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4 他意無き不可抗力

少し主人公が可愛そうに感じられ、少しだけ春のフリカケをかけてみました。



4/1 行間、段落、誤字を訂正、修正致しました。

 「ともこ先生……」


 自分の寝言で起きたのは、これが初めてだ。頬を伝う涙がまだ新しい。たった今見ていた夢の中の先生は、笑顔が素敵な、園の先生だった頃のままだった。


 先生はもういない……。


 我ながら、非常に重い自問を自身に繰り返し投げかける。答える事など出来ない。現実を受け入れる勇気を、未だ持てずにいる。


 あの日、先生がいるはずの病室は、乾いた風が吹き抜けていた。そこにいた先生の面影や、匂いまで吹き飛ばしてしまった後の様に感じられた。


 まだ小さな身体では、突きつけられた現実を、受け止めきれなかった。両親、友達、先生、助けられた命、失い続けた時間が、あまりにも短すぎた。


 せっかくの退院当日に、また倒れて再検査入院とは……。


 結局のところ、今日で入院日数は十日になる。誰も見舞いに来ない。祖父母に連絡はしてあるはずだが、着替えや洗面道具すら持って現れない。今更だが、やはり家族としては、受け入れてもらえていないようだ。関係としては、ただの居候でしかないのだろう。


 実際、家に帰っても、食事はおろか、ボクの寝床さえ用意されてなかったから、ボク自身も、家族だなんて感じた事がない。


 後で知る事になっなのだが、祖父母は、ボクの両親が残した財産を受け取っていた。その条件として、ボクを引き取る事を、約束させられていたようだ。不本意ながら。というところだろう。


 しかし、あれでも一応身内である事に変わりない。身内を吊るし上げるような事は、あまり好ましくない。



 祖父母の事も、先生の事も、亡くなった女の子の事も。全て時間が解決してくれた。いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。実際には、能力と共に、嫌な記憶も封印してしまっただけの事だ。


 封印というが、能力の方での、黒いモヤが見える事はどうしようもなかった。しかし、この街には、ボクの過去を知る者はいない。正しくは、能力を知る人間がいない。という意味だ。




 病院の医者や市役所、児童相談所の方達の助けを借りて、県外の児童施設に置いてもらい。そのまま高校卒業まで、面倒を見て頂いた。


 そのあとは、精密機械のメンテナンスを主体とした、大きな会社に入社したんだが、激しい残業の連続で、上司に抗議。そして解雇に至る。散々暴言吐いたから、当然と言われれば、その通りなのだが。後悔はない。


 今は、アパートを借りて、近所のホームセンターで、マネージャーなどという仕事を、させて頂いている。


 相変わらず病院にも通っている。これは、倒れた時に担当してくれたお医者様の配慮で、この街の病院に紹介状を書いてくれたからだ。人の好意は無駄にしないようにしないと。行き過ぎた好意は、自滅を招く恐れがあるのは、言うまでもなく実体験済みだ。



 今日は病院の日だ。あまり気が進まない。見たくないものが見えてしまうからだ。勘違いがあるといけないので言っておくが、見たくないものイコール『幽霊』ではない。黒いモヤの事だ。



 待合ロビーは相変わらずの人だかりだ。前の病院でもこうだったが、どこも大差ないのだろうか?右を見てもモヤ。左を見てもモヤ。目を閉じると、情報が遮断されるからなのか、心がモヤモヤしてしまう。疲れているのだろう、今日はいつもよりイライラが増している気がする。


 バタン!ガラガラ……カンカン……。


 目の前で、突然倒れる女の子に驚き、モヤモヤが一瞬で吹き飛ぶ。つい反射的に、身体が勝手に動いてしまう。


 人の好意は無駄にしないように。というのは、ボクが受ける前提としての事であって、ボクが他者に対して、良かれと思いする事は、必ず厄介な事を招く。実際苦い経験をしていたから、特にそう思わずにいられない。ボクが人に手を差し伸べない最大の理由である。


 だが、今ボクは、倒れた女の子に手を差し伸べている。関わってはいけないはずなのに、無意識に助け起こしている。いや、これまでも何度かこういう場面はあったが、その時は過去の記憶が蘇り、全身に嫌悪感に似た何かが身体を動けなくしていた。


 しかし今、こうやって支えている時も身体が硬直するような事は起こらない。そんな自分に驚き、少しぎこちない動きになってしまう。


 その女の子は、床に顔を打ち付けたらしく、下唇が少し切れていた。女の子が倒れた事に気付いたのか、少し遅れて駆けつけた看護師さんが、ポケットから取り出したハンカチを、素早く彼女の口元に当てていた。

 それから彼女は看護師さんに支えられながら、軽く会釈をしてロビーの脇の通路の奥へと姿を消した。


 あのまま話し込み、深く関わらないで済んだ事に胸を撫で下ろしホッとする。しかし盛大な転び方だった。病気なのは間違いないはずだが、全身を覆うモヤは、初めて見た。


 これが彼女との、初めてのコンタクトとなった。




 また一週間が過ぎ、病院へ行く日が来てしまった。あの時の事が何となく気になっていたので、こうなるのではないかと予感していたが、まさか本当にこうなるとは。



 〜 病院屋上 〜


 腰にかかる程長い黒髪が、絶え間なく吹いている柔らかい風に乗り踊る。時折顔にかかるいく筋かの髪を、右の中指と薬指で器用にすくい上げ、耳の後ろに掛けている。


 少し伏し目がちのその瞳は、横から差し込む日差しに当てられ、ブラウンがかっている事がうかがえる。眉間からスッと伸びるスマートな鼻筋。何かを伝えるべく開き掛けた口元は、端が少し上がっていて、尖った上唇が震えていた。


 診察が終わった後、屋上で待ってる女性がいるから会ってあげて。と、お願いされて来てみたのだが、肝心の彼女は、一向に話し出せないでいる様子だ。


 まだ高校生くらいだろうか、頬を赤く染めているので、同年代なら勘違いするところだ。二十二歳と十六歳(見た目)では、少し考えにくい。


 ここは、年上のボクが助け舟を出すべきだと、覚悟を決めて口を開く。


「こんにちは、もう唇は大丈夫かい?」


 彼女の顔が益々赤くなるのが解る。何か失言したかと模索してみたが、ボクに落ち度は無かった筈だ。彼女が恥ずかしがり屋さんなのだろう。


 急かすと余計に話さなくなりそうなので、側に設置された、プラスチック製のベンチに腰を下ろし、彼女の様子を横目で伺う。


 そして何かを決心したかの様に、口元をキュッと結び、ぎこちなくボクの横に座り込む彼女。


「あ、あの!は、は、は、初めてですがっ!!」


 その場の和んだ空気まで巻き込むように、()くし立てんばかりの勢いで声を張り上げる彼女は、顔を真っ赤にして、唇を乱暴に尖らせた様に突き出している。


 その格好が何を意味するのか、解らない程野暮じゃないが、明らかに誤解を招いてしまっている。先程かけた言葉が、頭の中でこだまする。


『もう唇は大丈夫かい?……唇は大丈……唇は……くちび……かい…かい』!?


 状況と言葉と言い方を整理してみて初めて気づいた。話せずモジモジしていた彼女に、絶妙な間で切り出した唇の話。


 別の解釈をすると、彼女の様子から見て、『待ってるんだけど、もう唇の準備はいいのかい?』とも取れる!何故しっかりと『唇の怪我は大丈夫かい?』と言わなかったのか……。


 今は自己嫌悪に陥ってる場合ではない。誤解を解かなくてはならない。ボクはそっと彼女の肩に手を置いてた。一瞬ビクッと彼女が震えたのを感じた。


 ボクは安心させる為にと、声をかけるより先に肩を軽く二回叩く。


「ごめんなさい、誤解させてしまったね。唇、怪我してたみたいだから、その、気になって」


 今度は『怪我』というキーワードを入れた!大丈夫だ。確信してニコリと微笑んでみた。が、彼女の決意は固かったらしい……。どうする事も出来ず、彼女のするがままの状態になってしまっていた。


 ニコリと微笑んだボクに、間髪入れず、彼女の唇がボクの唇に押し当てられていた。ボクにとって、人生初のキスだった。


いわゆる、『ふぁーすときす』というものだ。凄く長く感じられた。


 お互い、顔が真っ赤になり、言葉が出てこない。これでは先程と同じだ。そう考えていたところに、口火を切ったのは、意外にも彼女の方だった。


 年上のボク…、情け無い事この上ない。

なかなか上手くタイトルを決められず苦悩しています。中盤の展開がテンプレじみてきたきが…。

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