6 下心無き恋心?
またまたクドクドとなり、少し長めになりました。緊張感を上手く出せずお手上げの回です(笑
深く沈んだ夜の街が、先急ぎ地を蹴るボクの足音を、更に先へと走らせ響かせている。
自宅を飛び出した時と比べ、かなり息が上がってきた。普段から運動でもしていれば、こんなに歯痒い気持ちにならずに済んだかもしれない。
出会ったばかりだというのに、こんなに取り乱した状態にさせる程、彼女の存在が大きいとは。落ち着いて自宅を出たつもりだが、鍵を掛けたのかさえ覚えていない。それどころか、下はパジャマのままだ。
先生の自殺以来、人に深く関わらない様にしてきた。しかし、今のボクはどうだ?彼女の事を思い、携帯の着信音を購入したり、シャワー途中でも、なり振り構わず慌てて電話にでたり。彼女の声色で気持ちを詮索したりと。
距離を縮める事からと、確かにそう心に決めてお付き合いに同意したが、ボク自身の心は、既に彼女との距離がゼロに近い程、惹かれているのではないか?
不思議なのはそれだけではない。これまでで最も避けてきた類いの『黒いモヤを纏う人』。彼女は間違いなくその『黒いモヤを纏う人』なのだ。
遠ざけておきたい存在であるはずの彼女を、なぜモヤが無い人達より近くに?しかも、彼女を引き寄せているのが、ボク自身である事が、不思議でならない。
当然の事であったのだが、正面入り口の、自動扉は固く閉ざされていた。夜間は専用の通用口があるのだ。
こんな夜中に来たのは、初めてという事もあり、夜間通用口を探すのに、少々手間取った。
入って直ぐ脇に警備室があり、そこで時間と氏名を記入して、やや小走りで、ロビーの方へと向かう。シンと静まり返ったロビーは、昼間と違い、少しホラーチックな感じがした。映画や漫画の見過ぎかもしれない。
そんな事を考えながらそこを通り過ぎ、ナミちゃんの病室へと向かった。
しかし、病室に来てはみたが彼女の姿がない。何処に行けば彼女に会えるのか?それを聞いて無かった事に気付く。
慌てていたとはいえ、何とも情けない事だ。緊急処置をする場所…?
少しその場でオタオタしてしまったが、ソレを聞けるところがある事を思い出し、また小走りで先を急ぐ。
気持ちだけが、焦りを感じ、『ナースステーション』へと全力疾走していた。
そこには看護師さんが一人座って業務をこなしていた。ナミちゃんの事を聞くと、直ぐにその場所を教えてくれた。
〜 緊急処置室 〜
ベッドの上で、色々な機材のコードや管を繋がれ、そこに横たわる彼女の姿が痛々しい。昼間見た印象とはまるで重ね難い彼女の姿が、頭の中の警鐘を鳴らし出す。以前にも、良くない事の前触れとして、こんな感覚に襲われた事を思い出す。
そんなまさか!彼女の命は、消えてしまうとでも言うのか!
心の声が、悲痛な叫び声をあげている。にも関わらず、未だチカラに対して葛藤している別のボクがいる。
天使と悪魔のコスプレ衣装まで纏ってはいないが、頭の中で両者が言い合っている。
「善の心は、今こそチカラで助けるべきだと思います!」
「何を言っている、この平和ボケめが!悪として言う!捨て置け!」
「なぁっ!!何という薄情な言い草!善は断固反対!助けて愛を勝ち取るのよ!」
「アーハッハァー!善よ!愛などとヌルい事を!また恨まれるに決まっておる!」
「ヌヌヌ……、それは解らないでしょっ!悪に愛のチカラは理解出来ませんの?」
「笑止っ!善の戯言でヘソで茶が沸いたワイ!礼を言うぞ!ワシは茶にする。」
「ぬぅ、バカじゃございませんコト!茶でも毒でもそこで飲んでなさいな!」
ボク自身が創り出したのだろうが……。頭が痛くなってきた。雑念を振り払う様に頭を振るボク。
迷っている場合じゃない。どうするにしても、今は状況が見えてこない。ボクは意を決し、医師の後ろで経過を見守る私服姿の女性に語りかける。
「あの、伊町 稜と申します。先程お電話で……。」
少し固い挨拶だが、今の状況ではこれが精一杯だ。
「あ!……。娘から話は聞いていました……。」
どうやら、彼女の母親で間違いはないみたいだ。ここで、本人の口から聞けなかった、肝心な事をきいてみる。
「こんな時に、聞くのもどうかとは思いますが、彼女はいったい……。」
心音を聴いていた医師に、静かに!と言わんばかりの視線を投げられ、彼女の母親が、申し訳なさそうな目をして、ボクを廊下に連れ出し答えてくれる。
「全身の筋肉が、衰えていく病気なんです。あの子が小学生の時に、運動会で倒れたのが、病気を知るきっかけとなり、それからずっと、あの子は病気と闘っているんです。」
その時の事を思い出しているのだう。目尻には涙が滲み出てきていた。手に持っていたハンカチで、目尻を押さえながら、彼女の母親が続けて口を開く。
「早くに夫を亡くしまして……。あの子の父親は、同じ病気で亡くなってしまったんです。闘病生活は過酷なものでしたが、あの時の、父親の頑張る姿が、今のあの子を支えているんだと思います。」
ボクの想像が、及ばない程の御苦労をなさったのだろう。更に思い出して、その場に座り込んでしまいそうな母親を、素早く受け止め、壁際の長椅子まで連れて行く。
効果があるのか定かではないが、座らせた後も、すすり泣く母親がいたたまれなくなり、今までの苦労を感じさせるその背中を、優しく摩る。そんな母親を思ってかの様に、ナミちゃんの頑張りが伝わる言葉が飛び込む!
「意識戻りました!!」
ボクと彼女の母親は、お互いの顔を見合わせ、飛ぶ勢いで彼女の元へ駆け寄る。
彼女の瞳の色を見たのは、昨日の夕方以来だ。まだ顔色が良くないのは仕方がない。母親の手を取り、何かを伝えているようだ。彼女の口元に、耳を傾け、頷いている母親と目が合う。
全てを聴き終えたのか、母親は立ち上がり、医師に耳打ちする仕草を見せる。何かを理解した様に、医師が頷き、看護師を従え、病室から出て行く。
軽い会釈をしながら、その後ろ姿を見送る母親が、今度はボクの正面に移動する。
「奈美恵が、貴方と二人で話したいそうです。お医者様も、峠は越えたから大丈夫だと言ってましたし、娘と話してあげて下さい。」
どこの馬の骨とも知れない、こんなボクにも、丁寧な口振りで会釈をして退室する母親。その閉じられた病室の扉を、しばらく見ていたボクに、声をかけてくれるナミちゃん。
「来てくれて、ありがとう。嬉しい……。こんな姿でごめんなさい……。」
そう言いながら、掛け布団の脇から手を伸ばすナミちゃん。少し疲れた様子の瞳には、溢れ出さんばかりの涙が見える。
何とも言い難い気持ちに駆られ、ベッドの高さに合わせてしゃがみながら、ナミちゃんの手を取る。チカラ無く握り返すその手を、しっかり両手で包み込む。
不覚にも涙が溢れてしまった。貰い泣きなのだろうか?いや、そうじゃない。こうやってまた話せた安心感と、弱々しく横たわる、彼女の姿に対する不安と、もし……という事を考えた時の悲しみが混ざった涙だ。
「ううん、大丈夫だよナミちゃん。どんな姿でも嫌いになったりしないよ。」
涙混じりの言葉で、頑張って捻り出した言葉が、こんな月並みのものに……。しかし真実だ。どんなに格好良く飾った言葉も、例えを添えて演出をした言い回しも、そこに真実が無ければ意味がない。
大切なのは、言葉に添える、気持ちのこもった眼差しだ。目力というくらいなのだ。大切だろう?
「ありがとう。嬉しいよ稜くん。病気の事、言い出せなくてごめんなさい。知られたら、お付き合いしてもらえなくなっちゃいそうで……怖かったの。稜くんは、優しいよね。」
今のボクの気持ちがちゃんと伝わったようだ。思わず頷いた自分に恥ずかしくなる。そんな仕草を、微笑みながら見つめるナミちゃんが、続けて話す。
「病院って、色々な人がいるよね。身体が不自由な患者さんだっている。その人達を見て、笑ったり、バカにしたり、哀れな目で見たり。そういう人、多いよね。でもね、稜くんは違ったの。目の前を誰が通っても、当たり前の様に顔色一つ変えないの。ずっと見てたんだぁ。ずっと見てたら、いつの間にか好きになってた!えへへ……。」
何たる事か!勘違いから生まれた恋という事ではないか!本当の事を伝えるべきなのだろうか?いや、今の彼女に、それは酷と言うものだろう!きっかけはそうであっても、今は既に、お互いを必要とする存在ではないか!まだ一日目だが……。き、気持ちが大切なのだ!
考え込むボクに、彼女の言葉が割り込む。
「稜くん……、私の病気ね、どんどん筋力が衰えて、いつかは……。だ、だからね、り、稜くん!その、この先があったとしても、り、り、稜くんの欲求を、満たしてあげる事は出来ないと思うの!今日だって危なかったし、い、今しかないと思うの……。」
な……、何を言っているんだ……それって……。
「と、突然こんな事……、変?だよね。でも、今の私を、稜くんに見てもらいたいの……。私に出来るのは、もうこれくらいだから……。」
彼女の覚悟が、勢いよすぎて圧倒されている自分がいた。改めて考えてみると、ボクを呼び出し告白したのも彼女だし、勘違いとはいえキスを迫ってきたのも彼女からだ。彼女のこの積極性を忘れていた。
ボクも彼女の事は好きだ。だけど…。
空を見つめ、考え込むボクを他所に、とうとう彼女が行動に入る。まだフラついた様子で、ベッドの上で上体を起こし、上から順に、パジャマのボタンを外しだしたのだ。慌てて後ろに向き直るボク。
「り、稜くん……。で、電気を消して……。お母さん、私が電話するまで来ないから……大丈夫。」
そ、そういう問題ではない気がするのだが…?と思いながらも、ボクは部屋の電気を消していた。
ど、どうなるんだ!いいのかこの展開は!
文面に緊張感は少ないと思われますが、書いた本人は緊張しまくりでありました!やはり、破廉恥は、男のロマン?ルォォォォマァン?でしょうか(笑