68 訓練の成果
善に置き去りにされてしまった主人公。どうやら試練が本気だと分かる。覚悟を決めろ!
どうも本気でこの空間に放り出したらしい。ここに放置されてもう二時間になるが、善さんが迎えに来る事は無かった。ここに来て初めて、一人では何もしようとしない自分と向き合う事となった。怖くて仕方がないのだ。
これまで土壇場になってやっと動くボクだったが、それも洋子さんが側にいたからだ。
一人尾けられた時を思い起こすと、無様に逃げ隠れしてやり過ごしていただけだ。偉そうに世界がどうこう言っていた自分が恥ずかしくなる。
しかし、迎えが来ない以上、ボク一人でどうにかするしかないのだ。
いずれ奈々子に気付かれて、あちらから来るという事も十分考えられる。
二時間も考えてやっと動く気になれた。
それでも、歩く足が震えている自分を情けなく思う。
そして、逃げ腰のボクらしく身体強化のチカラを使う事にした。
『鉄壁』 『瞬足』 『音壁』
それから、常に備えておく事が出来る『炎掌一閃』を右手に纏わせる。
この『炎掌一閃』は、火、雷、風、水、など、色々な組み合わせの応用が出来る。
ゆうこさんが教えてくれたチカラでもあり、ちょっとした剣の代わりである。
後は、言わずと知れた『治癒』、『再生』。これらは無殺に徹する為に、左手でいつでも使える様に心構えをしておく。これもゆうこさんとの訓練の成果だ。
自分自身は勝手に治ってくれるのだが、傷ついた相手には直接触れる必要がある。右手に『炎掌一閃』を纏わせたままだ。
これだけ多くのチカラの同時発動は、かなり身体に負担がかかるのだが、ゆうこさんとの訓練のお陰で、打ち合いになっても、多少の事では解除されないくらいまでには鍛えたつもりだ。
準備をしながら進んでいると、そう歩かない内に、三人の敵と遭遇した。
自分達の拠点で、敵と遭遇するとは思いもしなかったのか、揃って驚きの顔をしたまま、動く事を忘れてしまった様に固まっている様子だ。
いくら逃げ腰なボクでも、この隙を逃す訳がない。『瞬足』のお陰で、先ずは右端にいる、髭ダルマとアダ名がつきそうな男の顎に膝蹴りを、その左の目がつり上がった男には、そのまま『炎掌一閃』を当てただけに留める。一瞬にして二人が片付いた。
残るは筋肉隆々といった感じの、ゴリラ男だけだ。頭に毛は無く顔も厳つい、いかにも強そうな男だ。
ひとまず距離を取ろうと、即座に飛び退き構えてみせる。右手の炎が自分で見てもカッコいい。
「ご、ごめんなさい!逆らえなくて従っているだけなんです…。ひぃぃ…。」
え…?何故土下座して謝る!?お〜い?似合わないぞ〜?
「ん、ゴホン!え〜と…。その、訳を聞こうじゃないか。ボクも無益な戦いは避けたいのだよ。分かるかね?キミ。」
ちょっとカッコつけようとしただけだが、やり過ぎた感じになったと反省。
「は、はい〜っ!分かるますです!あわわ…、その女ボスに無理矢理、連れて来られたんだ〜です〜。抵抗した仲間は殺されてしまい…。自分は怖くなり従っただけだ、です〜。うぅ。」
全く土下座姿が似合わない、言葉噛み噛みの筋肉ゴリラ男。そのままでは可愛そうなので、立ち上がってもらい、話しを詳しく聞こうとしたのだが、身長差がある為に見下ろされる形になった。
急遽歩きながら聞く方針に切り替えた。別にイラッとはしていない。
筋肉ゴリラ男は『寺田 剛』という強そうな名前で、マツバコーポレーション総攻撃の戦いの場になった、すり鉢状の谷の施設に、無理矢理集められたそうだ。寺田が知っているだけでも、百名はいたと教えてくれた。
因みに、寺田のチカラは遺伝で得た『音壁』だ。しかも彼は気が弱いらしく、過去にイジメられた経験から、身体を鍛えて筋肉をつけ、相手を威嚇したかったと語ってくれた。
「あの〜、伊町さん?その〜オレっちは…、戦いたくないんですが〜…。」
「あ、ああ大丈夫!ボクが一人でやらないといけないから。そういうルールなんだ。寺田くん、寺ッチでいいかな?女ボスと戦っている間は、隠れててくれないかな?気が散るといけないしさ。」
その言葉に後ろで頷いているみたいだが、見えないのだから返事をしてくれと言いたい。しかし、寺ッチのおかげで、ボクはやらねば!という勇気が持てている。頼られている感じが、そうさせているのかもしれない。
その後も、結構な敵に遭遇したのだが、寺ッチの知り合いがほとんどで、『オレ達をここから出して下さい!』と、口を揃えてお願いされてしまった。奈々子が哀れに思えて仕方がない。
ボスとは名ばかりで、誰からも信頼されていない、お山の大将に思えたからだ。奈緒子も倒された今、仲間と呼べる者は誰も残っていないはずだ。
寺ッチの案内で、奈々子がいるとされる建物までやってきたのだが、どう見ても廃屋にしか見えない。今まで通って来た、花がチラホラ咲く野原とは大違いだ。廃屋の周りには、草一つない黒い泥の様な地面が、円を描いた様に広がっていた。そのせいか、全体が暗い感じになっている。
ここからは一人で進む事にした。寺ッチには、元来た道を急いで戻る様に伝えてある。奈々子が『爆裂』を使わないとも限らないからだ。
黒い泥の地面を慎重に歩いたが、別段変わった様子もなく、普通に歩けた。ドロドロしたり、底なし沼みたいだったりと、色々想像していたのだが、見た目だけの様だ。
廃屋は、崩れかけているものの、その見た目とは違い、頑丈な扉が入り口を塞いでいた。押しても引いても動かない扉。鍵が必要なのかもしれない。
そう思っている時、その扉が重い金属音を立てて開き出した。
スライドかっ!!
廃屋の大きさを無視して建てつけられたその扉が、真横にスライドして、入り口を露わにしてくれた。奈々子が招き入れているものとみて間違いなさそうだ。ボクは辺りを警戒しながら慎重に中に入った。
「ふぅ〜ん。一人で来るとは…、いい度胸じゃな〜い。で、『悪』をどこに隠したのよ?」
「お前に言う訳ないだろう。一つ聞かせてくれ。チカラを全て手に入れて、お前は何がしたいんだ?」
中に入った途端に、天井あたりからスウッという感じで、浮きながら下りてきた奈々子に、目的を聞いてみた。普通のパンツスーツ姿に見えるが、肌の色まで全てが真っ黒だ。
「チカラ?ヒャ〜ハハハ!もう手に入れてるわよ、バァカが!『種』があるのよね〜ぇえ?もう知っているのよね〜ッハハハ…。お前も知ってるのよね〜?出してよ…『悪』を。こっちにぃ……渡せっ!!」
とうとう『種』の事を知ってしまった奈々子が、そう言い放ち一気に間合いを詰めて来た。
ボクの少し前で一瞬動きが止まったが、予備動作無しの手刀が下方から突き出てくる。『瞬足』で素早く後方に移動するも、それに合わせて奈々子が距離を保つ。
ズドォォォォン!!……ガラガラ…。
手刀がボクの腹部に突き刺さったが、『鉄壁』のお陰で貫かれる事は無かった。しかし、後方の壁にめり込む程吹き飛ばされてしまった。『治癒」が折れた肋骨を修復する感じが皮膚に伝わってくる。
「へえ〜、アレで生きてるなんてね〜ぇ…ヒャハハハ!」
次はボクの番だ。高笑いしてる奈々子に、先程より速く!と集中しながらチカラを発動させる。
『増幅』、『瞬足』、『縦横無尽』、『雷光一閃』! ドンッ!ヒュォォッ!
自分でも動体視力の限界を感じる程の速さで、奈々子に一瞬で迫る。それでも反応してきた奈々子が、後方に跳ねながら『風刃』を右手に纏わせ始めている。想定済みだ。
『縦横無尽』のお陰で、視界がグラグラする程、奈々子を四方八方から攻める。『雷光一閃』の電撃は凄まじい放電を奈々子に浴びせ続けた。それでもボクは、油断大敵の精神を押し貫き、その手を緩める事なく何百発という電撃を浴びせた。
お次は『炎掌一閃』で炎のチリにしてやろうと、右手に纏わせ一旦止まって奈々子に構えたのだが、当の奈々子は、身体中から煙を噴き上げていた。やり過ぎて命まで奪ったか?と思ったが、開いたままの口から、声が漏れていた。
「お…、おま…え、なぜ…そんな……ち、チカラを、…持って…。」
「へ〜、喋れるんだ。どうだよ?ボク達にお前がしてきた事の代償だ。痛いか?泣いていいぞ。」
もはや虫の息である奈々子が、まだ何かを伝えている。
「こ…、ころ…せ。殺して…く、れ。ぅうう…。」
「残念。お前、むしがいい事言うなよ。散々人を苦しめた罰だ!生き地獄を味わえ。『絶対服従』。」
「アグッ!…うっ、グッ……ガッ!」 ガクガクガクガク……ガクン…。
『絶対服従』をかけると、気持ち悪い呻き声を上げて身体がガクガクと揺れ、最後にガクンと、うな垂れた姿勢で動かなくなった。これで自分の意思で動く事は無いはずだ。
ボクは奈々子に『治癒』を使った。コイツの肌に触れるのも嫌なのだが、死んでしまっては試練の達成とはいかないだろう。
不思議な事に黒かった肌が、元の白い肌へと戻っていった。
例え憎き敵でも、そうなると普通の女性にしか見えないので、慌てて服を着せた。
とりあえず、善さんに報告しないとな。あ、寺ッチも連れて行かないとだよな。
強敵だった筈の奈々子が、主人公を侮り、自身を自滅へと追いやる。これで本当に終わった。のかな!?




