67 川上ミホの決意
何やら言い争いをする声が…。
「……だと思ってやった事です。仰っている事は分かります。しかし、このままでは電気も通らないままですし、他のライフラインも既に底を尽きかけているんですよ?いい加減回復しないと…。」
「それは分かっているけど、ここが戦いの場になる事も十分あるんですよ?万が一を考えたら、そう簡単に受け入れる事は出来ないじゃないですか。」
ボク達と川上さんの意見は平行線を辿るばかりで、一向に話しが先に進まない。こんな言い合いをしなくてはならない理由。それは今朝の訓練をしていた時までさかのぼる。
〜 四時間前の朝八時 〜
洋子さんとゆうこさんが組み手の訓練をしている脇で、ユキさんとボクは、『身隠姿消』という新しいチカラに挑戦していた。
集中を途切らせると失敗に終わる、実に疲れるチカラだ。このチカラは、善さんがボクをストーカーする時に使っている、透明人間になれるチカラだ。
気を緩めると、たちまち姿が露わになってしまい、中々上手くいかない。善さんはこんなチカラを使いながら、よく平然とボクを観察出来るものだ。と感心してしまう。
実際にボクが、このチカラで透明になって、洋子さんを驚かそうとしたが、顔を見て『可愛いなぁ』と思った途端に効果が切れてバレてしまった。使用中に雑念が入ると失敗するのだ。
こんな感じて朝の訓練をしていると、中央部に繋がる道路の向こうから、十数人の人の声が聞こえてきたのだ。ボク達は敵だと思い、四人で囲み奇襲をかける作戦を立て、道路を挟んで二手に分かれた。
ところが、段々近付いてくるのは、スーツにネクタイといった、どう見てもサラリーマンにしか見えない中年のおじさん達だった。手には何らかの書類の束を、それぞれが持っていた。
様子を伺っていたボクの目に、その団体を引率していると思われる、川上さんの姿が映った。そこでボク達は、何事か?と川上さんに尋ねに出ていった訳だ。それで冒頭の言い合いが展開されているという話しだ。
その団体さんだが、川上さんが集めてきたスポンサーだったのだ。さら地となったこの半島の土地を、再開発する為に呼んできたらしい。土地は山程あるし、建物も建て放題だ。リゾート開発でもして、人を呼び込み、ついでに土地付きの家も売れれば、この街にも活気が戻る事だろう。
だが、今は奈々子という強敵と戦おうという時だ。それがいつになるのか、どこにいるのかさえ分からない以上、今この土地に人を集める事は危険だと考えている。それを川上さんに伝えているのだが、一向に耳を貸そうとしない。それは川上さんにとっても同じ事だろうが。
川上さんは、いつになるか分からないからこそ、街を立て直し、安定させ備える必要があると判断したようだ。最優先の課題は、当面のボク達の生活資金の確保だと彼女は言う。
確かに心配すべき大事な事だと思うが、ボクにとっては招き入れた人達の命の方が心配でならない。
「伊町さん方の仰る事は分かります。こんな事は言いたくないのですが、この半島を今、任せられているのはこの私です。前指導者が残してくれた土地でもあり、残された組織員として守る義務があります。申し訳ありませんが、このままでは、ここを返還する以外に道がない事態になりかねません。県として、国に対する責任があるのです。そういう事ですので、口出しは無用かと存じます。では。」
そう言い捨てて、川上さんは団体を連れて去ってしまった。
「何だよアイツ、えらく冷たい言い方じゃないか。助けてもらっておいて偉そうに。」
「ゆうこさん、それは違うよ。ボク達はここを無償で使わせてもらっている立場なんだ。国に対しての責任があるって言ってた。ボク達の知らないところで、気苦労が絶えない思いをしてきたんだと思う。」
「そうね、稜くんの言う通りかもしれない。ゆうこ、ここは川上さんの言う通りにしよう。」
「私も稜くんや洋子さんの意見に賛成です。『絶対服従』かけてやろうかと思いましたが、彼女の気苦労を考えると使えませんでした。」
おいおい…ユキさん?使わないでくれよ身内に…。
川上さんの気持ちを考え、ボク達はこの事を家に持ち帰り、善さんと母に話しておいた。反応は意外とドライだった。こんな生活がずっと続くわけが無いと、母にも少し叱られた。親に叱られる初体験となった。
「あらあら、それくらいでショゲてはいけませんよ。実は、こういう時が来ると思い、ずっと前から創りかけていた空間に、手を加えていたのですよ。元々アタシとシャクシが住む為の場所でしたが、この家を持っていけばいいのですよ。」
「え!?ちょっと待って下さい、それならやっぱり川上さんに相談しないと…。勝手にこの土地の物を動かしたらマズイですよ。」
普通ならあり得ないアイデアだが、善さんなら出来てしまう気がする。それ故に、冗談で済ませる訳にもいかず、川上さんに相談してから、という事に決まった。まだここに川上さん親子が住んでいるのだから、当然だ。
「ところでお気に入りさん?戦いはいつ行うのでしょうね…。あちらはお気に入りさんを見つけられず、あの空間でコソコソ何かしているそうですよ。」
「ええー!?早く言いなさい!知ってたんですか居場所!!」
軽く重大発言をしてくれる善さんに、つい大声で怒鳴りつけてしまった。善さんは気にしていない様子だが、隣のシャクシさんの顔が怖い。
洋子さん、ゆうこさんもアワアワして言葉を失っている様子だ。ユキさんはあまり表情に変化が見られないが、これは普段からだ。
「知らない事はないのですよ。聞かれませんでしたからね。」
やはり怒鳴られた事を気にしているのか、少し突き放した言い方に聞こえた。その善さんは今、ボクから目をそらして、出来もしない口笛を吹いている。困った人だ。
そのおとぼけ善さんが、何かを思い出した!と分かるジェスチャーを演じ、ボクの前に移動してきた。少し浮いてだ。
「ところで洋子?今晩お気に入りさんを借りますよ?」
「よ、夜はダメ!昼ならいいです。夜は一緒に寝るの!ね、稜くん。」
洋子さんのその言葉に、少し拗ねた様子で、善さんは何も言わずに外に出て行ってしまった。
「ひゃ〜、洋子、怖いもの知らずだね〜。善さん絶対怒ってるよアレ。」
「ゆうこ、女には引いてはいけない場面があるの!それが今なのよ!」
ゆうこさんと洋子さんの、何だか分からない小芝居が始まったので、ボクも外に出る事にした。テレビの見過ぎだと思う。
先程の善さんが言ってた、奈々子のいる空間とやらが気になり、善さんの後を追ってみると、庭先で丸椅子に腰掛けて、いじけた様に棒切れで地面を弄る善さんを見つけた。
「善さん、お供しますよ。デート、するんでしょ?その代わり、さっきの話しもして下さいね。」
ボクの申し出に、いつもの様に『あらあら』と言いながら、嬉しそうに歩み寄って来る善さん。初めて見る善さんの、恥じらいと嬉しさが混じり合った様な顔に、少しドキッとした事は内緒だ。
「あらあら、お気に入りさんがドキドキしてくれるなんて、嬉しいのですよ。ふふふ。」
内緒には出来なかった。
その後善さんが、邪魔者がいない場所に行きたいと言って、先程言っていた空間に『空間転移』で連れてきてもらった。
風景は前の空間と大差ない様に思えたが、今回は滝が無かった。藁葺き屋根は健在だ。と言っても、新しく創られたものだから、健在とは言わないのかもしれない。
ボクはその家に招き入れられて、善さんが普通の人間だった頃の話しや、恋をした時の事、親の事など色々聞かせてもらった。洋子さんが心配する様な事は、起きないと思う。年の差、約百四十歳の壁は、ボクには超えられそうにないからだ。
善さんがシャクシさんの姿だったら、男として危険な相手になるだろう。
そして、最後に善さんが、奈々子のいる空間へとボクを連れ出した。聞くだけのつもりだったが、まさか連れてこられるとは思いもしなかった。そして善さんはボクにこう告げた。
「お気に入りさん、貴方一人でお行きなさいね。これは試練ですよ。あの子達を守り、大勢を救うと言ったのは貴方なのですからね。」
そう言って善さんは、ボクを残してこの場から去ってしまった。
突然放置された主人公。そこはあの奈々子の創造世界だった…。一人で強敵とどう立ち向かうのか!?




