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69 喪失感

思いの外早く奈々子を倒した主人公。後は寺ッチとその仲間を連れて帰るだけだ!



 善さんを呼ぶ前に寺ッチを探しに来たのだが、いったいどこまで逃げていったのか見当もつかない。仕方がないので、善さんを先に呼ぶ事にした。

 奈々子は心配いらない。『絶対服従』でボクの言う事を聞くので、ここまで一緒に連れてきている。後は善さんの知恵を借りて、どう対処するかを決める予定だ。


 善さん、終わりましたよ〜。迎えに来て下さい!


 少し待ったが、ボクの心の声を聞いたと思われる善さんが現れた。


「お待たせしましたね。もう終わったと言う事ですね。もしかして、命を奪ったりしてませんよね?」


 おかしな事を言う善さんに、ボクが『絶対服従』で言う事を聞かせている、奈々子を指差す。


「善さん?大丈夫ですよ、ほらここに奈……、あれ?…ここに…?」


 善さんに説明しようと振り向いたが、そこにいる筈の奈々子がいない。

側に来るように叫んでみたが、姿はどこにも見当たらない。


 その様子を見ていた善さんが、奈々子がいたあたりで、瞑想の様な事をしているのが見えた。ボクもそこへ戻ってみる。


「これは…。お気に入りさん、ここを早く離れるのですよ!ここは!…ぐぅっ…。」


「善さん!!だ、誰だっ!!」


 珍しく慌てた善さんが、ボクに早く逃げる事を伝えている時、突然目の前に現れた緑色の長い髪の女。その女の手が、善さんの胸を貫いていた。


 全く気配が感じられなかった。善さんまでも気付かなかったと言うのか?


 女はゆっくり善さんから手を引き抜く。その少し後で、善さんがその場に崩れる様に倒れた。それをただ見ている事しか出来ずにいた。恐怖がボクをそうさせていた。


 そんなボクに緑色の長い髪の女が、赤い目をこちらに向けて首をかしげる。その途端、瞬時に消えてしまった。姿が消えると同時に、ボクの恐怖が和らいでいき、善さんの元へ駆け寄る事が出来た。


「善さん!しっかりして下さい!善さん!」


 こんな傷、普通なら直ぐに治せる筈の善さんだが、中々傷が塞がらなかったので、ボクが『治癒』を使い、傷を塞いでみた。少しすると善さんが目を開けてくれた。


「あ…っつ…、お気に入りさん…。し、『種子』を奪われ…ました。アタシはもう…長くありません。うっ…。」


「善さん!!」


 傷は塞がったが、善さんが力なくそう伝えてくる。まだ息はあるが、相当マズイ状況だ。


「う…、シャクシ、…、シャクシ、ここへ…。はぁはぁ…うっ…」


 シュォォッン! 「ご、御前様!ここに!シャクシはここにございます!」


「はぁ、はぁ…、シャクシ、手を…。」


 随分と苦しそうな善さんが、シャクシさんを呼んで、手を掴む様に言っている様だ。それに従いシャクシさんが善さんの手を取る。その手が鈍い光を放っている様に見える。


「シャクシ…、貴女に、…はぁはぁ…、アタシの全てを…渡します…ぅ、はぁはぁ…。これからは、…、代わりに皆さんと…ぅっ、一緒に…過ごしなさい。歳を取るのです…よ。」


「御前様…、私もご一緒に!」


「なりません…、はぁ…はぁ、貴女は、生きるのです…ぐっ…、ぅ。お気に入りさん…この子を、頼みましたよ。」


 善さんの最期の願いの様に聞こえるが、善さんの命は消えるしかないのだろうか。シャクシさんは、その事が分かっている様な言動を見せている。

 ボクにシャクシさんを頼むと言う善さんが、今度はボクの手を握って、何かを伝えようとしている。


「お気に入り…さん、ありがとう。…お願いが、あるの…はぁはぁ…、名前で、呼んで…ほしいの。ぅっ、アタシは…『陽子』…よ。…太陽の陽子…、洋子を呼ぶ時…いつも、はぁはぁ…幸せ…だったわ。はぁ…はぁ、アタシを…呼んでくれた、みたいで…嬉しかった。ね、…お願いよ。」


「うん…、陽子さん、ボクを置いて行かないでよ。皆んなが必要としてるんだよ…。」


「…嬉しい…、今…まで、はぁはぁ…、あり…がとう。り、稜…。」


「御前様……うぅぅ…。」


「善さん!陽子さん!?陽子さん!!……あぁぁぁぁっ…。」


 ボクの呼びかけに、『稜』と初めて名前を呼んでくれたその言葉が、善さんの最期の言葉となった。


 ボクとシャクシさんは、善さんを抱きかかえたまま、しばらく泣き崩れてしまった。



 しばらくして、ボクの肩を軽く掴んで摩ってくれる温かい手に気付いた。振り返り見上げると、寺ッチがそこにいた。他の能力者達も、その後ろに立っていた。


 ボクは、うな垂れたままのシャクシさんの肩を叩き、善さんを連れ帰り埋葬しようと告げた。


 シャクシさんが、能力者全員を呼び寄せ、そこにいる全員を『空間転移』で、マイホームの庭へと運んでくれた。洋子さんが出迎えてくれ、ボクを抱きしめてくれる。その腕の中で、ボクはまた泣き崩れてしまった。



「稜くん、何か少しでもいいから食べないと。あれから何も食べていないのよ?お願いだから稜くん。」


 善さんがいなくなってから、もう三日経つ。今にもヒョッコリ出てきそうで、未だにいなくなったなんて信じられずにいた。


 昨日様子を見に来てくれたシャクシさんが言っていた。善さんが命を落としてしまったのは、『種子』を奪われて、能力が無くなってしまったからだと。


 あのままだと、シャクシさんも消えてしまうので、残された全てをシャクシさんに譲渡したと。その事で自分を責めていたシャクシさんに、ボクは何か言ってあげる気力さえ失っていた。


「稜くん…。何か飲むもの取ってくるからね、食べたくなったら、これ食べるのよ。」


 洋子さんがそう言って、ベッドの脇にあるテーブルを指差していた。それを見る気さえ起こらない。そんなボクに洋子さんが、軽くおデコにキスをして部屋を出て行った。


 洋子さんがいてくれるから、ボクはヤケにならずに済んでいると感じる。しかし、善さんの最期の言葉がずっと頭の中で繰り返し繰り返し聞こえている。その度にどうにかなってしまいそうだ。


 コンコン!…コンコン!


 部屋のドアをノックする音が聞こえる。しかし、声を出す気も起きない。それきりノックする音は聞こえてこない。そんな事はどうでもいいと思えて、ボクはそのまま眠ろうと目を閉じた。



 優しく温かい細い指が、ボクの髪を撫でてくれる。何度も何度も撫でているその手の向こうに、更に優しさを感じる瞳で、ボクを見つめてくれているのが見える。部屋が薄暗い事から、あのまま夜まで寝てしまっていた事を知る。


 洋子さん、いつからこうしてくれていたんだろう。ごめんね…。


 心の中でそう謝りながら、子供みたいに洋子さんに抱きついて、安心感を得ようとそのまま目を閉じた。洋子さんの心臓の音が聞こえる。


 ボク達は生きている…。でも善さんは…。


 ボクの思惑とは裏腹に、心の中はこれの繰り返しだ。


「洋子さん、やっぱり悲しいよね…。」


「そうだね、でもね、稜くんが私の代わりに(いた)んでくれているから、私は稜くんの側にいるの。いつも私の為に無理をする稜くんだもん。きっと私の分まで悲しみを抱え込んでしまってるの。」


「違うよ…。よく分からないけど、ポッカリ穴が空いた感じなんだ。」


「うん、それは稜くんのモノだよ。でもね、思い出して悲しくなる気持ちの中に、私の分が入っているの。稜くんがずっと一人で感じているその中に。だからね、稜くん、そろそろ私に返してくれるかな。」


「この悲しさを返すって事?これはボクの」


「ううん、違うよ、私のなの。稜くんが知らなくても私のなの。だから返してって言ったの。稜くんと一緒に思い出して、善さんを送ってあげられる様にだよ。私も一緒に悲しませてね。二人なら、稜くん軽くなると思うよ。きっと乗り越えられるよ。」


「…、うん、そうだね。洋子さんとなら乗り越えられるよ。ありがとう洋子さん。」


 そう言ってボクを元気付けてくれる洋子さんは、その言葉に救われた気分のボクに、優しく長いキスをくれた。


 コンコン!…コンコン!


 凄く良い雰囲気を壊すノックの音。昼間と同じ様に、二度に分けたノックだ。また直ぐにいなくなるだろうと思い、ベッドから出ようとした洋子さんを引き戻した。しょうがないなぁといった感じの顔をする洋子さんだったが、また同じ様に抱きしめてキスしてくれる。


 コンコン!…コンコンコンコン!


 昼間とは違った様だ。少し苛立ちの感情がこもったノックに思える。急かす様なそんな感じだ。


 コンコンコン!コンコンコンコン!


「はいはいはいはいぃぃ!」


 洋子さんとの折角の良い雰囲気を、見事に打ち砕いてくれたノックに対し、ついイライラして乱暴な返事をしてしまう。気付いたら、起き上がってドアに向かう程元気なボク。洋子さんの(キス)が効いたのかもしれない。


 そう感じながらドアを開けると、そこにはシャクシさんが立っていた。

身体のラインどころか、下着姿までシッカリ透けて見える、ネグリジェ姿のシャクシさん。ボクは思わず洋子さんの元に走って逃げ込んでしまった。


 何というか、身の危険を感じたのだ。男の敵だ。




まさかまさかの善の死を、中々受け入れられない主人公。洋子の愛情の力で元気になる主人公だが、そこに邪魔者現る!?

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