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57 慣れた頃に何とやら

中々起きない母親に、主人公がかける言葉は??



 目の前の母親に凄く会いたかった筈なのだが、いざとなると困惑してしまうボク。どうしていいか分からずに、その場を行ったり来たりしていた。そんなボクに、善さんが事の経緯を教えてくれた。


 ゆうこさんを連れて逃げる為に、色々な場所を飛び回って逃げたそうだ。その途中で倒れた母を見つけ、まだ息があったので治癒をかけたらしい。しかし、目を覚ます様子もなかった為、ゆうこさんと母を連れて、再び飛び回ったそうだ。


 完全に奈々子を巻いた後、善さんは即席でこの空間を作り、ここに母を寝かせた後、あの街に飛んだ。という事らしい。即席で空間を作れるとは恐れ入る。


「まだ正体が分からなかったので、伏せておいたのですよ。夜になるのを待って、ここで感覚を使ってこの女性の正体を探ったのですよ。そしてびっくりでしたね。お気に入りさんの母上とは…。」


「あ、お礼がまだでした。母を助けていただき、ありがとうございます。母も奈々子から逃げていると聞いていましたが、その所在も分からず、どうする事も出来ずにいたのです。」


 助けた後に正体を調べ、わざわざボクに知らせてくれた善さんに、お礼の言葉を告げた。そして、母に向き直り、ベッドの側へと歩み寄る。何も無い空間だが、足元に床の感触が確かに存在していた。


「お、お母さん。あの…お母さん?」


 勇気を出して声をかけたのだが、少し他人行儀な声かけになった。母の顔を覚えてもいないし、一緒にいた記憶もないのだ。仕方のない事かもしれないが。


「稜くんのお母さん…。私も母を知らないよ。もういないんだけどね。」


 ボクの気持ちを察してか、洋子さんが自分の事に重ねて共感を示してくれた。そうだ、洋子さんの母親は、夫でもある指導者に実験材料にされて…。


「ありがとう、洋子さん。辛い事思い出させてごめんね。」


 自分の気持ちを押し殺してまで、ボクの為に頑張って元気付けてくれた洋子さん。ボクはそっと腰の辺りを引き寄せた。洋子さんも抵抗なく寄ってくれると、頭をボクの肩に押し付けてくる。言葉はないが、二人で慰め合っていると感じた。


 そのまま二人で母を見ていると、善さんが少し外すと言って、シャクシさんを連れて転移してしまった。説明の後の善さん達は、ずっと見守ってくれてただけで何も喋らなかったのだが、いざこの場所にいないとなると、やけに静まり返った様に感じてしまう。


「稜くん、私がずっと側にいるから、一緒に待っていようね。」


 本当に察してくれる、出来た女性だ。ぼくには勿体無い程だ。


「うん、ありがとうね。洋子さんがいるから安心してる。」


 その言葉に嬉しそうに微笑んでくれた洋子さんが、軽く唇を重ねてくれた。


「うん、…誰?ここは?…。」


 突然下から聞こえてきた声に、二人ともビックリして少し後ろに跳ねてしまう。声の主はボク達以外なので、母の声という事だ。母を見ると、こちらをジッと見ていた。洋子さんと抱きしめ合ったままだったので、不謹慎な男に思われたかもしれない。


「あ、稜なの!?まさか…、こんな事が!あぁ…稜…ごめんなさい…。」


「あ、あ、あの、お母さん!あ、謝らないでよ!心配したんだ…。無事で良かった。」


 突然謝る母に動揺して声が上ずってしまったが、まともな事が言えた。


「あぁぁ、夢の中だけじゃなく、現実のこんな私を母と…。こんな日が来るなんて…。ありがとう稜。」


 それを聞いたボクは、母が謝ってきた理由が今頃分かった。ボクを置いて、ずっといなかった事を謝罪していたのだ。夢でも聞いていたし、正直そんな事怒ってもいないし恨んでもいない。


「あ、あの!稜くんのお母さん!わ、私、松田洋子と言います。初めまして!こ、婚約者なんです!」


 洋子さんが少し焦った感じはするが、いずれ話すので問題ないだろう。その言葉に母も驚いた顔を見せたが、笑顔で洋子さんに答えてくれる。


「初めまして、『柚原(ゆはら) 愛』、旧姓『伊町 愛』です。稜をよろしくお願いします。」


 母がそう挨拶を返すと、洋子さんは深く頭を下げて答えていた。母も気に入ってくれた様子で、洋子さんを笑顔でずっと見てる。


「稜、巻き込んでしまった様ですね。ごめんなさい。貴方の義父であるあの人が私を逃してくれたのですが、貴方の事まで知っていたの。真咲奈々子は危険よ。」


「お母さん、もう二度も見たよ。アイツは危険だね。何か情報が欲しいんだけど…。疲れてるよね。ごめんね。」


 母の元気な口調ですっかり忘れていたが、奈々子から逃亡して、かなり疲れている筈だ。ここはゆっくり休んでもらい、また日を改めよう。


「お母さん、今はゆっくり休んでよ。起きたらボク達の家を紹介するよ。仲間もね。」


 その申し出に、母がニッコリ微笑んで頷いてくれた。さて、ここから出て行きたいのだが。善さんを心の声で呼んでみたが、一向に迎えがこない。洋子さんとその事を話していると、後ろから母が語りかけてきた。


「稜?どうしたの?もしかして…、ここから出られない?」


「あー、うん。へへ。来る時は、善さんって言うお母さんを助けた人に送って貰ったから。」


「え!?善と一緒なの!?私を助けた人って善なの!わぁ、光栄だわ。お礼言わなきゃ!」


 もしもーし?母上〜?あ〜完全に我を忘れてる…。


 一人でテンション上がりまくりの母を、しばらく洋子さんと眺める羽目になってしまった。それにやっと気付いてくれた母が、ボク達に頭を下げて謝る。


「ごめんなさい!私とした事が。えっと、そうそう!稜、行きたい場所に集中して、転移って言うのよ。」


「え?お母さん、ボクはそんなチカラ授かってないよ?」


「ちょっと、稜!善から能力授かってるでしょ?自分を信じて稜。」


 治癒しか授かってないんだけどなぁ。でも試した事もないしなぁ。


 そう思ったが、試してみる事にした。念のため洋子さんと手を繋ぐ。

母が冷やかしてきたが、周りがそんな人ばかりなので、もう気にしない事にしている。


 集中、集中、集中……。


「だあっ!洋子さん?何で顔をくっつけて真似してるの?集中してるから、帰れるまで我慢してね。」


「うんっ。えへへ。帰ったらね!ん〜帰ったらチュ〜、帰ったらチュ〜。」


 いやいや、違うから…。変な替え歌にしないでよ…。むむむ。集中、集中、しう、チュ〜!!


「だーっ!やめなさい!集中できないよ〜。」


「ごみん〜。えへへ。」


 絶対反省してないね。もう。集中、集中、集中………『空間転移』 フォッ!


 呟いた後、妙な感覚がした。ゆっくり目を開けると…真っ暗で何も見えない。それどころか息が出来ない。ボクは必死にもがいた。やっと息が出来る様になって目を開けると、ドカーンと洋子さんの胸が目の前にあった。ボクは事態をようやく察した。


「洋子さん!息が出来なくて死にそうになったよ!もう。」


「だって、急に目の前がギュンって歪んだから怖くて…。ごめんなさい…。」


 その言葉で転移が出来たと分かり、辺りを見回す。転移は成功していたが、ボク達の部屋では無かった。


「ここって洋子さん、ほら、」


「うぇぇぇぇぇえん!わぁぁあぁあん…うぇぇぇえ…」


 転移した場所を洋子さんと確認しようとしたら、突然泣き出してしまった。何がどうしたのだろうか?と考えている場合ではない。慰めなくては。理由が分からないが。


「洋子さん、ほら泣かないでよ。どうしたの?」


 座り込んで泣く洋子さんを丸ごと抱きしめて慰める。そのまましばらくすると泣き止んで、ボクにしがみついて沈黙してしまった。パジャマのままで、さすがに寒かったので、もう一度そのまま転移を試してみた。


 今度は成功したみたいだ。ボク達のベッドの上にポスンと着地した。これは相当な練習が必要な様だ。


 着いてからもそのまま抱きついていた洋子さんを、ゆっくりベッドに寝かせようとしたのだが、そのままボクも倒れてしまった。いつもの抱き枕に、足も抱きついてるバージョンだ。


 ボクが原因なのは分かるが、何故かは分からない。ボクも洋子さんを抱きしめて、『ごめんね』と耳元で謝った。すると洋子さんが答えてくれた。


「ううん、私もごめん。稜くんずっと怒るから。寂しくなったの。大好きだからくっついてたいの。誰かに甘えた事ないから、やり方なんて分かんない。稜くんには優しくしてもらいたい。離れていかないで。」


 ボクの胸に顔を埋めたままの洋子さんが、自分の気持ちを正直にぶつけてくれた。ボクはなんてバカなんだ。洋子さんも初めての恋愛で、手探りで頑張ってくれている。それなのにボクは自分の事ばかり言ってしまってたのか。


 ボクは洋子さんにもう一度謝り、今日の事を反省した。




突然泣き出した洋子に戸惑う主人公。愛情に慣れて、疎かにしてはいけない事に気付く時、誰しも後悔の波に飲み込まれるものである。

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