔をしている。


「善さんですね?シャクシさんはボクの思考は読めないですよね。」


 抱きついたままのシャクシさんの耳元で、確信している事を囁いてみた。


「あらあら、バレてしまいましたよ。さすがはお気に入りさんですよ。」


 やはりボクの思った通りだった。善さんはそう言ってボクから離れると、洋子さんとボクの手を握らせて、少し微笑んで見せた。


「お気に入りさん、洋子、ただいま。戻るのに少し時間がかかりましたよ。シャクシを残して正解ですね。まぁ、こうなった時の為にアタシが創り出したのですよ。」


「え!?シャクシ?…。善さんなの?」


 洋子さんも何となく分かった様子だ。信じられず驚くのが普通だと思う。


「洋子さん、間違いなく善さんみたいだよ。ボクの思考を読んで見せたからね。」


「そうなの稜くん?こんな事ってあるんだぁ!善さんお帰りなさい!」


 そう言った洋子さんに、お辞儀で答える善さん。聞きたい事がたくさんあるのだ。


「ええ、まずアタシは、意識としてシャクシの中にいる事になりますね。実際、この身体はシャクシですし、本人の意識も中にちゃんといますよ。シャクシの身体に、二つの魂がある、と言った方が分かり易いのですよ。」


「なるほど、じゃあ今は善さんなんですね?」


「正解であり、違うのですよ。シャクシも一緒に話す事も出来ますよ。ふふふ。それより、伝えなければならない事があって、アタシはシャクシに入り込んだのですよ。」


 シャクシさんと善さんの存在は理解出来た。伝えたい事があると昨夜も言っていた。という事は、既に善さんがいたという事だ。洋子さんも昨夜の事を思い出したのか、あっ!という顔をしている。


「良く聞きなさい、奈々子は連れ去られたのですよ。アタシはあの場所で、感覚を研ぎ澄まし、その痕跡を追っていたのですよ。現れたあやつを見て確信したのですよ。先代の『善』から聞いていた通りの容姿でしたね。あやつは『虚無』というのですよ。」


 戦いは終わったと思っていたが、新たな敵だとでも言うのだろううか。だとしたら、ボクはあの時、本当の恐怖を味わった。まったく動けない程の恐怖を。とても戦える相手ではない。


「そうですね。アタシもあやつの気配を感じませんでしたし、そもそもチカラの次元が違うのですよ。『虚無』は、実体を持たないと聞いていますが、あれは仮の姿でしょうね。実際は『無』の存在なのですよ。」



 善さんが言うには、『虚無』とは何も無いという意味らしく、そもそも実体が存在しないらしい。あの女にしても、仮の姿だろう、という事くらいしか分からないそうだ。


 奈々子を連れ去ったのはその『虚無』らしく、今のところ目的も何も分からない。敵なのか味方なのか、それすら分からないという。


 善さんが先代から聞いた話しによると、『虚無』が稀に現れて、『種子』を喰らう為に攻撃してくるらしく、その時の様子を語ってくれた中に出てくる姿が、今回見たあの女にソックリだったという事だ。




 「本当に善さんなの?もしかして『意識転移』のチカラを解放したのかな?だとしたら、文献通りだわ。ちょっと待っててね。」


 帰ってくるなり騒がしいのは、ボクの母だ。前に義父と住んでいた家に、研究資料を取りに行っていたらしい。ゆうこさんの転移で何回も失敗しながら飛んだそうだ。それは仕方の無い事だと思う。


 ゆうこさんは、母の家を知らないのだから、それは失敗とは言わないと思う。むしろちゃんと辿り着いた事が不思議でならない。


「ごめんね、お待たせ〜。え〜っと…。あ、あった。その『虚無』かしら?それについて書かれているのは、えっと、あ、…『虚無』は全てを飲み込む。そして稀に、変異体が生まれ出る事もあるという。え〜と、それらは、『種』、あるいは、『種子』を求め彷徨い、全てを喰らうと…ている?あ〜、読めないわね、…ただし、……が変異体の弱みとされている。」


「お母さん、それって肝心なところが読めないの?」


 部屋から、古い紙の束を持ってきて、それを読んで聞かせてくれる母に、一番知りたいところが分からなかったので質問してみたのだ。


「うん…、擦れて消えた感じね。要は、『虚無』って空間?みたいなトコがあって、それがブラックホールみたいに何でも飲み込むって事で、その『虚無』の中で稀に変異体が生まれる。という事ね。そいつらは『種』を食べちゃうって意味よね。善さんの『種子』を奪った女が、その変異体じゃないの?」


 母の文献により、あの女の事が少し分かった気がする。善さんも凄く昔に聞いた事だから、変異体を聞いた様な気もすると言っていた。


 とりあえずこの文献だって、歴代の『善』か『悪」が書いた物だから、間違いないと思う。弱点らしき事が、ほのめかされている部分も分かるともっといいのだが。


 因みに『悪』は、自分の空間に戻り、静かに最期を迎えたいと言って帰ってしまった。




しぶとい善の意識に重要な事を聞かされた主人公だが、更に母の文献により明らかになる変異体の存在。戦う事が可能なのだろうか!?

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