58 不器用な愛のあり方
戦いの中の束の間の休息に起こる主人公の日常は、別の戦いとも言える、自分との葛藤で染まっていく。
母と話してからほんの数時間しか眠れず、キッチンでコーヒーを飲み眠気を覚ます。窓の外では、元気になったカズちゃんが、善さんからチカラの指導をうけているのが見える。その様子をただボーっと見ながら、洋子さんの事を思い返していた。
いつもボクに一所懸命で、落ち込むと支え、考えていると一緒に悩み、嬉しい時は一緒にはしゃぐ。それでいて、ボクより子供っぽいところがあり、他の事では負けず嫌いなのに、ボクの事になると直ぐに泣いてしまう。ボクが好きな人、物、同じ視線で見ようと努力してくれてる。
こうやって考えると、洋子さんのほんの少しの部分しか掘り起こしていないのに、逆を返してみると、全てボクが甘えてしまっている事に気付かされる。直ぐには無理だが、少しずつ直していかなければ。
そう考えながらしばらくボーっとしていたボクの肩を、ゆうこさんが軽く叩いて、現実に引き戻した。
「何ボーっとしてんのよ?洋子と喧嘩でもした?ハハハ、図星なの?その顔に出る癖、戦いの時は気をつけなよ。」
毎度似た様な事を言われるが、今朝は夜中の事もあり、ドキリとした顔になっていた様だ。それが少し恥ずかしくて、ボクは両手で顔を擦り、気持ちを切り替えた顔を意識して作る。
そうしている間に、コーヒーを淹れていたゆうこさんが、隣に腰掛けてきた。横顔に窓から射し込む朝の日差しを受けて、長いまつ毛がキラキラ輝いて見える。こうして見ていると、やはりゆうこさんも中々の美人さんだと気付かされる。
少し高めのスッと伸びた鼻に、性格が表れているとも取れる切れ長の目。尖った上唇は少しだけ上向きで薄く、張りのある下唇に軽く添えられた感じだ。その整えられた顔が納まる頭部は、身体全体で見ると小さく形が良い。
「ちょ、ちょっと!何人の事ジッと見てるのよ、恥ずかしいじゃない。アンタの事は好きだけど、洋子に殺されたくはないから変な気起こさないでよね!」
「いや、そんなつもりはないよ!綺麗だなって見てただけだよ。」
つい、正直にそのまんま思ってた事を口にしてしまった。ゆうこさんが変に自分の気持ちをほのめかしたから、焦ったのだ。
「な、だ、だから!そんな目で見るなって事。私だって女なんだぞ!それより、うんっ!後ろ。」
そう言いながら、顎でボクの後方を示す仕草を見せるゆうこさん。その言動が、ボクの後ろに誰がいるかを既に語っていた。鼓動がゆっくり響く頭を、そのリズムに合わせた様にして後ろに捻らせると、予想通り洋子さんがボクを見下ろしていた。
「稜くんおはよう。ん?どうしたの?朝から凄い顔してるよ。ゆうこ、おはよう。」
「あ、あぁ、おはよう…洋子…。」
見下ろしていた時に感じたボクの恐怖とは裏腹に、いつもの優しい感じで挨拶をしてきた洋子さん。それに答えたゆうこさんの反応が、更にボクの恐怖心を煽ってくれる。ひ〜!と声が漏れてもおかしくない。
「稜くん、ゆうこは無理だよ。私の本気を知っているから。ね、ゆうこ。でも、でもね…稜くんがもし…もしだよ?他の人が好きとか、私が嫌になった…とか、その時は私に真っ先に教えてほしい。私も頑張って考えるから…ね?」
あ…まただ…。また洋子さんに強がらせてしまっている。
「洋子さん、ボクはそうならないし、しないよ。洋子さんも嫌な時は言ってね。ボク、ちゃんと真剣に考えるから。ずっとそうして生きていこう。ボクが気付かないなら洋子さんが教えて、洋子さんが気付かない事はボクが教える。そうやって歳を取っていこうよ。ずっと。」
「稜くん…うん。一緒にだね!えへへ…、大好きだよ…。」
「あ〜…洋子?私…用事思い出した!うん…じゃあ…ごゆっくりぃ〜」
朝からこんな様子を誰だって見たくない筈だ。ゆうこさんの気持ちはお察ししますが、夜中の事を考えると、今のボク達には大事な会話なのだ。ゆうこさんが飲みかけのコーヒーを残したまま、去って行くのを見届けた後、ボクも洋子さんに答える。
「うん、だいす…愛してるよ。」
言い直したのはカッコ悪かったが、洋子さんには関係ないようだ。ゆうこさんがさっきまでいた隣の席に腰を下ろすと、ボクに寄りかかってきてくれた。その顔は真っ赤に染められていた。
無事仲直りを果たしたボク達は、善さん達が何をしているのか気になり、様子を見に行く事にした。
「あらあら、朝から仲がいいですね。それよりお気に入りさん?どうやって戻ってきたのか気になりますよ?」
ボク達の姿を見つけるなり、冷やかしを添えて夜中の事を聞いてきた善さん。正直に答えるが、少々バツが悪いボク。転移が使える事を善さんから教わっていないからだ。後ろめたい気分だ。
「あらあら、まさか試すとは思いませんでしたよ。使える事を知らなければ、使おうという気になりませんからね。母上は親の務めをしっかりなさいましたね。お気に入りさん、それが親と子のあり方ですよ。大切になさいね。」
善さんに言われて初めて気付いたが、母に教わったのは初めての経験だった。何の見返りも求めず、ただボクの為に誰も知らない事を教えてくれた。
他の人に教わった事はこれまで何度かあるが、善さんは人助けの様子を見るのが存在意義だと聞いている。洋子さんは既に他人ではないから、この事に関しては論外だ。
しかし、この歳まで親と接した事が無いので、全く意識していなかった。祖父母にも甘えた事は勿論、優しくされた事も無い。だから他人に愛された事も、愛した事も、洋子さんとこうなるまでは経験が無かった。それ故に、母にどう接していいか分からないままだ。
「和美さん、少し休憩なさい。…、お気に入りさん?焦らずとも、生きていれば時間はまだまだあるのですよ。無理に頭で理解するのでは無く、ゆっくりと母上を理解すればいいのですよ。親子ですからね。きっとその絆は固く結ばれていきますよ。」
またしても心を読まれていたようだ。しかし、善さんの言ってくれた通りかもしれない。洋子さんにとっても義母となるのだから、三人でゆっくりやっていく事にしよう。ボクには洋子さんがいてくれてる。そこに母まで加わり、なんて幸せな男なんだ。これからの事を考えると、そう思わずにいられない。
「善さんありがとう。洋子さん、これからもずっと一緒に!」
「あら?母上が目を覚まされた様です。連れて来ますね。『空間転移』。」
ボクの感謝の言葉に軽く頷いた後、そう言い残し母の待つ空間に行ってしまった善さん。後を追おうと集中したのだが、チカラが発動しなかった。そうこうしている内に、善さんが母を連れて帰って来た。
その後善さんは、カズちゃんを呼んで、場所を変えて訓練を始めだした。気を使ってくれたのか、訓練を急いでいたのか定かではないが、善さんに頭を下げてその場を後にした。
「お母さん、この部屋を使っていいから。戦いが終わるまでの仮住まいだと思って使ってよ。」
ボクと洋子さんで急いで掃除した部屋を、母に使ってもらう事にする。大所帯になりつつある我が家だが、母にも伝えた様に、仮住まいだ。ボク達の部屋の真正面になる。
「ありがとう。でもいいの?新婚さんみたいなものでしょう貴方達。」
「いえ!大丈夫ですよ稜くんのお母さん!その方が稜くんも安心しますから是非!」
母の気づかいに力強く押した様な返事を返す洋子さん。母はそんな洋子さんを、相変わらず笑顔で見てくれている。
「洋子。と、呼んでいいかな?娘になるんだから。私の事もお母さんと呼んでね。家族なんだから。」
気が早い母の言葉だったが、ボクに異論はない。それどころか、洋子さんは嬉しかったのか、泣きながら母の手を取り、『お母さん』と呼んでくれていた。ボクも貰い泣きしてしまった。
そんな洋子さんをなだめながら、母が話しかけてくる。
「稜、それから洋子。二人に話しておかなければならない事があるの。稜の本当のお父さんと、真咲奈々子の事よ。」
お互いを支え合う事を改めて誓い合う二人に、母が意味ありしげに真実に迫る言葉を放った。次回!その真実は何とするや!楽しく無いかもだけどお楽しみに〜!
「おい!最近まともだと思ってたら、楽しく無いかもって何だ!?楽しいんだよ!オレが…。」by猿マン




