30 ホテルにて
接触してきた『川上 ミホ』と名乗る女性。ボテルまで手配してくれたが、罠ではないか!?
『川上 ミホ』と名乗る女性と別れて、洋子さんの運転するオートバイで一時間。待ち合わせ場所が記された紙に、ホテルの場所もあった。それを頼りに、見慣れぬ街を数分走るとホテルが見えてきた。地図を見なくても分かると言っていたが、その意味が分かる程大きいホテルだ。夜になる前に着けて、安心した。
正面入り口の脇に立っていた男が、エンジンを切ったオートバイの側に歩み寄る。どうやら駐車場へと移動させてくれるらしい。洋子さんがキーを渡すと、ロビーで受け付けをと伝え、そのままオートバイを押して、駐車場へと向かっていった。ボク達が来る事が分かっていた様子だった。
無駄に多く設置された、入り口の自動ドアをくぐり、右手に見える受け付けへと向かう。
「お待ちしておりました、こちらにご記入をお願いします。」
事務的だが、好感が持てる落ち着いた声だ。頭の天辺で巻かれた髪、首元のちょこんといった感じの青いスカーフ、これだけで清潔感溢れていると感じるのは、ボクだけだろうか?記帳が終わった洋子さんが、受付嬢にボーっと見とれていたボクの腕を、乱暴に抱き寄せ引きずっていく。怒ってる?
二十階の十六号が、とってくれた部屋だった。かなり広く、かなり上階で高い。洋子さんは、食事がしたいと言って、早速ルームサービスの注文をしている。大きな窓からは、街がきれいに見下ろせる。実は高所恐怖症なのだ。というと思ったら大間違いだ。ホームセンターの前に、少しの期間だけ建築現場で『鳶職』のアルバイトをしていた。高いところは平気だ。鳶職のアルバイトと言っても、足場の組み立てではなく、鉄骨の組み立てのアルバイトだ。
忘れていたが、ここの宿泊費は、全て組織が払ってくれるらしい。こんな大きなホテルには、二度と泊まらないだろうから、滞在中は満喫しなくては。待ち合わせの日時では、明日の夜九時になっていた。明日は夜まで、洋子さんとはしゃぎまくろう!プールが楽しみだ。泳げないよ?
ルームサービスってあんなに豪華なの食べれるんだ!と満足のいく食事の後、ホテルの周りを散策しようと、洋子さんが提案したので、食べ過ぎたお腹にはちょうどいい運動だと、散策する事にした。
「洋子さん……、ホテルの周りって、こんなのしかないんだね……。」
普通の売店が、全くない訳ではないが、あまりにも煌びやかなネオンが多すぎる。ピンクだ赤だと、やたらと目がチカチカする。
「り、稜くん!帰るよ!」
洋子さんが、上ずった声でそう言いながら、またまたボクを強引に引きずって帰る。ボクは悪くない…。
とんだハプニングに見舞われたが(洋子さんの強引さ)無事にベッドで横になる事が出来てる。洋子さんが、天井のシャンデリアを見つめ、何かを考えている様子だ。
「洋子さん、疲れた?それとも心配事?」
ボクの声で、我に返った様子で、こちらに向き直る洋子さん。
「ううん、大丈夫だよ。ゆうこの事をね……ちょっと。」
そう言った洋子さんの言葉に、ドキッとする。言うべきだろうか?生きている事。
「いつか、稜くんと約束したよね?向き合うって。でも、生きててもあんなのは、ゆうこじゃない。だから、もういないんだって思って、今少し考えてたの。」
なんだ、ボクの勘違いか。洋子さんなりに向き合おうとしていたんだな。
「洋子さん、ボクは、ゆうこさんに何があったかは分からないけど、助けられるんじゃないか?って思ってる。だから、まだそれを考えるのはよそう。精一杯頑張ってからでもいいじゃない。今は信じて。」
本当は洋子さんも、助けたいと願ってはいたのだろう。ボクがそう言うと、洋子さんは今まで我慢していたようで、一気に涙が溢れ出していた。そして、ボクの腕の中で、そのまま泣き疲れて寝てしまった。
洋子さんの記憶が失われていなくて良かった。ゆうこさんは、親友だもんね。
今日は凄い雨だ。しかし!プールにいるのだ!さすがに女性更衣室まで、同行する訳にいかないので、ボクは今、先にプールサイドのビーチチェアで、カクテルをいただいている!興奮なんぞしとらん!しかし、都市が崩壊しそうな破壊力だからな、心しておかないとカクテルが赤く染まるかもしれない。
「稜くん、お待たせ〜。」
来た!ハープを弾いたような効果音がしそうな場面だ!
え?どうしたの?それ……。
「さぁて!潜るわよ!稜くん!」
そう言って飛び込んでしまう洋子さん。やけに時間がかかると思っていたら、ダイバースーツとか……。ボクのこの膨らみ過ぎた期待はいったい…。
確かに、このホテルの温水プールは、中央辺りの水深が五メートルとなっていたが、わざわざボンベまでいらないでしょ!と言いたくなるやるせなさで、ボクは飲み過ぎて目を回してしまった。
いったいそれをどこから持って来たのだ洋子さん!?
洋子さんは肝心な時、どこか人と違う事をしてしまうようだ。二人きりだと結構大胆な格好でウロウロするんだが、水着姿は別物なのだ。男のロマンなのだ。
「まだ拗ねてるの?だってね、合う水着がなかったんだもん!ぶー。」
ぶーって、逆に拗ねてどうする……。困った人だ。可愛らしいが。
もうすぐ約束の時間が近い。洋子さんが無駄に頼んだ食事が、ボクのベルトをキツくしている。待ち合わせまでに戻るといいが。
コンコン……。
部屋のドアがノックされた。ルームサービスは終了したので、ボク達は警戒を強め、二人でドアまで向かう。洋子さんが頷き、ドアを開けた。
「突然申し訳ありません。『橋本』に気付かれてしまいました。恐らく、伊町さんを尾けていたものと思われます。今すぐここから退去して下さい。」
昨日接触してきた川上さんが言う『橋本』は、ともこ先生の元旦那だ。今の組織指導者でもある。
尾けられていた……もしかして!
ボクは慌ててマスターに電話を入れた。仕入れた野菜が安かったとか、のんきな事を言っていたので、まだ無事だと分かる。話を続けるマスターを遮り、『橋本』に尾けられたかもしれない事を伝え、マスター達にも、身を隠すよう伝えた。
少ない手荷物をまとめて、川上さんに先導してもらい、裏口から出て、ホテルを後にした。オートバイはそのまま置いておくしかない。駐車場に組織が待ち構えているかもしれないからだ。
ホテル裏の細い路地を、三本程横切ると、突き当たりに黒いワゴン車が見えた。いかにも!という感じのワゴン車だったので、それで逃げるのだと直ぐに分かった。つもりでいた……ごめんなさい。
シュドッ!!グヮシャァァン!!
ワゴン車の後部ドアが開き、男が二人襲いかかってきたのを、洋子さんが、一気に詰め寄り、二段蹴りで男二人を吹き飛ばし、ワゴン車の飾りにしていた。(めり込んだ)
川上さんが、ワゴン車の運転席を覗き込み、すかさず乗り込む。
「これで行きましょう!」
ええ!?走っていくつもりだったの!?逃走手段用意しとかないと…。
ボク達も、ワゴン車に乗り込み、川上さんにゴーサインを出す。一気にアクセルを踏み込んだみたいで、『スーパータクシー』を思い出させるスピードで走り出した。発進時、飾りになっていた男二人だが、当然のように、振り落とされて消えていた。
逃走中のワゴン車の中で聞いたのだが、川上さんが用意した逃走手段は、表にあったそうだ。クールで冷静な人だが、少し抜けているみたいだ。洋子さんと顔を見合わせクスッと笑い合った。
市街地から半時間程走って、ワゴン車を捨てた。川上さんが、携帯で連絡を取っていた。多分迎えが来るのだろう。しばらくして、車のライトが近付いてきた。どうやらあの車みたいだ。川上さんが左手で止まるように合図を出している。
え!?なんでここに!?
停まった車は『スーパータクシー』だっっ!!
クールで冷静な『川上 ミホ』が意外な一面を見せる。それに付け加え、更に意外な『スーパータクシー』!!




