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3 悪意無き自己満足

まだ覚えている内に、一気に完結まで走ります!気にかけてくださる方は、ゆっくり歩いてきて下さい。


4/1 行間、段落、誤字を訂正、修正致しました。


 あれから二ヶ月が経ち、体力は回復したものの、先生は一向に口を開こうとしない。それどころか、医者が何を尋ねても、反応する様子すら見せない。


 その為、精神的な疾患があるのではないかと、検査も兼ねてそのまま入院する事になった。勿論、それが間違いである事に、ボクは気付いていた。

あの『黒いモヤ』が出ていないからだ。


 ここは病院だ。誰もが知るように、ここには病気を患った人達が、毎日押し寄せるみたいにやってくる。そのいずれもが、身体のどこかしらに、黒いモヤを宿していた。ここにいるただ一人を除いて。


 最近は、少し難しい言葉や、病気の事が解るようになってきている。精神疾患もその一つだ。


 最初は、怪我や身体の内部の悪いところ、これだけが黒いモヤを噴き出すと思っていた。しかし、精神を患う患者さんが集うバザーが開かれた時、その限りではない事を知らされる事になった。


 精神を患う患者さんは、皆等しく、首より上に黒いモヤを宿していた。たまに、お腹の辺りにまでモヤが出ている患者さんもいた。


 そのきっかけは、ともこ先生を担当してくれている看護師さんが、『退屈でしょ?』と、院内にある売店脇で催された、バザーに連れ出してくれたからだ。


 この事を踏まえて、先生は病気ではないと知る事が出来た。


 しかし、先生がショックだった事は間違いないはずだ。自分の夫から、殺されかけたのだから。


 先生は、覚えているのだろうか?



 ずっと気になっている事でもあるが、本人に問いただす事が、ボクには出来ずにいた。


 口を開かない以上、今聞き出すのは困難極まりない事だろう。もし、覚えていない場合、余計に傷つける事になり兼ねないし、覚えている場合、あの時の事を鮮明に思い出させる事になる。今の先生には、そのどちらも過酷に思える。


 学校はと言うと、飼育小屋での事を知る連中は、あれだけ痛めつけたのを、誰かに言うのではないか?と心配しているようで、つよし君を通して釘をさしてきた。


 小学生の知恵では、怪我もしてない生徒が、凄い暴力行為を受けました!と訴えても、誰も信じない。という事が理解出来ないらしい。


 その頃のボク自体が、その事に気付きもしなかったのだから、間違いない。『他言無用』の約束をした。つよし君とは二度目の約束になる。勿論、あちらを信じる道理はない。



 今日も学校の帰りに、先生がいる病院へと、足早に向かう。居残りのせいで、少し遅れたからだ。病室の前には、食事のトレーをいくつも載せたカートが、放置されたかの様に、無人で立ち塞がっている。

押して退かそうと試みるが、カートはビクとも動かない。


「あ〜、ごめんごめん、直ぐに動かすから、少し開けてね。」


 カートの向こうからかけられた声を合図に、重いカートが簡単に廊下を滑り出す。慌てて横に飛び退くボクに、


「ブレーキかけてたから動かなかったんだよ〜。」


 と、おちゃらけた感じで横を通り過ぎていく。配給のおばさんかと思ったら、バザーに連れ出してくれた看護師さんだった。去っていく後ろ姿に手を振り、先生のベッドへ向かう。


 ちょうど夕日が窓から差し込み、先生の少し痩けた頬も、温かみのある、優しい本来の姿を再現してくれている様に照らし出してくれた。

 今日は珍しく座った状態で、窓の外に顔を向けている。視線は下に、表の大通りを見ているようだ。


「……ン……が、……を………る……ら……。」


 (かす)れる様な声が、同じように外を見ていたボクの耳に流れ込む。先生からの様に思えたが、微動だにしないその姿から、他の誰かだと思い、辺りを伺う。

 病室は四人部屋だが、先生以外に一人しかいない。しかし、その一人も、先程廊下ですれ違ったので、ここにはいないはずだ。


 廊下に誰か、お見舞いにでも来た人がいるのかな?そう考え廊下に向おうと向きを変えた時、もの凄い力で腕を掴まれ、引き戻される。

優しい面影も、先程の穏やかな横顔も、そこからは想像も出来ない。


 ボクの腕を掴んだのは先生だ。その顔は、目が血走り、口はひび割れ血が滲み、口の端には唾液による泡が垂れていた。恐怖のあまり、声が出せない。そこに先生が口をガクガクさせ、ボクを見下ろす様な目で睨みながら言葉を吐いた。


「アンタがぁ!アンタが助けたりするからぁ!」


ゼロゼロと喉を鳴らしながら、先生が続ける


「あのヒトがぁぁ!グッ……ウ〜、帰って来ないのよぉ!!何で助げたぁぁ!!!」


 そう言って、ボクの腕を引いたり押したり激しく揺すり出す。


 その時、ボクはハッキリと見た。黒いモヤが一気に先生の頭を、見えない程に取り巻いていくのを。

正しい事をしたつもりでいたのに……。感謝されて、また頭を撫でてくれると思っていたのに……。

 先生の吐き捨てた言葉が、グルグルと頭の中で渦巻く。立っている感覚さえも失われていく感覚を今も覚えている。


 それから先の事は、よく覚えていない。気が付いたら、見慣れた部屋で、ベッドに横になっていた。勿論、自分のベッドなんて持っている訳もなく、ここが、『見慣れた部屋』つまり病院のベッドだという事は、理解出来ていた。


 病院のベッドがある部屋なんて、その病院内であれば、どこも似たようなものだ。先生とは違う病室である事は確かだ。あの時の様子は、尋常ではなかった。


 先生は、ボクのせいで本当の病気になってしまった……。ボクはどうしたら……。


 助けても感謝されず、見殺しにして責められ。頭の中はグチャグチャになっていた。



 翌日、ボクの検査も終わり、異常が見つからなかったので、退院しても構わない。と、許可を頂いた。まだ、先生に会う勇気は無かった。


 一階入り口の自動ドアから外に出る。いつもと大差ない外の様子が、少し羨ましいと感じた。ボクの周りは、多くが変わってしまっていた。元には戻らない事も知っている。

 こんな贈り物、欲しくなかった。溢れそうになる涙を袖で拭い、通りに向かって歩き出す。


 視界の端に、黄色いテープが揺れているのが見えた。花壇がある場所だったと思い出す。


『立ち入り禁止』の文字が、テープが揺れる度に見え隠れしている。花壇の縁には、幾つかの花束が添えられていた。花壇に花束なんて……。そんなバカな事を考えながら、花壇に近づくと、しゃがみ込んで手を合わせる女性の姿が飛び込んで来た。更に、周りで立ち話をする女性の声が聞こえてくる。


「まだこれからって時に。なにがあったのかしらね。」


「それは解らないけど、先生だったんでしょ?色々あるのよ先生って。」


「聞いた話だと、幼稚園の先生だったらしいよ……」


 気付くとボクは駆け出していた。ほぼ無意識だったが、毎日通った場所だ。間違うはずがない。そこにたどり着いた時、ボクは深い闇の中にのまれてしまった。

人の為に良かれとした事が、迷惑となり困らせる。私の現実にもよくある事です。人生いつも空回り(笑

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